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[写真](c) Pressports/Kazuyuki Yamaguchi
ローヌ川に沿って地中海に向かうA7高速は「太陽への道」というニックネームがある。7月14日のフランス革命記念日を合図に始まるバカンスシーズンになれば、ワインや遊び道具を満載したマイカーがひたすら南を目指す。
ローヌ川沿いは交通の要衝となるだけにツール・ド・フランスもよくこのエリアを訪れる。バランス、モンテリマール、アヴィニョン、ちょっと離れてカルパントラスなどだ。
カルパントラスから東を望むとプロバンスの巨人と言われる白い岩だらけの山が見える。これがツール・ド・フランスにおいては「魔の山」と畏怖されるモンバントゥーだ。
リシャール・ビランクやマルコ・パンターニといった山岳スペシャリストが制したモンバントゥーは、ピレネーにもアルプスにも属さない南フランスの独立峰だが、有名な伝説が生まれた場所として人々の記憶に残っている霊峰にほかならない。
標高1912mと、それほどの高さではない。上りのきつさもそれほどではない。しかし一度この山岳に足を踏み入れると、立ち込める霊気にゾッとするはずだ。昆虫学者のファーブルが生涯30回も登ったという山岳は、特異な景観と異様な雰囲気に満ちあふれているのだ。
山麓には豊かなぶどう畑が広がるが、さらに高度を上げていくと森林限界でもないのに草木が朽ちて、直径30cmほどの白い石ころが白骨のように敷き詰められる。地中海から吹くミストラルは、斜面を駆け上がるうちに体の芯まで凍らせる冷気に豹変し、真冬は豪雪地帯となる。
頂上より1kmほど下ったところに1つの墓石がある。「トム・シンプソン。オリンピックメダリスト、世界チャンピオン。67ツール・ド・フランス、7月13日、ここに死す」。かつてレース中に昏睡したイギリス選手が命を落としたところなのである。
その日のモンバントゥーは気温40度を超える猛暑に見舞われた。総合優勝をねらう有力選手の集団から脱落したシンプソンは、徐々に蛇行を始め、沿道の観衆に抱きすくめられながら道ばたに倒れ込んだ。その場の雰囲気はよくありがちなアクシデントだったが、ヘリコプターで搬送されたアヴィニョンのホテルで元世界チャンピオンは息を引き取ったという。
モンバントゥーがツール・ド・フランスのコースとなるたびに白い岩の中のシンプソンの墓は、いろいろな国からやってきた自転車愛好家の花束でいっぱいになる。ここはサイクリストにとってまぎれもなく聖地であり、東京のデパ地下でモンバントゥーというラベルを貼った赤ワインを見つけたときはすぐに手にしたほど、ボクにとっても恐れ多きツール・ド・フランスの象徴なのである。
山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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