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第12ステージ、ピレネー難関山岳の一日目は、雨のポーから始まった。サインインが始まったころには雨はまだ落ちてこなかったが、スタート時間が近づくにつれ、だんだんと雨脚が強まった。チームバスのひさしが広げられ、雨粒がぱたぱた音を立てる。色とりどりの傘と雨がっぱが、ガストン・ラコステ大通りを行き来する。レインジャケットを着ていて背番号が見えない選手もたくさんいる。いつも通り、スタートぎりぎりになってやっと、総合上位の選手たちがバスから出てきた。広報担当と、ときにはもう一人にガードされながら、素早くサイン台に向かっていく。
10時55分、214.5kmという長い長い山岳ステージがスタートした。ポーを出てタルブ、ラヌムザン、そこからさらに東に進み、スペイン国境にもう少し近づいてからくるりと西に折り返す。そこから超級山岳ポルト・ド・バレを越えてようやく、ペイラスルド、ペイラギュードを登りつめていく。
ゴールへの近道を選んだ取材車両はレースコースを離れてラヌムザンからすぐ右に折れ、ピレネーの奥へと進んでいく。ツールにも登場したアスパン峠への登り口にたどり着いたころには、頭上で太陽が輝き、今朝の雨は遠い昔のことのよう。そこから左に折れてしばらく走ると、緑濃い森の向こうに、悠々としたペイラスルドの緑の山肌が姿を現した。首飾りのように、山の斜面に青い軌跡が幾筋かきらきら輝いている。山頂に向けて登っていく車列が、太陽の光を反射し、空を映したような青色に輝いているのだ。
山頂についてしばらくはピレネーらしいジオラマのような風景が広がっていたが、だんだんと麓から霧が上がってきた。画面では、雨に濡れたポルト・ド・バレを選手たちが上ってきている。選手たちの頭上を覆っている雨雲が、いつこちらに移動してきてもおかしくない。
ペイラスルドの下りでは、カーブを曲がりきれなかったニエベにつられてフルームとアルが芝生へ飛び出し、見るものを一瞬ひやりとさせた。幸い何事もなく、集団にも無事復帰できた。だが、今日のドラマはそこではなかった。この日最も大きな出来事はゴール前400mで起きた。フィニッシュラインの前に立ちはだかる20%超の勾配に、フルームが失速したのだ。バルデが、ウランが、アルが、そしてランダまでもが、フルームを置いてフィニッシュラインを駆け上っていく。優勝したバルデが、こみ上げるうれしさを我慢できないように、大の字になって滑走路の端に転がる。アルのマイヨ・ジョーヌを確信したイタリア人プレスたちが、緑と赤と白のナショナルジャージの後ろを追いかけていく。チームバスに戻って来たフルームは素早くタラップを上がり、黄色い背中はすぐカーテンの後ろに消えた。
マイヨ・ジョーヌとして初めての会見を終えたアルは、会見が終わるとイタリアチャンピオンジャージ姿に戻り、マイヨ・ジョーヌを右手に握りしめて歩き出した。
白い霧が立ちこめはじめたペイラギュードの山頂に、ファンたちの「アール! アール! アール!」の歓声がこだまする。アルは、マイヨ・ジョーヌを振って彼らに応じる。
白いジャージに着替えたフルームは、バスの外に出て、まずウォームダウンを行った。つめかけた大勢のジャーナリストに囲まれたまましばらく足を回し、もう一度バスに戻ってから、待ち構えていた記者たちの前に立った。3つのTVインタビューに丁寧に同じ答えを返し、フルームはまたバスの中へと姿を消した。
翌14日の革命記念日、第13ステージには、前日とは対照的に、80年代以来という短さの山岳ステージが用意された。サン・ジロンからフォワへの101km。2日連続の大逃げで手に入れた山岳ジャージを第9ステージから守り続けているバルギルが、初めてのステージ勝利。補給違反のペナルティ20秒が取り消しになったウランが4位につけた以外総合に大きな変化はなく、アルも2匹目のライオンを、花束とともに青い空に突き上げた。
夜のトゥルーズの町には、革命記念日を祝う人々で遅くまで溢れていた。テラス席の間を、ウェイターたちが忙しそうに歩き回っている。バケツの中では冷たいシャンパンが静かに泡をたて、カトラリーがお皿に触れる音と、おしゃべりの声が、何倍にもなって広場を満たしている。
「革命記念日って何をするの?」
そう聞いたら、おそらく、家族か友人と食事をして、お酒を飲んで、という答えが返ってくるに違いない。とにかく、仲の良い人たちと賑やかに過ごす、楽しい夜なのだ。ただし、ツールに出場しているほとんどの選手たちにとっては、他のどの夜とも変わらない一日だ。
バルギルと仲間たちは、ほんの数口程度のシャンパンとともに、革命記念日のステージ優勝をお祝いした。乾杯は選手たちが食事を食べ終わったあと。スタッフが一日の後片付けを終え、全員がダイニングルームに顔を揃えてから全員で祝杯をあげた。バルギルらがほんのちょっとのシャンパンで大きな勝利のお祝いをしているころ、トゥルーズの町の中心では、どこからか花火の音が聞こえてきた。空のどこを探しても見えなかったけれど、遠くから、いつまでも心躍るような音が鳴り響いていた。
革命記念日の翌日、第14ステージは、ブラニャックからロデズへの起伏のあるステージ。パンチャー向けのこのステージでは、マイヨ・ヴェールのキッテルが中間スプリントポイント奪取に出た。アップダウンが始まると、そこからはBMCとチーム サンウェブが中心にレースを牽引していく。風と分断に翻弄されたレースの最終盤は、2015年にサガンとアーヴェルマートが接戦を演じたサン・ピエール坂。9.6%の急こう配の手前で、まずベルギー・チャンピオンのオリヴァー・ネイサンが飛び出し、フィリップ・ジルベールが続く。すかさずヴァンアーヴェルマートが飛び出し、力強く先行する。しかし、右後方から加速したマシューズがアーヴェルマートの前に回り込み、そのまま先頭でフィニッシュラインを越えた。
ゴール直後、うれしさで何度もこぶしを突き出し、叫び声を上げたマシューズは、インタビューでこんな言葉を残した。
「これだけ時間や努力や気持ちを注いでいるから、勝ちたいという気持ちが強くなりすぎて、プレッシャーになってしまう。そうすると、ミスをしてしまう。そういう悪循環があったんだ。この勝利は、そのプレッシャーをようやく取り除いてくれると思う」
もう一つのうれしい顔は、マイヨ・ジョーヌを取り戻したフルームだった。フィナーレでアルが遅れたのを見て取り、無我夢中でラインまでもがいたのだ。
「無線から、『行け、行け、行け! そのままゴールまで行くんだ!(Go, go, go, keep pushing all the way to the line!!)』というクヴィアトコウスキーの叫び声が聞こえてきた。その声が、出せるだけの力を出させてくれたんだ」
ポディウムのフルームの笑顔は、普段のおすまし笑顔ではなく、顔がまん丸になって目がなくなる、特別なときの笑顔だった。
休息日ではないのに、チームバスエリアには休息日のようなリラックスした雰囲気が漂っていた。多くのチームホテルが自転車で帰れる至近距離だったから、それでかもしれない。翌日の山岳を乗り越えれば休息日、という安心感がどこかにあるのかもしれない。
チームスカイのスタッフは、朗らかな笑顔で何か冗談を言い合っている。
チームサンウェブの面々はみんなで連れだって自転車に乗り、チームバスをあとにした。ジョン・デゲンコルプは、トレックのチームバスの階段に座って、インタビューを受けている。質問は聞こえなかったが、彼の答えだけが聞こえてきた。
「いつか勝てると信じて、一日、一日やっていくしかない」
そう、勝ちたい気持ちは誰もが同じだ。
喜びと悲しみがないまぜになった毎日が、あと7日、まだパリまで続いていくのだ。
☐ ツール・ド・フランス 2017
ツール・ド・フランス2017 7月1日(土)~7月23日(日)
全21ステージ独占生中継!
寺尾 真紀
東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで5回取材を行っている。UCI選手代理人資格保持。趣味は読書。Twitter @makiterao
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