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サイクル ロードレース コラム 2017年7月25日

「いろいろありがとう!」「こちらこそ!また来年ね!」「うん、また来年!」

ツール・ド・フランス by 寺尾 真紀
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今ツール最後のスタート地は、パリ近郊のモンジュロンの町。
ヴィラージュのオープンに備えるスタッフも、チャンスを見てはお互いに写真を取り合ったり、連絡先を交換したり。
エスパス・カフェで働く20代前半の女性スタッフに聞いたところ、キャラバンで5年、今年からヴィラージュでのお仕事と、なんと6年連続で夏はツールで働いているとのこと。
「自転車はあんまりよく知らないけど、3週間毎日みんなで移動していって、仲間意識が生まれていくのがとても楽しい」

マルセイユからオルリー空港に空路で移動した選手たちも、バスで続々と到着する。サインインが始まるまでかなり時間の余裕があるため、オープンしたばかりのヴィラージュのカフェでゆっくり家族と過ごす選手もいれば、チームカーのボンネットに座ってキャラバンに手を振る選手も。フィニー選手が、トレパン姿でバイクにまたがりリラックスした表情で横を通り過ぎていく。これまでは手をつけなかったヴィラージュのペストリーやサンドイッチに一つ、ふたつと手を伸ばす選手もいる。待ち望んだパリまであと一息。3週間の旅の終わりもすぐそこだ。

サインインが始まり、ジャージに着替えた選手たちがチームバスの前をあちらからこちらへ、こちらからあちらへ行きかう。これまでどのステージでも「アタンシオン!!(気をつけて!)」と大声で呼びかけながら、わき目もふらず、表情も緩めず、どこにも立ち止まらずに通り過ぎるだけだったマルティン選手が、今日はすべての呼びかけに応じ、子供たちにサインをしたり、ファンと一緒にセルフィーに収まったりしている。彼にとっても、本当の戦いは昨日までだったのだろう。

毎日ヴィラージュの入り口で迎えてくれたセキュリティの女性とすれ違う。ここ数年毎年7月に顔を合わせている。なんとなく名残惜しい気持ちで握手をして、さよならを言う。 「いろいろありがとう!」
「こちらこそ! また来年ね!」
「うん、また来年!」


選手たちがスタートラインに向かったのを確認して、お願いしておいたチームバスに乗り込んだ。最終日のパリへの移動はこうやってバスに乗せてもらうことが多い。チームカーはコースを走ることができるのでスポンサー関係のお客さまでいっぱいなのだが、バスの場合そんなこともない。席に座らせてもらい、ルートブックを開くと、すぐ動き出し、選手がスタートを切ったばかりのコースを走り始めた。

異変に気がついたのは、モンジュロンを出て、1時間くらいしたころ。それまでにぎやかにおしゃべりをしていたドライバーが少し無口になり、時計を気にし始めた。スタート直後から始まった渋滞は、高速道路A6号線に入って、ひどくなる一方。見渡す限りが車で埋め尽くされている。道がカーブすると、スタートで一番前方にいたロトNLユンボのバスから、ずらりとチームバス、チームカーの車列が見える。1台残らずが渋滞にはまってしまっているのだ。後方のラウンジ席でたまりにたまった睡眠不足を解消中だったソワニエも、運転席の真横に来て、渋滞の様子をチェックする。他のバスドライバーとも相談し、しばらく検討した結果、警察車両の先導を要請することになった。レース終了時にバスが到着していなければ、選手たちには座るところも、着替えるところもない(2台の監督車はあるが、着替えも補給も積んでいない)。

しばらくして、遠くからサイレンが聞こえてきた。青ランプをピカピカさせて、警察のモトが到着した。モト2台に先導されて、バスの車列がスピードアップする。急加速、急ブレーキで車列にすきまを作らないように走っていく。少しでもスペースをあけるとレースとは関係ない車が間に割り込み、先導から千切れてしまうためだ。

しばらくするとまたスピードが落ち、車列が進まなくなった。モトのサイレンも聞こえない。前方のバスが、誘導モトから千切れてしまったようだ。レースはシャンゼリゼの集会に入っている。一刻も無駄にはできない。再び追加の先導を要請する。

寄り道をしてピザを買いに行ったチームカーだけはゴールに間に合いそう、ということで、実際は状況にほぼ全く変化はないのだが、少しホッとした空気が流れる。
「あと3周回くらい増やしてくれんかな。。。」
ドライバーが切実な声で言うが、そういうわけにもいかない。

これはもうだめかもしれない、と思ったころに、警察モトが、新たに4-5台ほど到着した。バスドライバーがギアを上げて加速し、パリ環状線を猛スピードで回り込んでいく。サイレンとバスのクラクションがにぎやかに鳴り響く。あとちょっとだ。


環状線を降り、パリ中心地の石畳に入った。マドレーヌ広場を通り過ぎ、サントノレ通りを渡る。正面にオベリスクの尖塔が見えてきた。
「着いたぞ!」
所定の位置に誘導されて駐車し、前後の扉がプシュー、と開いた。この音をこんなに待ちわびる日が来るとは思わなかった。別に何のレースを走りきったわけでもないが、ドライバーも乗客もみんなが握手だ。慌ててバスを降り、コース脇に走って向かった。人垣の向こうを、プロトンが駆け抜けていく。白地にイエローのラインが入ったスカイの選手たちに、マイヨジョーヌが囲まれている。集団はすでにスピードアップしており、車輪が石畳を駆け抜けていく音も緊迫している。シャンゼリゼの周回入りは見逃してしまったけれど、この石畳を彼らが駆けていくのを見ていると、ああ、今年もツールがパリに着いたんだ、という実感がふつふつとわいてくる。各チームがトレインを組み始めた。あとは、ゴールのスプリントを残すのみだ。

アルプスでの傷がまだ痛々しいクリストフが、まず左手から仕掛ける。その脇から、フルーネウェーゲンが力強く駆け上がっていく。追いすがるグライペルがハンドルを前に投げ出す。

ラインを越えた瞬間、フルーネウェーゲンは、体を起こし、右手を振り上げた。祖父に組み立ててもらったバイクで強くなった24歳が、2年目のツールで初優勝をあげた。スプリンターならば誰もが夢見るシャンゼリゼでの勝利が、彼の初めての勝利になった。

代替画像

寺尾 真紀

東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで5回取材を行っている。UCI選手代理人資格保持。趣味は読書。Twitter @makiterao

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