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3週間にわたるツールの闘いが、日曜、夕暮れのシャンゼリゼで幕を閉じた。
終わってみれば、クリス・フルームが3年連続、4回目の総合優勝。アンクティル、メルクス、イノー、インデュラインが持つ最多『5』に次ぐ、歴代2位の通算記録を打ち立てた。
ヴォージュ、ジュラ、ピレネー、マッシフサントラル、アルプス・・・と5大山脈を走り終え、大会最終日前日のマルセイユ個人TTを残してバルデ、ウランとまだ30秒差以内、という、まさに僅差で争われた総合優勝だった。
「勝つか負けるかが山で決まるレースになるだろう ― 」
コース発表のときにそうコメントを残したフルームだったが、確かにそこには真実があった。ヴォージュ山脈のプランシュ・デ・ベル・フィーユは、最終的に総合を争うことになる選手たちを正確に選び出してみせたし、ジュラ山脈のモン・デュ・シャでは、総合上位を走行していたリッチー・ポートが落車リタイアした。ピレネー山脈1日目の第12ステージが、フルームにとっての唯一の『バッド・デー』だった。ペイラギュード山頂ゴール手前の急こう配で足が進まなくなり、失速。前日までの18秒差を覆され、プランシュ・デ・ベル・フィーユで身にまとったマイヨ・ジョーヌをイタリアチャンピオンのファビオ・アルに受け渡した。
思いがけず、ロデズのフィナーレの短い上りでマイヨ・ジョーヌを取り返したフルームは、その翌日に、もう一つの大きなトラブルに見舞われる。マッシフ・サントラルを越え、巡礼路の起点、ル・ピュイ・アン・ヴェレーに向かうステージ。画面には、フルームが路肩に立ち尽くす姿が映し出された。後輪のスポークが折れたのだ。ポルタルが運転するチームカーはどこにも見当たらない。すぐさま、ミカル・クヴィアトコウスキーが自分の後輪を差し出した。それを受け取り、チームメート総動員の援護を受けながら集団を追った。渾身のアシストで最終的には事なきを得たが、ツール総合の行方を変えかねない出来事だった。
山岳における総合争いの最後の舞台は、アルプスでの2日間。ペイラギュードで勝利をものにしたロメン・バルデが何度もアタックをかけ、27秒のフルームの優位を切り崩そうとする。しかし、ガリビエ峠でもイゾアール峠でも、フルームを、あるいはリゴベルト・ウランを振り切ることはできなかった。
コース発表の際、タイムトライアルが短く、大きなタイム差をつけられるチャンスにはなりそうにない、と語っていたフルームだったが、総合優勝を最終的に確定させたのはマルセイユでの個人TTだった。区間未勝のフルームは、区間優勝の最後のチャンスに希望を持ちながらも、マイヨ・ジョーヌが最優先であることを強調していた。念には念を入れ、チームメートのTTをチームカーで並走し、コースの実際のディテールを頭に叩き込んだ。区間優勝のマチェイ・ボドナールには6秒及ばなかったものの、区間3位の好走でライバルたちの望みを絶った。終わってみれば、アルプスを終えて総合3位だったウランは54秒遅れの総合2位。TTで大きくタイムをロスしたバルデは、23秒差の総合2位から2分20秒差の総合3位に後退したが、最終表彰台にはかろうじてとどまった。
振り返れば、ウラン、バルデらライバルたちに対して大きなアドバンテージを得たのは、初日デュッセルドルフのTTだった。そのアドバンテージを5つの山脈で(途中でいったん使い切ったが)何とか守りきり、最後、マルセイユのTTでもう一度突き放したことになる。革命記念日の花火のようなアタックは、今年の総合争いでは見られなかった。力の拮抗からか、タイムボーナスを取り合うような、タイトな戦いが繰り広げられた。
シャンゼリゼで妻の手を取り、息子を抱き上げたフルームは、4回目の勝利を2人に捧げた。
「きみたちの愛とサポートがすべてを可能にしてくれる」
今ツールでは、他にもたくさんのドラマが生まれた。
30年ぶりに祖国で開幕したツールで、マルセル・キッテルが平坦スプリントを席巻した。マイヨ・ヴェールを身につけ、区間5勝を手に入れたドイツ人は、アルプスでの落車により、失意の涙を流してツールを去った。
平坦スプリントではキッテルに及ばなかったものの、マイケル・マシューズは緑のジャージを諦めなかった。ゴールスプリントで1ポイントも取れず涙にくれたあと、ロデズの9.6%の上りゴールで優勝してから、再びモチベーションを取り戻した。マッシフサントラルの山々が前半に登場した2日後のステージでも、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン、ジョン・デゲンコルプらをおさえて2回目の優勝。ピレネー、アルプスでも中間スプリントポイントに挑み続けた努力が実り、キッテルから引き継いだマイヨ・ヴェールを最後まで守り通した。
マシューズのルームメートのワレン・バルギルも、マシューズとは別の色の…別の柄のジャージを身につけて、フランス中を沸かせた。
ジュラ山脈で2日連続の大逃げを企て、マイヨ・ア・ポワを手に入れたマシューズは、その後も積極的に前に出て、山でアタックをし続けた。それが大きく実ったのが、ピレネーの101kmの山岳ステージ。共に先行していたアルベルト・コンタドール、ナイロ・キンタナとラインを争い、見事に勝利をものにした。7月14日のバスティーユ・デイ(フランスの革命記念日)にフランス人選手が勝つのは、ダヴィド・モンクティエ(2005年)以来実に12年ぶりということで、フランス中が興奮に包まれた。
彼の快進撃はそれでは終わらなかった。これまで30回以上ツールに登場しながら、今回初めて山頂ゴールの舞台となったイゾアール峠で、バルギルはアタックに出た。前を行く選手たちを一人一人追い越し、イゾアールの高みを目指す。最後に残ったダルウィン・アタプマを追い抜き、フラムルージュを越える。500m…400m。ゴール前200mで、サドルから腰を上げて勢いをつけると、バルギルは一気にフィニッシュラインに向かい、天にキスを投げた。バルギルは、赤い水玉ジャージを自分のものにしただけでなく、イゾアール峠初の勝者として、歴史に名を刻んだ。
白い新人賞ジャージは、革命記念日の短い山岳ステージやマッシフ・サントラルで闘志あふれるアタックを見せたサイモン・イェーツが受け取った。難関山岳でもオーバーペースを避け、落ち着いた走りをこころがけて総合7位をものにした。TUE(治療使用特例)の手続きミスにより4か月の出場停止処分を受け、出場が叶わなかった昨ツールでは、双子の片割れのアダムが新人賞を獲得(総合4位)しており、兄弟から、新人賞ジャージを引き継ぐたいへん珍しいケースになった。
トップ選手たちの落車によるリタイアも、強い印象を残した。
先ほどキッテルの落車について触れたが、レースの序盤から、強力な選手たちが姿を消していった。デュッセルドルフの雨のTTで転倒し、レースを去ったアレハンドロ・バルベルデ。この雨のTTで優勝し、イエロージャージを4日間着用しながら、第9ステージの落車でリタイアを余儀なくされたゲラント・トーマス。同じ第9ステージの最終峠、モン・デュ・シャの下りで地面に叩きつけられたリッチー・ポート。
第4ステージ、ヴィッテルのゴールスプリントではカヴェンディッシュが激しく落車し、今後の選手生命にかかわる大きなケガを負った。UCIの裁定では世界ロード王者のペーター・サガンがこのクラッシュの責任を問われ、即時失格となり、論争をよんだ。
例えば、バルベルデやポートが今年のツールを完走していたら、山岳での戦いは、また違う展開になっていたかもしれない。スプリントにおける力のバランスも変わっていただろう。言い古されたい方ではあるけれど、しかし、レースに「もし」はないのだ。
何人かのスター選手たちが姿を消した一方で、今年のツールはさまざまなスターを生みだした。
ゴール前5kmで両足を痙攣させながら、ジュラ山脈のビッグステージで初優勝をあげたリリアン・カルメジャーヌ。向かい風の中の27kmを独走したバウク・モレマ。ガリビエ峠が登場したアルプス難関ステージを制した、スキージャンプの元世界王者、プリモシュ・ログリッチェ。240mで勝利を逃した悔しさを、最終日前日のTTで晴らしたマチェイ・ボドナール。シャンゼリゼで初めての区間優勝をあげたディラン・フルーネウェーヘン。
チームスカイとフルームの優位は簡単には覆されないだろう。それでも、総合を狙う選手たちの中で世代交代が徐々に進み、力のバランスが変わってきているように感じさせるシーンもあった。今回設定された3つの山頂ゴールでは、アル、バルデ、バルギルがそれぞれ勝利をあげた。ウランが総合2位を獲得したことも含め、これから先のグランツールにおける総合争いを、ますます期待させるツールだったように思う。
寺尾 真紀
東京生まれ。オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ卒業。実験心理学専攻。デンマーク大使館在籍中、2010年春のティレーノ・アドリアティコからロードレースの取材をスタートした。ツールはこれまで5回取材を行っている。UCI選手代理人資格保持。趣味は読書。Twitter @makiterao
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