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トニー・クラークとロブ・マンフレッド
労使協定の失効で、昨年12月初頭から経営者による施設のロックアウトに至ったオーナーと選手の対立は、出口が見えない。MLB機構は、3月31日の公式戦開幕を予定通り行うには、スプリングトレーニング期間を考慮すると協定締結は2月末がデッドラインとしている。どうして双方は歩み寄れないのか?
本質的に経営者と選手の利益は相反している。しかし、これは以前も同じだ。
両者は1990年代後半から空前の商業的繁栄を享受し、労使は四半世紀近くもかつてない良好な関係にあった。それがなぜ近年崩れてしまったのか。
長い蜜月を実現した要素はふたつある。
ひとつはワールドシリーズを含む全ポストシーズンのキャンセルにまで至った1994〜95年のストの教訓だ。試合をやってナンボ、という当たり前のことを、両者は大きな犠牲を払い学んだのだ。
もうひとつは、その間MLBに流れ込むカネは拡大を続けたことだ。言い換えれば、パイは拡大していたため、それを両者が享受すれば良い状況にあった。
ファンあってのビジネスであることを忘れず、利益全体を拡大させ分け合う、これが守られていれば労使は良好な関係を保てるのだ。
それを踏まえ、今回の膠着した交渉を評価してみよう。
ファンの大切さ、これはパンデミックに翻弄された2020年シーズンを経て再認識されたはずだ。無観客開催を強いられたことで、チケット、飲食、グッズでファンが球場で落とすカネを失った。試合をやればやるほど経営者にとっては赤字が拡大する構図になった。そのため、試合数は各球団原則60試合にまで減少し、選手の報酬も激減した。オーナーの損失は莫大な金額になった。プロスポーツは、ファンを入れて試合を開催することが原点なのだ。今回も、このまま対立し続け公式戦を流すような事態に陥れば、身も蓋もない。
もうひとつの要素、パイの拡大はどうか。MLBは今季からFOXやターナー・スポーツ、ESPNとの大型放映権契約がスタートする。これらは、合算すると7年総額125億ドルだと報道されている。トンデモない金額だ。
そうなると、根本的な状況は蜜月時代と変わらないことになる。
それでも、現在のようににっちもさっちも行かない(ように見える)状況を招いたのは、実はこの数年に関しては、労使は拡大するパイを分けあっていたというのは幻想に過ぎないことが明らかになったからだ。
2011年から19年にかけて、MLB総収入は63億ドルから107億ドルへと1.7倍に膨れ上がった。選手の平均サラリーも、約310万ドルだった2011年を基準にすると、16年には1.4倍の約438万ドルとなったが、その後は足踏み状態が続いている。その背景には、労使協定で合意される戦力均衡税免除の上限が1億7800万ドルから2億600万ドルと16%しか上昇していないことも影響している。
われわれ庶民からすると、それでもMLBプレーヤーはとてつもない大金持ちであることに変わりはないが、彼らは相対的にはビジネス規模の拡大に見合う恩恵には浴していないのだ。そうなると、前述の超大型放映権契約もオーナー達の懐を潤すだけではないか、と選手たちが疑心暗鬼になっても致し方ない。
では、なぜ拡大するパイを分け合う方向で交渉しないのか。その理由は、両陣営トップの資質やバックグラウンドにもありそうだ。
選手組合専務理事のトニー・クラークは、13年に死去した前任のマイケル・ウェイナーの後を受け、16年に就任した。しかし、クラークは選手出身でハードな交渉は得意分野ではない。就任後間もない16年の協定更新時には、その弱腰ぶりが再三指摘された。したがって、今回も早い段階から協調姿勢を見せては失格の烙印を押されかねない立場にある。
一方のロブ・マンフレッドMLBコミッショナーはどうだろう。本来、コミッショナーは「仲裁者」であるべきだ。しかし、もともとMLB機構の顧問弁護士だった彼は、オーナー側にべったりだ。それでありながら、前任のバド・シーリグほどの狡猾で強引なまでの政治力は持ち合わせていないように思える。
今年1月、新球場問題で長年迷走を続けるレイズが提案する、タンパ地区とカナダのモントリオールとのダブルフランチャイズ案がオーナー会議で否決されてしまった。もし、この案が本当にレイズのために必要だとすると、シーリグなら事前の根回しをきっちり行い可決に持ち込んだろう(それが、ビジネスプロセスのコンプライアンス上正しいかどうかは別の話だが)。この件は、マンフレッドの限界を露呈した。30球団のオーナーたちをしっかり掌握しきれていないとすれば、マンフレッドにとっても譲歩は自らの進退に関わる問題になりかねない。
土壇場で、両者は合意するかもしれない。最悪の事態は、開幕遅延で貴重な利益を逸失し、ファンの怒りは爆発、となることだ。その場合、クラーク、マンフレッドとも、安易な妥協を示す以上にそれぞれの背後の選手やオーナー達の支持を失い失脚することが予想されるからだ。
ただ、今は注視するしかない。
文:豊浦彰太郎
豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:[email protected]
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