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新型コロナウィルス感染の蔓延で開幕を見合わせているMLB機構が、選手会に提示する今季運営プランに、選手のサラリーは球団総収入の50%とするといういわばサラリーキャップの概念を持ち込んだことが物議を醸している。これこそが、四半世紀前の史上最悪のストライキの争点だったからだ。
問題のMLB案では、開幕は7月で、各球団とも本来の162試合の半分となる82試合を戦う。対戦は同リーグ同地区、別リーグ同地区球団のみで、全試合でDH制が採用される。選手の出場登録枠も26人から30人に拡大される。プレーオフ進出は従来は10球団だが、今季は14球団だ。
これらに関しては目立った異論は出ていない。問題は選手に支払われるサラリーだ。
労使協定での規定では、自然災害や戦争などの国家的非常事態でリーグ戦が開催できない場合、サラリーは本来の試合数に対する開催された試合数の比率に応じて支払われることになっている。MLB機構と選手会は、今回の新型コロナウィルス危機による開幕延期もこの対象であることを3月段階で確認している。それを前提とすれば、今季が82試合開催であれば選手は本来のサラリーの半額を受け取ることになる。
しかし、オーナー達はここで収入の折半を持ち出した。背景には、少なくとも開幕時点では無観客開催となること、各種の感染予防策に追加コストが掛かること、そしてこれからアメリカ経済は2008年のリーマンショック時を超える不況に見舞われる可能性が高いと見られていることがある。今季の試合数は半分だが、総収入は前年の半分以下に落ち込むことが濃厚だ。だから、「折半」を提案したのだ。
もちろん、選手達の多くは激しく反発している。なによりも当初合意の「162試合に対する開催試合数の割合での支払い」が反故にされているからだが、それに加え事実上のサラリーキャップ(各球団が、総収入に対するある比率で年俸総額に上限を設定すること)も提案されている。これは、思い出したくもない前回のストのきっかけでもあった。
1994年8月、労使交渉のもつれから、MLB選手会はストライキに突入した。スト自体はそれ以前にも数度あり、中でも81年のそれはシーズン途中の49日間という長期に亘るものだった。しかし、94年のストはそれどころではなく、シーズン残り全試合とポストシーズンも中止に追い込まれた。
労使の論争の焦点は、オーナー側が前年に導入を提唱したサラリーキャップ制だったが、年俸調停制度の撤廃も追加提案してきた。「年俸が高騰しすぎて経営が成り立たない」というのがオーナー側の主張だったが、選手会側も年俸調停の資格取得までの期間短縮や最低年俸の引き上げを要求し対抗した。
94年7月末、平均観客動員数が史上最高を記録する中、選手会は8月12日をスト突入期限とすることを発表し、当日を迎えると選手は職務を停止した。交渉は膠着状態のままで、9月中旬にはバド・シーリグ・コミッショナー(当時は代行)がポストシーズンを含めたシーズンの再開断念を発表した。
その後、当時のビル・クリントン大統領が仲裁に乗り出すも効果はなく、年を越し春が近付くにつれ、怒りを露わにするファンの声を労使双方とも無視できなくなってきた。3月末にはニューヨーク地裁がシーズン再開を勧告。4月初旬に労使ともそれを受け入れ、4月26日にやっと開幕した。
しかし、ファン無視のストライキはその後の観客動員にも影響を与えた。95年の総観客数は約5046万人で、スト前年の93年の7025万人に比べ3割近く減少した。開幕が遅れ総試合数が1割以上少なかったことを考慮しても大きな落ち込みだった。
また、「ストは損である」という当然のことを労使とも学んだ。試合をやらないことには、オーナーも選手も収入が途絶えてしまう。その後、2002年の協定更新の際も危機はあったが、「ストだけは避けよう」とのムードがあった。
もっとも、今日に至るまで25年もストライキがないことには「運」も作用している。MLBの経営努力は高く評価すべきだが、90年代以降のアメリカ全体の好景気に助けられた点は無視できない。ストで取り合いの対象となる利益というパイ自体が拡大していったのだ。ストライキ以降の四半世紀の間、テレビの放映権料も観戦チケットも信じられないほど値上がりした。その結果、溢れる収入は少なからず補強資金につぎ込まれ、スト終了年の95年には約115万ドルだった平均年俸は2019年には436万ドルだった。
あの忌まわしいストの後、MLBと選手会はどんどん拡大して行くパイを分け合う関係になった。しかし、今回の新型コロナショックで米経済自体が長期の不況に突入する可能性は高い。そうなると、両者は再び限られた、いや縮小するパイを奪い合う関係になりかねないのだ。
前回のストから長い年月が流れ、当然ながら選手は完全に入れ替わったしオーナー側も世代交代が進んだ。しかし、ロブ・マンフレッド・コミッショナーは前回スト時は経営側の顧問弁護士だった。ストの痛みはだれよりも理解しているはずだ。それでも、MLB はストの原因だったサラリーキャップを持ち出してきた。このことは、労使関係の長い蜜月が終わったことを象徴している。
文:豊浦彰太郎
豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:[email protected]
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