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カブスのダルビッシュ有投手が、何かに気付いたようにマウンドを降り、二塁ベースとの間でボールをこね出したのは、現地5月20日の月曜日の夜、地元シカゴでのフィリーズ戦の二回表に一死を取った直後のことだった。
打席に入ろうとしていたのは、フィリーズの「9番・投手」ジェイク・アリエッタ。ダルビッシュと投げ合っていた相手である。
「(試合前は)考えてなかったですけど、これ多分、スタンディング・オベーションするなって思って」
ダルビッシュがそう言ったのは、6回4安打3失点、7三振3四球で降板した試合後のことだった(延長十回4-5で敗れた)。
スタンディング・オベーション=観客が総立ちになって声援を送る儀式。
カブス・ファンがそれを行ったのは、アリエッタがノーヒットノーランやサイヤング賞を獲得し、2016年のワールドシリーズ優勝に貢献した元カブスの人気選手だったからだ。
「(観客が)最初は立ち上がらなかったから、僕が後にいてちょっとゆっくりしておけば、皆が立ち上がるだろうと思って。普通はあんなに後ろまで行かないけど、あそこまで行ったら観客の人たちもアリエッタの方を見て立ち上がるかな? と」
カブスの地元メディアはこの日、「ダルビッシュ対アリエッタ」を好奇の視線で見ていた。
それは地元の元人気選手アリエッタがフリーエージェント(FA)でチームを去った後にカブスに加入したのが、他ならぬダルビッシュだったからだ。
去年の夏、ダルビッシュが腕の怪我に悩まされて期待外れの成績に沈んでいた頃、数あるバッシングの中には「どうしてアリエッタと再契約せず、ダルビッシュなんか獲得したんだ?」という類のものも含まれていた。
それを煽っていたのは幾つかの地元メディアであり、それはダルビッシュがいまだに完全には復調してないことで、再燃する可能性を秘めていたのだ。
もちろん、当の本人は、そんなこと気にも留めていなかった。
「自分をよく見せてやろうとか、いいピッチングを見せてやろうとか思ってる時はいい方向に行かない。だから、そうじゃなくて、今は自分のことを考えて、何をしなきゃいけないのかとか、打者のことを考えてとか、そういうことに集中力を使おうと思っている」
とは言え、相手を意識して投げたこともある、という。
「何年だったかは忘れたけど、涌井(秀章 現千葉ロッテ)とと初めて投げ合った時は……西武ドームかどっかで、人生で一番緊張した。先輩の武田久さん(元北海道日本ハム 現日本通運選手兼コーチ)も『お前、ちょっと違ってたぞ』って言ってたし、僕もそう思っていた。それに比べれば今日は本当に何もなかった。マー君と投げ合うとか、岩隈さんと投げ合うとかみたいには、まったく何もなかった」
同じ年齢の涌井はともかく、田中将大や岩隈久志(現巨人)と投げ合う時にも、少しでも意識していたのか? と逆に驚かされる。
驚いたのはアメリカのメディアも同じで、「Class act=品のある行い」と表現された。
ダルビッシュはこの日、もうひとつ「リスペクト」を見せた。
それは巨人から引退を表明したばかりの上原浩治に対する「敬意」だった。
ダルビッシュは北海道日本ハムからレンジャーズに移籍した2012年、前年の夏にオリオールズから移籍してきた上原のチームメイトになっている。
「『コントロール良くなるにはどうしたらいいですか?』とか尋ねたら、すごく親身になって教えてくれたりとか、レッドソックス行った後もツイッターとかのメッセージでアドバイスを貰ったりしてた」
平成から令和へと時代が変わる中、元三冠王でヤクルトの名監督としても知られる野村克也氏が、ダルビッシュを「平成のベストナイン」に選んだ。それについて問われた彼自身は、「凄い人たちばかりで名誉なこと」と感謝の意を表しながらも「飛ぶボールの時代に東京ドームで抑えていた上原さんが、低反発の統一球で札幌ドームで投げていたらどうなってたやろな」と話している。
「いっつも、なんであんなにコントロールいいんだろうって。羨ましいじゃないけど、本当に凄いなって思う。この間も数字見ていて、2000イニングぐらい投げて、280個ぐらいしか四球を出してないんですよ。それって普通はないと思うし、本当に凄いなって思う。それもひとつの天才なんじゃないですか」
正確にはメジャーリーグ(480.2回)と日本プロ野球(1583.2回)の計2064.1回を投げて、289四球(メジャー78四球+日本プロ野球211四球)である。確かに信じ難い数字だ。
「僕は名球会でも何でもないけど、名球会、マジで考えなきゃいけないって思います。(投手の入会資格は)200勝か250セーブって言ってるけど、上原さんの100勝、100セーブ、100ホールドは誰もやったことないんだし、ひょっとしたら200勝より難しいかも知れない。ひとつ言えることは、上原さんはそれをメジャーも込みでやってるということ。だから、そこはちゃんとしないと、名球会とか(日本の野球)殿堂とかの価値がなくなっていくと思います」
同感だ。
以前、他媒体のコラムでも書いたが、名球会の入会資格である200勝が、同じ入会資格の250セーブと等価値だと見なすのならば、1勝は1.25セーブ。1セーブは0.8勝に値する。
100ホールドを考慮しなくても、上原の日米通算134勝、129セーブだけでも通算237勝と等しい価値があるし、通算295セーブにも等しいわけだから、すでに彼は名球会入りしていると言っていいだろう。
ついでに書いておくと、先発と救援を両方経験している山本和行氏(元阪神)、松岡弘氏(元ヤクルト)、大野豊氏(元広島)、斉藤明夫氏(元大洋)、佐々岡真司氏(元広島)、斎藤隆氏(元ドジャースほか)、小林雅英氏(元インディアンスほか)、そして現役の藤川球児(阪神)らが、すでに名球会の資格を得ていることになる(もっと掘り出せば、他にも入会資格の達成者はいるかも知れない)。
いずれにせよ、ダルビッシュは彼らしい方法で、ひと晩で2度も日米両方の球界の先輩にリスペクト=敬意を表した。
自分の人気や個人記録にはまるで無頓着な彼が、他人事だとしっかり認識しているという「妙」。
これもまた、ダルビッシュという野球選手の、何とも不可思議で興味深い部分なのかも知れない。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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