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野球 コラム 2018年4月29日

ちょっぴり残念だったオークランド50周年記念試合

MLB nation by 豊浦 彰太郎
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4月17日、ぼくはオークランドにアスレチックス移転50周年記念試合を観に行った。これは、メジャーリーグ史上初の無料試合(3年前に暴動直後のボルティモアで観客の安全確保のために無観客試合は行われたことがある)として開催された。同球団の歴史に少なからず思い入れのあるぼくは、オークランド50年の栄光と苦難を凝縮した記念試合を期待していたのだが、それは勝手な思い込みだったようだ。これは、あくまでファン感謝の無料試合でしかなかった。

実は、10年前にもドジャースのLA移転50周年記念試合を観に行ったことがある。ドジャー・スタジアムが完成する(1962年)まで本拠地として使用したロサンゼルス・コロシアムを当時になるべく忠実に急遽ベースボール用に改装して行われたそのゲームは、開幕前のエキジビションとして行われたこともあり、壮大な歴史イベントだった。

球場周辺では、昼間からドジャースの歴史を飾ったかつてのスターによるサイン会、トークショーなどのイベントが開催された。ゲームには世界のスポーツ史上最多の11万人超が詰めかけ、来場ギフトとして青いペンライトが配られた。それは、ブルックリンからLAへの移転直前の交通事故で車椅子生活となった名捕手ロイ・キャンパネラを、コロシアムに大観衆のペンライトの灯りで迎え入れたコロシアム時代の名場面に因んだものだった。

ぼくは、そのオークランド版を期待していたのだ。レジー・ジャクソンやローリー・フィンガースらの70年代V3戦士から、リアルタイムで見てきたリッキー・ヘンダーソン、トニー・ラルーサ、バッシュ・ブラザーズ、ジェイソン・ジアンビ、トルプレッツ・・・彼らが姿を現せ、満員の観客が往時を偲んで喝さいを送る、そんなシーンを予想し胸を高鳴らせていた。

球場に到着したのは、シーズンシート契約者だけが先行入場できる3時半過ぎだった。その他のお客は一般開放の4時半まで待たねばならないのだが、全席自由でFirst come, first served(早い者勝ち)ということもあり、すでに入場を待つファンの長蛇の列ができていた。そして、広いパーキングは相当埋まっており、スポーツイベントに付き物のテールゲートパーティーの魅力的な匂いが漂ってくる。しかし、球場周辺で何かイベントが行われている様子は感じなかった。ちょっと、10年前のLAとは違うな・・・

そして、冒頭記したようにぼくが期待したイベントは球場内でもなかった。対戦相手のホワイトソックスともども50年前のデザインのユニフォームで戦ったのは良しとするし、50年前のオークランド初戦で先発したルー・クロースによる始球式は感動的だった。しかし、それだけ。彼以外にこの日コロシアムに戻って来たOBは皆無だった。せいぜい、フィンガース、エッカズリー、リッキーの3人の「着ぐるみ」がイニング間の競争に現れただけだ(ナショナルズ・パークでの大統領レースのオークランドOB版と思って欲しい)。しかも、通算1406盗塁のリッキーは3人中ビリだった。こりゃないよ・・・

観客は最終的に4万6千人強だった。「良く入った」と評価することもできるだろう。しかし、無料チケットの配布は20万にもおよんでいたこと、球団は最大7万人の来場の可能性を見込んでいたこと、そして何より無料であることを考慮すると、この人数にも手放しで喜べない。そもそも、ドジャースあたりなら、有料でもこのくらいの人数を集めるのだ。記者席から全体を見渡すと、事実上シャットアウトしたままの通称マウント・デービス(1995年にNFLのレイダーズ移転に合わせ増設されたセンター後方の巨大な観客席、)以外はほぼ埋まったようにも見えるが、びっしりという感じではなくアッパーデックは7~8割の入りだった。

試合は序盤からアスレチックスペースで中盤には大差となった。地元のファンには最高の展開だ。そして、10対0で7回裏が終了した。すると、驚くべき光景が繰り広げられた。ファンが一斉に席を立ったのだ。それ自体は不思議ではない。試合展開は大差だし、観客も50周年記念試合でのI was there!感覚を十分楽しんだ。何より、自家用車にしろBART(サンフランシスコ湾地域を網羅する鉄道)利用にせよ、試合後の混雑は避けたい気持ちは良くわかる。しかし、コロシアムを後にした観客の数がハンパではないのだ。まるでゲームセットのようだった。結果的に8回以降も残って試合を見守ったファンの数は目勘定ではせいぜい1万人くらいだろうか。言いかえればほぼ普段のゲームと同じくらいなのだ。しょせん、無料券なのだから7イニングスも見れば十分だということなのだろう。

この記念試合をどう評価すれば良いだろう。画期的という声もあるかもしれないが、タダ券で観戦し、雰囲気を味わった後はスっと去って行くファンがこの先どれだけ定着するかは判断が分かれるところだと思う。10年前のドジャースのように数多く集めるために、思い切って廉価な設定(多くの席が10ドルそこそこだったと記憶している)をするという選択肢もあったように思う。「お買い得」は次につながるのだと思うが「タダ」はどうだろう。

1940~70年代に、観客に采配を委ねたり、外野フェンスを自軍の攻撃中に前に出すだす可動式にしたり、短パンユニを採用したりの「なんでもアリ」のプロモーションを展開した名物オーナーのビル・ベックも、「無料チケットだけはすべきではない」と自伝で述べていた。

もちろん、球団の収入源はチケット販売がメインだったベックの時代と今は違う。無料券の観客もその20%以上はそもそも年間シート契約者だし、無料券での入場者もそれなりに飲食やグッズ購入で散財したはずだ。何よりも現在はテレビの時代だ。無料券入場者が、今後はテレビ観戦者として定着してくれればそれはそれで良いのかもしれない。

今季、オリオールズは特定の席において子供連れの観客には子供用チケットを2枚無料で付ける、というプロモーションを行っている。なるべく少年少女ファンを多く、継続的に集め将来に備えようという企画だ。アスレチックスの今回の無料チケット試合は、これとも少々異なる。話題にはなったが、今後にどうつながるの?という点では疑問だ。

アスレチックスには語るべき歴史がある。1972~74年のワールドシリーズ3連覇とその後の選手切り売りによる急激な没落と極端な不入り、そして成立寸前まで行った移転騒動、強烈なキャラのビリー・マーチン監督に率いられた完投主義の「ビリー・ボール」による復活、バッシュ・ブラザーズらの活躍による89年の世界一、2000年代に入ってからの「マネー・ボール」での躍進と2002年の20連勝などなど・・・

それらを顧みてファンに地元球団への愛を再確認してもらう1日にするとテもあったと思うのだが、球団のマーケティング部門の考えは違っていたようだ。

代替画像

豊浦 彰太郎

1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:[email protected]

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