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バレーボール コラム 2025年4月24日

胴上げで高く舞い上がった井上愛里沙、先頭に立ってやりきった現役生活

SVリーグコラム by 田中夕子
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胴上げされる井上愛里沙(ヴィクトリーナ姫路)

高く、高く舞い上がる胴上げ。実は、井上愛里沙にとっては、これが人生初めての胴上げだった。

「怖いから、今までずっと逃げてきたんです(笑)。でも、ああいう温かい空間を作り出して下さって本当にうれしかったですし、ファンの方も見守って下さって、久光のスタッフの方も来て下さって。改めていろんな方に支えてもらって今の自分がある、と空中にいる時に感じられてすごくうれしかったです」

大同生命SVリーグ チャンピオンシップ 2024-25

4月21日、佐賀アリーナでのチャンピオンシップ、クォーターファイナルが井上にとって現役最後の試合となった。

奇しくも、かつて在籍した古巣が現役最後の対戦相手。高く舞い上がった胴上げも、呼びかけたのはホームチームである久光だった。

かつて在籍したSAGA久光の選手たちと

会場から、ヴィクトリーナ姫路だけでなく、SAGA久光スプリングスのサポーターも含め、会場全体からの『ありさコール』に応える形で、直後は「ここで終わる気はなかったので、まだ実感がない」と話していたが、試合後の会見でコメントを求められると、ふー、と長く息を吐き、笑顔を保ちながらも時折言葉を詰まらせながら、ラストマッチや最後に向けて駆け抜けてきた日々を、自身の言葉で振り返った。

「久光さんは私のすべてを知っているし、常に対策されている。でも、その中でも自分の出し切れるものはすべて出し切りたい、結果でお返ししたいと思って臨みました。今シーズン(久光と姫路は)合計7回ぐらい対戦しましたが、常にそういう気持ちでした。最後は自分の持ち味を出したい、トライしたいという気持ちで望んで、結果、決めきれなかったのは心残りではありますが、自分の力はすべて出し切った。後悔はありません」

日本代表に初選出されたのは2014年。東京五輪の出場を逃し、一時は引退も考えたが、フランスリーグのサンラファエルでもキャリアを重ね、パリ五輪に出場を果たした。

大同生命SVリーグ チャンピオンシップ 2024-25

2023年からプレーする姫路での初タイトルとなった昨年末の皇后杯では、久光との決勝で、0-2からの逆転勝利。アヴィタル・セリンジャー監督も「ここは絶対に獲らなければいけない、という時に決める本能的な能力が本当に素晴らしい」と称賛した井上は大会MVPにも選出された。

日本代表でも、ここぞという場面での攻撃力で何度もチームを勝利に導く。そんな井上の勝負強さを初めて目の当たりにしたのは、彼女が西舞鶴高校の3年生だった2013年、U21日本代表に選出され、出場したチェコでの世界選手権だ。

中国代表には朱テイ(テイは女偏に帝)、ブラジル代表にはガブリエラ・ギマラエスといった現在も活躍する選手たちが出場した大会で、チーム最年少の井上は大会中盤から日本のエースとして堂々たる活躍を見せた。

高いブロックに対してもしなやかに、うまくスペースを狙って落としたかと思えばブロックの隙間を鋭く打ち抜く。中国に敗れはしたが、準優勝の原動力となったのが若きエースの井上だった。

大同生命SV.LEAGUE

だが、その当時の井上は今ほどバレーボールに対して情熱的な選手ではなかった。むしろチームの輪の中にいても冷静で、客観的。

早くから注目を浴びたこともあり、将来を嘱望される選手として厳しい環境で日々をこなすことに精一杯。バレーボールに熱中する、スキルを高めることに全力を向けるどころか、「バレーボールが楽しい、とはあまり思えなかった」と口にするのも聞いた。

むしろ高校から大学へ進学する際も「バレーを続けるか迷っていた」というほどで、もっと勉強したい、と医療の道を志すべく理系進学も考えていた。とはいえ18歳ながら世界を相手に戦える力を持っている選手だ。周囲からの説得や勧めもあり、「もう少し頑張ります」と筑波大学へ進学。井上の表情やバレーボールに対する姿勢が明らかに変わったのは、この頃からだった。

バレーボールを追求すべく、専門家たちが揃う大学で学ぶ楽しさ。並行してユニバーシアード日本代表など国際経験も重ね、攻撃力に磨きをかけただけでなく、リーダーとしてチームを引っ張る姿。

主将を務めた筑波大学、ユニバーシアード代表チームでは自ら先頭に立ち、点を獲るだけでなく劣勢時も優勢時もチームの仲間に向けて声をかける。学生時代に培ったリーダーシップは、最後の試合でも存分に発揮された。

チームメイトを鼓舞する井上愛里沙

3試合で2戦先勝のチャンピオンシップ。初戦を落とし、2セットを失った姫路は後がない状況へと追い込まれた。ハーフタイムで一度控え室に戻った後、「すでに泣きそうな顔をしている選手たちもいた」と井上は明かしたが、だからこそ「まだ終わったわけじゃない」とチームを鼓舞する。象徴的だったのが、再開した第3セットで20-22、2点を先行されて迎えた終盤だった。

姫路は2度目のタイムアウトを要求、久光の北窓絢音のサーブから始まった長いラリーを制したのが井上のスパイクだ。

肩の柔らかさを活かし、親指を外へ向けてひねるようにインナーへ打つ。これまでも何度も見せてきた、まさに井上らしいスパイクで得点を返し、立て続けにハイセットをレフトから叩き込み、22-22の同点とすると、両手を叩いて跳び上がりながら満面の笑みで仲間たちと喜びを分かち合った。

デュースの末に第3セットは25-27、ストレートで敗れはしたが、最後までチームをけん引し続けた井上を、「どんな時でも頼りになった」と涙ながらに振り返ったのが1歳上で同じ京都出身のセッター、姫路の主将を務める柴田真果だ。

「レギュラーラウンド44試合、常に愛里沙が先頭に立ってチームを引っ張ってくれた。最後に決めてくれる信頼感、安心感は今までもずっとありましたが、サイドアウトの時にはよく目が合った。私も『持って行くよ』と思っていたし、愛里沙からも『持ってきて』と伝わってきた。身体がきつい状況でも、最後の最後まで振り絞って、打ち続けてくれました」

井上愛里沙(ヴィクトリーナ姫路)

やりきった。

時折「本当は試合をしながら泣きそうだった」と声を詰まらせる場面もあったが、井上は最後まで笑顔を絶やすことなく、「たくさんの人に支えてもらって今がある」と感謝の言葉を口にした。

引退後はいずれ指導者として、地元にクラブチームをつくりたい、と構想も描く。嫌になりかけることもあったバレーボールを最後まで楽しめた彼女だからこそ伝えられる、バレーボールの楽しさをどうか多くの次世代にもつないでほしい。

そしてこの先の人生も、どうか幸せに、笑いながら好きなバレーを存分に楽しんでほしいと願うばかりだ。

文:田中夕子/写真:(C)SV.LEAGUE

田中夕子

田中夕子

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。WEB媒体、スポーツ専門誌を中心に寄稿し、著書に「日本男子バレー 勇者たちの奇跡」(文藝春秋)、「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。「夢を泳ぐ」「頂を目指して」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」、凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること」(カンゼン)など、指導者、アスリートの著書では構成を担当

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