エムバペは移籍先が見つからず、残留しても針のムシロ

内部批判でパリSGとの関係が悪化したエムパベ。実母ラマリの強欲も、本来は簡単なはずの問題を複雑化している

『QSI』（カタール・スポーツ・インヴェストメント）がパリ・サンジェルマンを買収した2011年当時から、彼らの将来を危ぶむ声が業界から聞こえてきた。

「カタール・ワールドカップ前後になにか起きるだろうな。未来永劫、『QSI』がバックアップするとは思えない」

「買収から10年前後でチャンピオンズリーグを獲れなかったら、補強費を抑制するとか、株式の数％を譲渡するのではないか」

ネガティヴな予想どおり、ヨーロッパの頂には立てなかった。2019/20シーズンの準優勝が最高で、プレミアリーグやラ・リーガなどの強豪に、ベスト8やラウンド16で敗れたケースも少なくない。

この夏、リオネル・メッシがインテル・マイアミに新天地を求め、パリSGのSNSアカウントをフォローから外したこともマイナス影響を及ぼすだろう。

また、ネイマールは人造湖の建設が環境保護法に触れ、故郷ブラジルのリオデジャネイロ州から1600万レアル（約4億8000万円）の罰金刑が下った。監督として2シーズン目を迎えるはずだったクリストフ・ガルティエは三年前の差別発言により、フランス捜査当局に身柄を拘束されている。ブランドイメージは低下する一方だ。

さて、最大の案件はキリアン・エムバペの去就である。

24歳のスーパースターは、「現行の契約は延長せず、来年6月の満了とともに退団する」と語った。クラブ側にすると寝耳に水で、ちょっとできない相談だ。エムバペのような金の成る木をフリーで手放すなど、もっての外である。

「契約を更新するか、われわれが提示する金額を支払えるクラブに移籍するか、ふたつにひとつだ。7月中に必ず答を出せ。フリートランスファーはありえない」

ナセル・アル・ケライフィ会長は一歩も引かない構えだ。

さらに、マウロ・イカルディやレアンドロ・パレデス、ケイロール・ナバス、ユリアン・ドラクスラー、ジョルジニオ・ワイナルドゥム、レイヴァン・クルザワといったところが、ルイス・エンリケ新監督の構想から漏れたようだ。

彼らは昨シーズンのようなローンではなく、すべて換金対象。推定市場価格より低かったとしても、手もとに置くつもりはさらさらない。利己的なネイマールも同様の扱いだ。ケガも多すぎる。クラブ側にとって、年俸5636万ユーロ（約86億9740万円）は頭痛の種だ。

イカルディやパレデスには適正価格のオファーが届くかもしれない。しかし、エムバペは高すぎる。パリSGの要求額は2億2000万ユーロ（約338億8000万円）だ。はい、承知いたしましたと、簡単には支払えない。ファイナンシャル・フェアプレーに抵触する恐れすら生じる巨額だ。

昨シーズンの営業収入が8億4300万ユーロ（約1298億2200万円）に達し、コロナ禍の4シーズンすべてで黒字を計上したレアル・マドリーなら支払える。エムバペも移籍を望んでいるはずだが、九分九厘まとまっていた交渉が、実母ラマリの強欲で暗礁に乗りあげた一年前の苦々しい過去がある。

彼女はエムバペの決断に大きな影響力を及ぼし、エージェントでもないのに重要な場面にしゃしゃり出てくる。当然、契約延長をめぐる今回の交渉にも介入しており、混乱は避けられない。

マンチェスター・ユナイテッドのクリスティアン・エリクセンが、「われわれ選手やエージェントが知らない情報ばかりだよ」と呆れ、ASローマのジョゼ・モウリーニョ監督も、「デマを飛ばしてもカネがもうけられるのだからいい商売だな」と皮肉った。移籍市場のニュースを完全に解析するのは難しい。

だが、ケライフィとラマリの不仲は公然の事実であり、両者とも歩み寄りを負けとみなす頑固者だ。エムバペの「パリSGは分裂を招くクラブ」との発言も混乱に拍車をかけ、彼はいま、孤立しているという。

移籍先が見つからず、残留しても針のムシロ……。エムバペの夏は、ジトッとしている。

文：粕谷秀樹