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栗村さん、こんにちは。いつも楽しく、実況を聞かせていただいています。僕の妻の疑問に答えていただけると嬉しく思います。
今年のブエルタでも、ログリッチがそうですが、ロードレースの実況ではよく、「⚪︎⚪︎日前に大怪我」や、「⚪︎⚪︎週前に鎖骨骨折でもステージ勝利!!」という話を聞きます。
これに対する妻の疑問は、「なんで骨折してるのに出るの?」「なんで勝てるの?」「出なきゃいけないほど人が少ないの?」です。
僕は、「出られる程度の怪我なんだよ」「それでも勝てるほどの実力なんだよ」「準備してる選手には限りがあるからね」と返すんですが、実際、スタッフマネジメントはどうなってるんでしょう? 監督経験のある栗村さん、教えて下さい。
(男性 自営業)
たしかに「普通の感覚」からすれば、この競技のケガの多さや回復しきる前にトレーニングをはじめたりレースに出たりする慣習には、疑問を感じますよね。
もともとサイクルロードレースは、欧州の労働者階級のスポーツです。体力自慢の男たちが、生命力を競い合うスポーツ競技なんですね。「完走者はひとりが理想だ」。ツール・ド・フランスの創始者アンリ・デグランジュが語ったと伝えられる、大会の苛烈さと理想を象徴する言葉です。それくらい、厳しいレース展開が望まれたということです。
当然、ケガ人も続出するわけですが、そこも含めてこの競技であるという美学が強く存在していました。他でもないこの僕も、若い頃は、ケガをした選手が走る姿は美しいと思っていました。
しかし、社会の価値観は大きく変わり、ケガやリスクに対して不寛容であることが求められるようになりました。そこに、この競技と、社会の変化しつつある価値観とのギャップが生じているのは否定できません。
その上でですが、選手たちがケガを押してまで出場する理由は、いくつか考えられます。
まず、選手が足りないこと。通常、ワールドチームであれば30名前後の選手が所属しているのですが、チームは同時に複数のレースへ参加することが多いので、選手が足りなくなることはあります。また、各レースには最低出場選手数が設定されているので、一人とか二人でレースをスタートすることはできません。したがって、ケガ人であっても数に含めなければいけないことがあります。
また、質問者さんがおっしゃるように、替えが効かない選手がケガをしてしまう場合もあります。エースと呼ばれる選手たちの実力はずば抜けていますから、ケガをしていても、優勝争い、もしくは上位争いに食い込めるかもしれません。それもあって無理に出場する場合があります。
さらに、ずっと狙っていたレースなど、本人に強い意志がある場合は無理をすることがあります。また、この競技では不調であっても意外と走れてしまったり、時には勝ってしまうこともあるので、やるだけやってみようとなるわけです。
とくに、機材の上に身体を載せて戦うスポーツなので、ケガの部位や状態によっては、影響や痛みが出ないケースもあります。寝返りを打つのも厳しいし、歩くのも大変、でも自転車には乗れる。そんなことすらありえます。ちなみに、選手の骨折でもっとも多い部位は鎖骨ですが、プレートで固定する手術を受けることが多く、術後数日でローラー台に乗って脚を回し始める選手もいます。
いずれにせよ、出場の判断は、チームドクター、トレーナー、監督、そして選手本人が話し合って下されます。決め手になるのはドクターの医学的判断で、近年、とくに頭部の衝撃(脳震盪)については判断が厳しくなりました。逆に、レースが始まってからの負傷では選手の入れ替えができないので、「走れるならゴールを目指す、無理なら止める」という判断を毎日のように繰り返すことになります。
今年のブエルタでも、酷い落車で大けがを負ったポガチャルが、いったんはサドルにまたがるそぶりを見せましたよね。あれは、若い世代の選手であるポガチャルにとっても、「とりあえずは走り出してみる」という美学というか、習慣が残っていることのあらわれです。
その価値観が時代遅れであることは否定しません。社会の変化に合わせて柔軟に捉え直すべきでしょう。ただ、その古臭い価値観がこの競技の中核にあることもまた、事実です。
似たようなケースは、たぶん社会のあちこちにあると思います。そして、同じように両面で悩んでいる人々も多いでしょう。サイクルロードレースも、同じように、価値観が揺れ動いている最中だということです。
文:栗村 修・佐藤 喬
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栗村 修
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。 17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。 引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。
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