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【ツール・ド・フランス2022 レースレポート:第12ステージ】次世代スターのピドコックがラルプデュエズで独走 個人総合トップ10入りへも本気「人生で一番美しい経験をしている」
ツール・ド・フランス by 福光 俊介トーマス・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
われわれは世代が移り変わるのを目撃したのかもしれない。かつてのツール・ド・フランス王者との逃げに心躍らせた22歳が、名峰ラルプデュエズでその者をみずからの力をもって置き去りにした。トーマス・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)は、クリストファー・フルーム(イスラエル・プレミアテック)らとの山岳勝負を制し、ツールでは初めてとなるステージ優勝をつかんだ。
「クリストファー・フルームは生きる伝説だよ。ガリビエ峠からの下りで彼が僕と同じことを考えていると分かって、一緒に逃げグループに飛び込んだんだ。かつてほどの走りではないのかもしれないけど、それでもクリストファー・フルームには変わりないよ」(トーマス・ピドコック)
もっとも、このステージでは2020年代のロードレースシーンを代表することになるであろう若き力が躍動した1日になった。ピドコック、ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)。彼らは、一時代を築いた名うてのライダーたちを差しおいてそれぞれの戦いを演じた。
7月14日はフランス革命記念日。国内いたるところで花火が打ち上がり、10日後にツールが帰還するパリ・シャンゼリゼでは午前中に共和国建国を祝う軍事パレードが催された。国民にとってお昼からの楽しみは、ツール・ド・フランスである。
そんな日に、主催者はアルプス3連戦の最終日をぶつけた。それも、超級山岳を3つ上る、何とも粋な演出。今大会のクイーンステージとの呼び声も高く、総合系ライダーたちもこのステージ次第で目指すべきものが見えてくると言い切った。加えて、いまフランスでは南部を中心に熱波が襲来。レース展開にどう影響するかがポイントになる。
スタートするとすぐに、前日も走ったガリビエ峠を逆走。テレグラフ峠を経由しながら長い下りをこなすと、2つ目はクロワ・ド・フェール峠の29km長距離クライミング。標高2000m超の山々を走ったプロトンは、最後に秀峰ラルプデュエズへとアタックする。ツール4年ぶりの登場で、このステージ最後の13.8kmを彩る。平均勾配は8.1%。コース左右は世界各地から集まった熱狂的なファンで埋め尽くされるのがおなじみの光景だ。実際に、今回もとてつもない数の人たちが選手たちを熱く頂上へと送り出した。
ニールソン・ポーレス(EFエデュケーション・イージーポスト)のファーストアタックで幕が開けた戦いは、やがて6人が先行。メイン集団では、前日“晴れて”リーダーチームとなったユンボ・ヴィスマがすぐに統率を開始。ワウト・ファンアールトだけは、いつもより早めにやってきた中間スプリントポイントでアクションを起こしたけど、用が済んだらすぐにチームプレーに徹した。
ガリビエ峠でジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード)が飛び出すと、ピドコックやフルームも追随。これも集団が見送ったので、彼らは労せず頂上通過後の下りで先頭グループに合流。前述のピドコックのコメントで、フルームに触れていた点はこの局面を指している。
最大で9人になった先頭グループは、プロトンを完全に指揮下に置いたユンボ・ヴィスマが意識的にペースを落としたこともあって、リードを拡大させる。クロワ・ド・フェール峠に入る頃には7分20秒まで開くと、ピドコックがアタックして脚のあるメンバーだけに絞り込んだ。その後の下りでも抜群のバイクテクニックを見せて、時速100km超で先を急いだ。
「今日の予定は逃げに入ることだった。昨日のステージでタイムを失ってしまったけど、かえって自由を得られやすいだろうと前向きにとらえていたんだ。下りが速かったって? もしかしたらユンボ・ヴィスマが下りでペースアップするかもしれないと思ったから、僕もダウンヒルで加速したんだ」(ピドコック)
ラルプデュエズの入口でのタイム差は6分10秒。逃げ切りはほぼ決まり。そこからは、誰がステージ優勝争いを制するかに焦点は移った。
意外というべきか、決定打は早い段階で決まった。上り始めて3kmほどでピドコックがアタックを成功させ独走に持ち込む。ルイス・メインチェス(アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)とフルームがテンポで追って、しばし数秒差の状態が続いていたが、大歓声に背中を押されるかのように、ピドコックのクライミングは最後まで衰えることはなかった。
ラルプデュエズを一番に駆け上がり、ひとりで頂上に到達した。小さな体を大きく、そして高く掲げた両腕に、強い力がこもった。
熱狂するファンをかき分けながら激坂を登っていく
「ツール・ド・フランス初出場でラルプデュエズを勝ったんだから悪くないよね。信じられないよ。ここまでの人生で一番美しい経験だよ。勝ったことはもちろんだけど、大勢の人やフラッグを避けるために上りでスラロームをしないといけない、という体験もね(笑)」(ピドコック)
ジュニア時代から世界的に名を轟かせ、昨年の東京五輪でマウンテンバイク・クロスカントリー種目で金メダル。今年はシクロクロスで世界選手権を制し、その時の“スーパーマンスタイル”でのウイニングセレブレーションは大きな話題になった。これまでタイトルをほしいままにしてきたピドコックが、泣いた。それは、ツール・ド・フランスがいかに崇高で、サイクリストの夢であるかを象徴する姿だった。
「もうパーフェクトだよ。すべてがうまくいった。個人総合でもトップ10に戻ったからね。良い感じだよ!」(ピドコック)
個人総合8位に浮上。どうやら、総合での上位入りにも本気でフォーカスしているようだ。
ピドコックが歓喜するはるか後ろでは、“もう一つの戦い”が繰り広げられていた。そう、マイヨ・ジョーヌ争いである。
ラルプデュエズに入っても、ユンボ・ヴィスマのガードは固かった。前半から集団コントロールに努めていたワウトがここでも牽引役を担う。“半分モーター、半分人間”と称された男は、忠実に、それでいて強く。レースの流れを完全に自分たちのものにしたのだった。
ワウトが退いてからは、ステフェン・クライスヴァイク、その次がプリモシュ・ログリッチ。最終アシストはセップ・クス。グランツールの総合エースを十二分に張れるだけの力を持つ“オールスター”がマイヨ・ジョーヌのお目付け役である。とりわけ、ログリッチのペースメイクでは、前日好走したダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ)やナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)が耐え切れず脱落してしまった。クスが引く頃には、精鋭グループにはヴィンゲゴー、ポガチャル、ゲラント・トーマス(イネオス・グレナディアーズ)、アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ)、エンリク・マス(モビスター チーム)、ロマン・バルデ(チーム ディーエスエム)しか残っていなかった。
徹底したコントロールに何もできず引き下がってしまう選手が多かった中、この男だけは違った。残り3kmを目前に、ポガチャルがついにアタック。パワープレーでユンボ・ヴィスマのディフェンスを崩しにかかった。
「調子は悪くなかった。ユンボ・ヴィスマがレースをコントロールするのは分かっていたことだし、僕はどこでアタックするかを考えながら走っていたんだ」(タデイ・ポガチャル)
それでも、マイヨ・ジョーヌは冷静に対処した。ポガチャルの2回のアタックをきっちり封じ、先行させる隙を与えなかった。フィニッシュ前では、今大会の“恒例”になりつつあるポガチャルのスプリントが始まったけど、ピッタリとマークしながらフィニッシュラインを過ぎた。
レース後に妻子に見守れながらクールダウンするヴィンゲゴー
「ポガチャルが攻撃してくるのは分かっていたからね。彼をフォローできて良かったよ。時間を奪おうか考えたかって? いや、今日はタイム差のキープに集中したんだ。計画通りだよ」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
今大会のキーと目されたアルプス3連戦は、ヴィンゲゴーが首位で終えることになった。もっと言えば、ユンボ・ヴィスマがプロトンのトップを走っていることも明白だ。彼らの統率力は、このステージで完全に証明された。バルデが少し遅れたため個人総合2位に浮上したポガチャルとヴィンゲゴーとのタイム差は2分22秒。同様に3位に浮上したトーマスは2分26秒差。追う者が反撃するとしたら、どのステージだろうか。ここからは、選手間・チーム間の心理戦も見ものだ。
1つ言えるのは、ヴィンゲゴーとポガチャルの2人と、トーマスらとの力の差はタイム差以上に大きいこと。この日みせたポガチャルのアタックに対応できたのは、ヴィンゲゴーただひとり。彼らが牽制したこともあり、結果的にトーマスは同タイムフィニッシュができたけど、本気のぶつかり合いが始まったらそのあたりはより明確になるはずだ。ここにもまた、「世代の移り変わり」がやってきている気がする。
山、山、山で来た第2週だけど、ようやく平坦ステージが帰ってくる。192.6kmで争われる第13ステージは、ここまで耐え忍んできたスプリンターたちが抑えてきたエネルギーを爆発させるとき。総合争いに変動は...ないとも言い切れないけれど...。まぁ、セオリー通りであればスプリント勝負、というところである。同時に、ここからピレネー山脈を目指しての移動が始まる。
●ステージ優勝 トーマス・ピドコック コメント
「ツール・ド・フランス初出場でステージ優勝。悪くないね。もし、僕に何も起こらず、ただただ後ろを走っているだけだとしても、ツール・ド・フランスに変わりはない。
今日は逃げに入ることが目的だった。昨日のステージでタイムを失ったけど、かえって自由に走れるのではないかと前向きにとらえていたんだ。ガリビエ峠の上りで仕掛けていたら逃げられなかったかもしれないけど、下りをうまく利用できたのでチャンスが膨らんだね。
今日はサイクリングをしてきて最高の経験ができた1日だった。大勢の観衆、無数にはためくフラッグ...ラルプデュエズじゃないと得られない体験だったよ。」
●マイヨジョーヌ ヨナス・ヴィンゲゴー コメント
「ハードな1日だったけど、チームメートのおかげですべてが順調に運んだ。暑さがかなり影響していて、個人的には気分は悪くないのだけど、脚の状態が昨日ほどではなかった。それでも、最後の何キロかはポガチャルの攻撃に対応できた。自信になったよ。
ここまで大勢の観衆を見ることはなかったので本当に驚いたよ。コースが狭かったんじゃないかって? レースに集中できていたから問題はなかったよ。」
●マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル コメント
「昨日のことがあったので、100%の自信で走れたわけではなかった。でも調子は良かったし、今日ならヨナス(ヴィンゲゴー)が攻撃してきても対応できたと思うね。ただ、彼を引き離すだけの力は僕にもなかった。
昨日のレースで起きたことは把握できているよ。(コース途中の)ガリビエ峠であまりにも多くのエネルギーを費やしてしまったんだ。
いまの僕は追う立場。どこで攻撃するかは僕次第だね。ヨナスの強さはインパクト十分だけど、僕だって負けられないんだ。最後までできる限りのことはしていくよ。」
●マイヨ・ヴェール ワウト・ファンアールト コメント
「ヨナスがマイヨ・ジョーヌを着たことで、僕たちがすべきことが明確になった。ただ、ジャージを守るための走りというのは難しいものだね。ヨナスがライバルから引き離されないようペースをコントロールすることが僕の主なミッションで、実際にうまくやれたよ。ステージ優勝? それを狙う余裕はなかったね(笑)。
昨日のステージが僕たちに大きな自信を与えてくれている。みんなユンボ・ヴィスマの一員であることを誇りに戦っているんだ。それが走りにも表れているんじゃないかな。」
●個人総合3位に浮上 ゲラント・トーマス コメント
「レース集中していたから把握したのはフィニッシュ後だったけど、トーマス・ピドコックの勝利にとても喜んでいるよ。僕も個人総合3位に上がったし、レースをうまく運ぶこともできた。
ラルプデュエズの観客? 夢中になりすぎているファンが多かったね。熱くなるのは分かるよ。でもレースをしているのは僕たちなんだ。コースをふさぐことだけはどうか控えてほしい。」
●ステージ2位 ルイス・メインチェス コメント
「満足だよ。ラルプデュエズでステージ2位だからね。悪くないよね? チームの目標がステージ優勝なので、今日勝てれば確かに良かったのだけれど。
ピドコックはスマートな走りをしていた。明確なプランを持って走っていたようだし、それを実行できる強さがあった。彼の勝利を祝福するよ。ラルプデュエズで勝つなんて一生の宝物になるだろうね。」
●ステージ3位 クリストファー・フルーム コメント
「この3年間に耐えてきた痛みを思うと、今日の結果には満足したい。これからの励みにもなるよ。ツール開幕以降、ステージを追うごとに調子が上がってきていたんだ。今日のステージは狙っていくべきだと思っていた。全力を尽くしたし、空っぽになるまで走り抜いたよ。トム(ピドコック)とルイス(メインチェス)は僕よりはるかに良い走りをしたんだ。おめでとうと伝えたい。」
●トップから40分3秒遅れでフィニッシュ ファビオ・ヤコブセン コメント
「サイクリングをしてきたなかで最も大変な日だったよ。獲得標高4600m...難しい上りばかりだった。たくさんの苦しみを味わったけど、観客から得たエネルギーはとても大きなものだった。チームメートにもたくさん助けてもらったよ。おかげで初めてのツール・ド・フランスがまだまだ続けられる。
明日はスプリントステージ? 僕には判断できかねるけど、とにかく回復を最優先して明日を迎えたい。今日の上りでスプリンターとしての脚が失われていないことを願うよ。」
第12ステージ結果
1 トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)in 4h55'24"
2 ルイス・メインチェス(南アフリカ/アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)+0'48"
3 クリストファー・フルーム(イギリス/イスラエル・プレミアテック)+2'06"
4 ニールソン・ポーレス(アメリカ/EFエデュケーション・イージーポスト)+2'29"
5 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)+3'23"
6 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)ST
7 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)
8 エンリク・マス(スペイン/モビスター チーム)+3'26"
9 セップ・クス(アメリカ/ユンボ・ヴィスマ)ST
10 ジュリオ・チッコーネ(イタリア/トレック・セガフレード)+3'32"
個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)
1 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)in 46h28'46"
2 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)+2'22"
3 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+2'26"
4 ロマン・バルデ(フランス/チーム ディーエスエム)+2'35"
5 アダム・イェーツ(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+3'44"
6 ナイロ・キンタナ(コロンビア/アルケア・サムシック)+3'58"
7 ダヴィド・ゴデュ(フランス/グルパマ・エフデジ)+4'07"
8 トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+7'39"
9 エンリク・マス(スペイン/モビスター チーム)+9'32"
10 アレクサンドル・ウラソフ(ロシア/ボーラ・ハンスグローエ)+10'06"
ポイント賞(マイヨ・ヴェール)
ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)
山岳賞(マイヨ・アポワ)
シモン・ゲシュケ(ドイツ/コフィディス)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン)
タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)
チーム総合時間賞
イネオス・グレナディアーズ in 139h30'39"
敢闘賞
トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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