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野球 コラム 2019年6月16日

日本に「田澤ルール」があって、アメリカに「スチュワート・ルール」がない理由

Do ya love Baseball? by ナガオ勝司
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結局のところ、世界中から人が集まってくる国と、そうじゃない国の考え方の違いなのかも知れないー。

野球に限った話じゃない。教育機関や研究機関など、世界中から優秀な人材をかき集めようとする国と、そうすることに積極的ではない国の違いと言っても良いかも知れない。

もちろん、その国に住んでいる人々や組織のすべてが、同じ考えだという意味ではないけれど。

福岡ソフトバンク・ホークスに、カーター・スチュワート投手(19)が入団した。

メジャーリーグのドラフトでも上位指名が確実と見られていた米アマチュア球界の逸材が、日本のプロ野球に入団した。

それでメジャーリーグが「日本にアマチュアの逸材を持っていかれた!」というような騒ぎになるのかと思いきや、(私の知る限り)そういうことは起きなかった。

米メディアの報道によると、スチュワートは昨年のメジャーリーグ・ドラフトでアトランタ・ブレーブスから1巡目(全体8位)指名を受けたが、身体検査で手首の状態に不安があることが判明。契約合意に至らなかったことが、今回のソフトバンク入団につながったという。

スチュワートの契約は6年総額620万ドル(約6億8200万円)が保証されているそうで、出来高を入れると1200万ドル(約13億2000万円)にも達する。

メジャーリーグの新人としても、破格の好条件だったので、「これをきっかけにアメリカから優秀なマチュア選手が引き抜かれてしまう!」という騒ぎになるのかなと思ったが、やはり、そういうことにもならなかった。

我々の国=日本のプロ野球とは随分、違う反応だ。

2008年、田澤純一投手(現カブス傘下AAA級マイナー、アイオワ)が3年総額400万ドル(約3億8000万円)で新日本石油ENEOSからボストン・レッドソックスに入団した。

その時、日本のプロ野球は「将来のNPBを背負う優秀な選手が海外に流出するのを防ぐため、やむを得ない措置」(日本プロ野球選手会の公式サイトより抜粋)として、日本プロ野球のドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した日本のアマチュア選手に対し、当該球団を退団した後、大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間、日本プロ野球のどの球団とも契約できないという「罰則規定」を設けた。

それは我々、日本のメディアが喧伝しまったことで「田澤ルール」と名付けられるようになり、昨秋、社会人野球のパナソニックからアリゾナ・ダイヤモンドバックスに入団した吉川峻平(現ダイヤモンドバックス傘下A級マイナー、バイサリア)にも適用される。

メジャーリーグは日本の「田澤ルール」に匹敵するものを作らなかった。

 

メジャーリーグは「スチュワート・ルール」を作らなかったし、今のところはそれに準じた「罰則規定」を作る動きもない。

そうならない理由のひとつは、メジャーリーグがスチュワートの日本プロ野球入団を、彼らにとっての「脅威」とは感じていないからだろう。

メジャーリーグは、彼らのドラフト対象国(アメリカ合衆国、カナダ、プエルトリコ出身選手)の有力なアマチュア選手の圧倒的多数が「メジャーリーグより日本のプロ野球を目指すような状況にならない限り、「罰則規定」など設けることはないだろう。

メジャーリーグが外国のプロ野球チームの存在に脅威を感じ、「田澤ルール」に似た「罰則規定」を設けたことが、過去に少なくとも一度はある。

それは第二次世界大戦直後の1946年のことで、メキシコ・リーグが金に物を言わせて何人かの現役メジャーリーガーを勧誘したからだ。

目的は「メキシコ・リーグをメジャーリーグに匹敵するプロ野球リーグにすること」。

そこで当時のメジャーリーグのコミッショナー、ハッピー・チャンドラーは「メキシコ・リーグに移籍した選手は、今後5年間はメジャーリーグには戻れない」という「罰則規定」を設け、高額年俸に心を動かされそうな選手の移籍をけん制した。

その後、何人かの選手が裁判を起こしたため、混乱を恐れたコミッショナーと選手たち(とその弁護士)の間で後に示談が成立し、選手たちが実際に5年間を棒に振ったわけではなかったが、メキシコリーグに移籍した選手の何人かは数年間、メジャーリーグから干されたという事実が残っている。

そういう「罰則規定」は、今は作られない。

その理由はざっくり言って二つある。

ひとつはメジャーリーグには現在、「世界最強」とも言える選手組合があるからだ(メキシコリーグの「引き抜き事件」当時はそういうステータスの組合は存在せず、選手はメジャーリーグという「権力」の言いなりに近かった)。

もうひとつはやはり、メジャーリーグが日本プロ野球を当時のメキシカンリーグのような「脅威」には感じていないからだ。

当たり前だ。

メジャーリーグは、ほとんど無限に世界中から優秀な人材を集めるために「外国人枠」など存在しないし、チームの主力選手の半数以上が外国人選手で占められていようとも、(基本的には)気にしない。

自国以外での決勝トーナメント開催を認めないワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のあり方ひとつとっても明らかだが、アメリカ=メジャーリーグは自国に「世界ナンバーワン」のプロ野球が存在すればそれでいい。

メジャーリーグは日本プロ野球にある種のリスペクトは払ってくれてはいるが、メジャーリーガーの派遣を認めない2020年の東京五輪や、その他の世界選手権などの国際大会へのかかわり方を見ている限り、「外国」を重視していないのは明らかだ。

そういう状況はこれからもきっと、変わらないと思う。

日本プロ野球が、サッカーのプレミアリーグ(イギリス)に対するセリエA(イタリア)やリーガ・エスパニョーラ(スペイン)のような存在にでもならない限り、メジャーリーグにとっての「脅威」になることはないだろう。

日本に「田澤ルール」があって、アメリカに「スチュワート・ルール」がないという事実が、日米のプロ野球リーグの間にある「力関係」を、とても明確にしているー。

ナガオ勝司

ナガオ勝司

ナガオ勝司

1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員

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