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カブスのキャンプ地であるアリゾナ州メサでは、ダルビッシュ有投手が普通に英語会見をこなしている。
1月に地元シカゴで行われたのファン感謝祭の時から、本人が「今年は通訳を付けず、なるべく一人でやっていきたい」と言っていた。
同時に「二十人とか集まった時は緊張するし、正本(尚人 ビデオ・コーディネーター)さんに頼んでやってもらうと思う」とも話していた。
気持ちはとても、よく分かる。1対1で話すのと、大人数を前に話すのは日本語でも大違いだ。ましてや囲み会見などでは自分が話したことが、そのまま活字になってしまうのだから、「間違ったことは言えない」となって当然だ。
キャンプ初日、ダルビッシュにアメリカ人メディアが群がった。地元シカゴのテレビ局が数社、取材に訪れていたので、総勢30人近くはいたと思う。
ダルビッシュは最初、その数を見て通訳を頼もうとしたが、一緒にやってきたはずの正本氏に背中を押される形で、何となく「英語会見」が始まった。
質問者の意味が分からず、正本氏の力を借りたのは一回だけ。初の「英語会見」は無事に終わった。
それ以来、アメリカ人記者が次から次へと繰り出す質問に、ダルビッシュが淡々と答えていく風景が普通になっている。
それどころか毎回、彼を取り囲んだ輪から「笑い」が起きる。自らを「大阪人だから」と語るダルビッシュが「笑いのセンス」を思う存分、発揮しているのだ。
2月26日のオープン戦初登板を終えた後の会見では、「今年はどうして通訳を付けないのか?」という質問に対して「Expensive=高いから」と答え、ドッカーン。
3月19日のオープン戦で右手薬指のマメが破けた登板後の会見後には、地元メディアが「大丈夫か?」と心配する中、「I put pee on it.=オシッコかけたよ」でドッカーン。
2番目のは日本人記者は参加していないので後からSNS等で知ったエピだが、これには少し、驚いた。
日本風の「傷口に唾をつけておきゃ治る」と似た「迷信」が、アメリカはいくつかあって、その一つが「オシッコかければ治る」だったからだ。
会見に参加していた番記者が後から「チームメイトの誰かが吹き込んだらしい」と教えてくれた(レンジャーズ時代から仲が良く、ブラックなジョークを話すハメルズだと推測する)。
面白いのは、「オシッコかけ療法」が、カブスで過去に何度か話題になったことがあるという事実だろう。
何年か前、決して打撃用グローブをはめないモイゼス・アルー外野手が、その理由として「オシッコかければ皮膚が強くなるから」と言っていた(エビデンスがあるのかないのか、私にはよく分からない・笑)。
ダルビッシュと同じく右手のマメに悩まされていたケリー・ウッド投手(メジャー最多の1試合20奪三振のタイ記録保持者として有名)も、その対策に「オシッコかけ療法」を試したことがニュースになっている。
本人の名誉のために書いておくと、「オシッコ」ネタを口にしたダルビッシュは即座に「No No No」と言いながら笑い、それが冗談であることをアピールしていたそうだ。
英語で「笑い」を取るだけじゃない。番記者を煙に巻くのもうまい。
たとえばキャンプ終盤、書くことがなくなってきたメディアの話題は「開幕投手の左腕レスターの後は、どんな先発ローテーションになるのか?」になっていた。マドン監督がなかなか発表しないので、ダルビッシュにも直接、その質問が向けられた。
3月24日に行われたロッキーズのマイナー選手相手の練習試合に登板後のことだ。
オープン戦の順番通りに行けば、間違いなく「2番手」なのだが、そこでダルビッシュが「6番目」などと答えるから、小さくドッカーン。
しつこい番記者の中には「じゃ、(登板間の)ブルペンに入るのは?」と誘導尋問的に質問し、「木曜日」という答えを聞いて、真面目に混乱する者もいた。
混乱の理由はこうだ。
登板間のブルペン=投球練習は通常、登板日の3日前に行われる。ダルビッシュの登板が予想された2戦目は30日の土曜日なので、ブルペンに入るのはその3日前の水曜日でなければ理屈に合わない。木曜日にブルペンに入るのなら、登板日はその3日後の31日の日曜日になってしまう。当然、「ん? だったら3番手じゃないか!」となるわけだ。
ついでに書いておくと、アメリカ人記者は我々のように日本人選手だけをカバーしているわけではないので、ダルビッシュがブルペンを3日目に行うこともあるという事実を知らない。
『いったい、どうなってんだ?』という表情を浮かべているアメリカ人記者を横目に、ダルビッシュが日本人記者向けの囲みにやって来る。
してやったりのダルビッシュが混乱するアメリカ人記者たちの方を笑って振り向く。
そこでようやく、煙に巻かれた記者たちが「やられた」と気づき、そこでもまたドッカーンと笑いが起きる。
一歩間違えれば誤解を生むようなやり取りも、相互信頼がある今では単純な「笑い」に変わる。そういった異文化間(と呼ぶのも不自然なぐらいの)コミュニケーションが、ダルビッシュと彼を取材するアメリカ人記者の間で、今では普通に行われている。
とくにテレビやラジオの関係者は、ダルビッシュの「英語会見」を他の誰より歓迎している。
本人が話す「画像」や「音声」があったところで、日本語をそのまま流すことはできないし、通訳の言葉をそのまま番組で流しても視聴者=ファンは親近感を感じない。
ダルビッシュの英断によって「言葉の壁」が取り払われた今、野球場に行けず、テレビやラジオでしかカブスに接することができないファンにとって、ダルビッシュの「肉声」を聞くことで、一気に距離が縮まるのだ。
そして、それを可能にしたのは、本人の「勇気」と日常的な「努力」の賜物である。
完璧じゃなくてもいい。
とりあえず、やってみることー。
英語に限らず、何かにチャレンジする時に、もっとも大事なことではないかと思う。
キャンプ初日、初めての「英語会見」を終えた彼が、「やっぱ緊張するわー」と話していた頃が、もはや懐かしい今日この頃である。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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