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いつの間にか、オークランド・アスレチックス(現地8月16日時点で72勝49敗、勝率.595)がポストシーズン進出の圏内にいる。
現地8月16日、ワイルドカード争いでシアトル・マリナーズ(70勝52敗、勝率.574)を蹴落として2位に上がっただけではなく、ア・リーグ西地区のペナントレースでも首位ヒューストン・アストロズ(74勝47敗、勝率.612)に2ゲーム差まで詰め寄っている。
2015年から3年連続で同地区の最下位に沈んできたチームだから、驚くべきことなのだけれど、歴史的にはそうでもない。
アスレチックスが最後のワールドシリーズ優勝を果たしたのは1989年のこと。今ではPED(パフォーマンス向上薬品)なしには語られることのないマーク・マグワイアとホゼ・カンセコの「バッシュ・ブラザーズ」を中心とした強力打線のお陰でその前後の年もア・リーグ王者となった。今となっては遠い昔のことのようだ。
1995年の野茂英雄の「メジャー挑戦」以降にメジャーとの距離が一気に縮んだ世代にとっては、マイケル・ルイスが書いた米ベストセラー本「Moneyball: The Art of Winning An Unfair Game」、それを原作としたブラッド・ピット扮するビリー・ビーンGM(当時。現オーナーグループの一人にして編成本部長)主人公の映画「マネーボール」に登場するアスレチックスがすべてではないか。
低予算球団が、せっかく自前のファームで育てた有力な選手がヤンキースなどの金権球団にフリーエージェントで獲られて弱体化していくのを防ぐため、それまで球界の守旧派から忌み嫌われていたセイバーメトリクス(野球の統計分析)を駆使して独自の選手査定法を確立し、2002年には20連勝という新記録(当時)を樹立するなどして勝ち進む「半沢直樹」的な逆転劇を見せたのが、新世紀に入ってからのアスレチックスだ。
ビーンGMが重視した「打率(AVG)より出塁率と長打率(OBP+SLG=OPS)」などといった野球の見方は瞬く間に広まり、今ではBABIP(Batting Average on Balls in Play)、ISO(Isolated Power)、LIPS(Late-inning Pressure Situation)、RC(Runs Created)、WPA(Win Probability Added)、WAR(Wins Above Replacement)といった新しい指標さえ一般的になりつつある。
ビーンGMの登場以降、レッドソックスのセオ・エプスタインGM(当時。現カブス編成本部長)を筆頭にセイバーメトリクスを導入する球団が増え、今ではどんな球団もセイバーメトリクス≒「数字を分析する」部門を球団内に設けている。それで独自性を失ったアスレチックスが低迷するかと言えばそうではなく、2006年にア・リーグ優勝決定シリーズに進出したり、2012年からは2年連続ア・リーグ西地区優勝を含む3年連続ポストシーズン進出を果たしたりと、何年か毎にア・リーグの「台風の目」になっている。
アスレチックスは代々、とても頭脳的にチームを構築してきた球団だ。相変わらずビーン元GMの影響力は大きいようだが、古くはハーバード大出身のポール・ディポデスタ(元ドジャースGM。現NFLクリーブランド・ブラウンズ筆頭戦略オフィサー)、マサチューセッツ工科大学出身のファーハン・ザイディ(現ドジャースGM)、そして現アスレチックスGMでハーバード大出身のデイビッド・フォースといった東部の名門大学の明晰な頭脳を、ビーンは自身の右腕として雇い入れている。
今季のアスレチックス大健闘もきっと、ビーン編成本部長の下で長年働いてきたフォーストGMが、過去数年の低迷期に構築してきたお陰だ。
ア・リーグ6位のチーム防御率3.80、同6位のチーム571得点、同5位の162本塁打などを見ても分かるようにバランスの取れたチームである。
今年4月にレッドソックスをノーヒッターに抑えた先発左腕のショーン・マナエア投手(11勝8敗、防御率3.44)、救援のブレイク・トレイナン(5勝2敗32セーブ、防御率0.89)、ルー・トリビノ(8勝2敗16ホールド、防御率1.55)、あるいは指名打者クリス・デイビス(34本塁打、OPS.880)、マット・チャップマン三塁手(16本塁打、OPS.876)、ジェッド・ロウリー内野手(19本塁打、OPS.818)らがその数字を支えている。そして、前半戦のチーム防御率4.01が後半戦は2.99(8月は2.37だ)に。OPSが前半戦の.738から後半戦.803と大幅に向上していることが今の成績に繋がっている。
その他にもきっと、何かある。
チャップマン三塁手が「現役メジャー最高の守備的三塁手、いや現役最高の内野手」などと呼ばれている陰にはDFR(Defensive Efficiency Ratio)だの、DRS(Defensive Runs Saved)だの、RF(Range Factor)だの、UZR(Ultimate Zone Rating)だのがあるだろうし、トレイナンやトリビノ投手の活躍の陰にはBQR(Bequeathed Runners)やBQR-S(Bequeathed Runners Scored )、xFIP(Expected Fielding Independent Pitching)やSIERA(Skill-interactive Earned Run Average)といった聞き慣れない指標があるに違いない。
2000年以降のメジャーリーグは、アスレチックスのビリー・ビーン編成本部長を抜きにしては語れない。「マネーボール」より興味深く、より深い領域に入り込んだ「マネーボール続編」が、「数字」と「情報」に溢れた今のプロ野球界で再び、輝き出している―。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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