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野球 コラム 2018年7月23日

えっ、そうなん? という記録=「1試合5長打」と「野手3人の投手起用」

Do ya love Baseball? by ナガオ勝司
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普段は考えもしないような記録が生まれる時というのは、こういうものなのだろう。

7月20日のシカゴはリグリーフィールド。セントルイスを地元に迎えたカブスの後半戦2試合目を取材していた(もちろん、主な目的はダルビッシュ有投手のリハビリ進行状況である)。

エース左腕のジョン・レスターが珍しく立ち上がりから崩れ、4回持たずに7安打8失点で降板した。五回終了時ですでに1対12である。お金を払って観に訪れている人々には申し訳ないが、仕事で野球場に来ているとこういう試合に対する興味は失せる。そろそろ退屈な感じさえ持っていた六回に、カージナルスのマット・カーペンターが3点本塁打を放って1対15となった。そこでカブスの球団広報がアナウンスする。

「カブスが同じ試合で一人の選手に5本の長打を打たれたのは、1908年以来の記録です」。

What(=なんだって)? という表情をしたのは私だけではなかった。カーペンターが一回に先頭打者本塁打、二回に2点本塁打、四回に二塁打を2本、そして六回の3点本塁打を打ったのは分かっている。だが、「5本の長打」と「1908年」がうまくリンクしない。米国の記者でさえ「なんだって?」と少し怪訝な表情になってメモを取る。広報が再び―しかし、今度は少しゆっくりと―同じことを告げる。記者席にちょっとした笑いが起きる。記録は間違いないのだが、「その情報、必要?」という雰囲気だ。

記者席が和んだ六回二死、マウンドに上がったのはカブスの控え内野手トミー・ラステラだった。大差の付いた試合で無駄に投手は使いたくない。日本では「喝!」という人もいるらしいが、メジャーリーグでは常識である。ましてや翌日はダブルヘッダーが予定されている。ラステラはメジャー屈指のオールスター捕手ヤディヤー・モリーナを中飛に打ち取ると観客のカブス・ファンのパラパラとした拍手を浴びてベンチに引き上げる。無駄に投手を使いたくない「メジャーリーグの常識」を知っているファンは、このぐらいではそう喜ばない。

六回表に1対15となった時点でカブスのジョー・マドン監督は、周囲の人間にもはっきりと分かるように「白旗」を上げた。ラステラ内野手の登板はその第一歩。七回表になると、①主砲(なのに奇策が好きなマドン監督の意向により1番を打つ)アントニー・リゾの代わりに捕手も兼任する控え内野手のビクター・カラティニが一塁に入る。②3番ジェイソン・ヘイワード外野手の代わりに控えのイアン・ハップ外野手が右翼に入る。投手だけではなく主力選手も温存するのは、メジャーリーグの監督がいかに162試合を睨んだ戦いをしているかの証であり、彼らは「健康維持」のチャンスを決して逃さない。

七回もマウンドに上がったラステラは、先頭打者にソロ本塁打を打たれたものの、何とか後続を抑えて1回と3分の1を投げて3安打1失点で切り抜けた。スコアは1対16だ。その裏、途中出場のカラティニが空振り三振した後、続く「もう一人」の主砲(なのに2番を打つ)クリス・ブライアントが左中間スタンドにソロ本塁打を叩きこむ。後続のオールスター・コンビ、ハビアー・バエズやカイル・シュワバーの活躍でカブスはこの回、さらに2点を追加して4対16となった。

八回表、マドン監督が再び動く。ラステラがマウンドを降りて(本職の)三塁に入り、途中から一塁に入っていたカラティニがマウンドに上がる。空いた一塁には今季11号本塁打を放ったばかりのブライアントが三塁から移る。2人連続で野手の投手起用は珍しい。さすがに観客もそれに気づき、相手打者が空振りでもしようものなら拍手喝采が起きる。カラティニが2点本塁打を打たれて1回2安打2失点でマウンドを降りると、三塁側のカブスのダッグアウト付近の観客の中には立ち上がって声援を送るファンまでいた。記者席では球団広報が再びマイクを手に取り、こう伝える。

「カブスが複数の野手を投手として起用するのは、1884年以来のことです」。

それだけでは終わらなかった。

九回表、マドン監督がまたしても動いた。カラティニがマウンドを降りて、一塁に戻る。マウンドに上がったのは途中から右翼に入っていたハップ外野手である。右翼には途中で三塁から一塁に移っていたブライアントが入る。ハップは先頭打者に二塁打を許すが、続く三人を打ち取って1回無失点で切り抜けた。空席が目立ち始めた観客席だったが、カラティニ以上の拍手が起きる。

試合後、マドン監督は「ひどい試合になったんで、野手を使ったがうまくいった」と説明。最初の二人は監督自身が「(投手やるのは)大丈夫か?」と訊いたそうだが、ハップに関しては本人の志願登板だったことを明かした。

そのハップ。メディアに囲まれて嬉々とした表情になりながらも、笑いを堪えつつ「4シームがイマイチだったんで、2シームを投げたら効果的だった」と言う。マドン監督によると、野手のリーダー格であるリゾが「投げさせてくれ」と志願したらしいが、前述の通り、同監督はラステラ、カラティニ、ハップという登板した野手3人加え、内野を二か所、外野を一か所守ったブライアントの柔軟性に頼った。もちろん、そんな理由はリゾには通用しない。七回にベンチに引っ込んだリゾは「なんで俺じゃないの?」とこぼしたそうで、試合後もメディアに「志願したの?」と訊かれると、「当たり前じゃないか!」と悔しそうだった。

さて、カージナルスのカーペンターの「5長打」と、カブスの「野手3人の投手起用」だが、ちょっと尾ひれがつく。

試合直後に広報から配布される「Game Note」にはボックススコア=成績表のほか、試合中に広報がアナウンスした「カブスが同じ試合で一人の選手に5本の長打を打たれたのは、1908年以来の記録」なども記されていた。ところがカーペンターの「5長打」がメジャー・タイ記録だったというのは記されておらず、スポーツ専門局ESPN(電子版)の報道によって、それが判明した。

おまけに「カブスが複数の野手を投手として起用するのは、1884年以来」という記録も、その後の各メディアの調べにより「1試合に3人の野手を投手起用したのは、1913年のワシントン・セネターズ、1979年のブルワーズと並ぶメジャー・タイ記録」だったと「より分かりやすく」判明した(試合中に広報から速報される記録より、やはりじっくり調べた方が面白いということだ)。

ちなみにカブスの公式サイトによると、エンゼルスの「指名打者」大谷翔平を除いて、今季のメジャーリーグで野手がマウンドに上がったのはカブスの3人を含めて31人だという。史上最多が何人なのか調べる気にもならないが、今季中にどこかの広報が試合中に速報することになるかも知れない。

ナガオ勝司

ナガオ勝司

1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員

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