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足元を抜いた打球を、シカゴ・カブスのエース左腕ジョン・レスターは倒れながら振り返った。打ったのはレッズの3番ジョーイ・ボット。俊足と言うわけではないが、マウンドに当たって打球が死んだ分、少しでも守りに乱れが生ずれば一塁は間に合わない。そもそも二塁手は、左打ちのボットに対するシフトで一塁側に寄っているはず―。
そう思った瞬間、カブスの二塁手=ハビアー・バエズは涼しい顔して打球に追いつき、逆シングルで補球すると、これまた「何てことないよ」という感じで一塁へ送球してみせた。
記録的には二塁ゴロだが、捕球も送球も難易度は決して低くない。打球に対する反応の速さと的確なグラブさばき、ランニングスローを可能にする肩の強さと的確なコントロールが要求される「内野ゴロ」であり、とても地味な「ファインプレー」だった。
セイバーメトリクス(野球の統計分析)全盛の時代だ。RF= Range Factor(レンジ・ファクター)やZR=Zone Rating(ゾーン・レイティング)、UZR=Ultimate Zone Rating(アルティメット・ゾーン・レイティング)など、守備を評価する新しい指標はいろいろ実用化されているが、バエズの守備はそれらを超越しているような気がする。
数字では計り知れない何か。例えばそれは、相手チームが二盗を試みた際に見せる走者への叩きつけるようなタッチであったり、シフトの逆を突かれながらも打球に追いついてしまう一歩目の速さだったり。そんなバエズの守備の「凄さ」を普段から実感しているのだろう。レスターは流れるようなバイエスの動きをずっと眺めていた。通算170勝のエースにしては珍しいことだった。そう言えば、ロサンゼルスに遠征した際、彼はこんなことを口にしていた。
「ハビーはハビーさ。俺がもっとも見たいお気に入りの選手なんだ。今まで何人か素晴らしい内野手とプレーしてきたけど、ハビーは彼らを追い抜いてしまったね。エイドリアン・ベルトレー(現レンジャーズ)、マイク・ロウェル(元レッドソックス)、そしてダスティン・ペドロイア(レッドソックス)をね」
34歳のレスターは、ドラえもんなら「ジャイアン」的な存在だ(意地悪という意味ではない)。ゲームで言うところの「ボス・キャラ」である。近寄り難い雰囲気さえ漂わせるその佇まいは、マリナーズ入団時のイチローの如く「泰然」そのもの。アメリカ風に言えば「No Nonsense Guy(無意味なことはしない男)」だ。クラブハウスで騒ぐことは皆無。大笑いしたところも見たことがない。淡々と受け答えする会見での様子も、1対1の取材も態度は同じ。試合で好投してもひどい内容だった時も変わらない。
レスターがFAとなってカブスに入団した2015年、バエズはボール球に手を出す粗い打撃で首脳陣の評価が低く、9月までマイナー暮らしを強いられた。翌2016年の開幕前には地元紙で「補強するためのトレード要員」などと書かれた時期もあり、得意の守備を生かすためにオフの冬季リーグでは外野も守ったほどだった。ところが当時、バエズを筆頭とする若い選手たちのプレーについて訊かれたレスターは、こう答えている。
「若い選手がいろんなことを学ぶ過程で、結果が出ないことなんてよくあること。彼らには高い潜在能力があるし、このチームで自分の居場所を見つけるために毎日、努力していることも知っている。そのためには今やってることを続けていくしかないんだよ」
当時23歳のバエズに対し、当時32歳のエースの言葉はとても寛容的だった。才能があるのは認める。努力していることも認める。あとは結果だけだ。そのまま頑張り続けろ―。
レスターはきっと、特定の選手にメッセージを届けるつもりはなかったと思う。今までに才能を生かし切れずに球界を去っていった選手たちの姿は、もう何度も見てきた。メジャーリーグは厳しい場所なんだ。生き残るためには諦めずにプレーし続けるしかない。そういう普遍的な事実を口にしただけだと思う。
レスターは今季序盤、1勝3敗、防御率4.95と今一つで、現在右上腕三頭筋の腱炎で今季2度目の故障者リスト入りしているダルビッシュ有投手についても、こう言ったことがある。
「チームメイトに対する決まり文句のように聞こえるだろうけど、ユウは本当に毎日、努力している。新しいチームに来ると、チームメイトに自分を好きになってもらいたい、馴染めるようにしたい、自分が何かを乱すような存在ではない、乱したくないなんて思うもの。でも、そういうことが何よりも気になるのなら、それは間違ったことすべてに集中していることになる。自分らしくあることが必要なんだ」
努力しているのは知っている。言葉や文化の壁を乗り越えてチームメイトたちと仲良くしていることも知っている。だが、一番大事なのはマウンドに上がり、結果を残すこと―。
7月9日、サンフランシスコでキャッチボールを再開したダルビッシュが、このまま順調にリハビリを続けて復帰できるかどうかは現時点では分からない。だが、彼はまだ、諦めていない。そして、その懸命な姿はチームにいる誰もが見ている。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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