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野球 コラム 2018年6月27日

イチローのホームラン競争の相手は「完全試合男」?

Do ya love Baseball? by ナガオ勝司
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現役を退いているイチローのホームラン競争出場が話題になった。

出場を打診されても辞退する選手が多いからだという。

辞退する選手は責められない。ホームラン競争は勝っても負けてもあまり意味のない「余興」である。「メインイベント」のオールスターゲームを盛り上げるためのプロモーションであり、開催地で行われるパレードと同じファン・サービスのひとつである。ホームラン競争に勝ったところで「彼こそは真のホームラン打者だ」と評価されるわけではないし、負けたとしても「なんだ、大したことないじゃないか」と言われるわけでもない。出場することに「価値がない」と選手たちが思ったところで、何の不思議もない。

ホームラン競争への出場を辞退するのは、WBC出場を辞退することと少し似ている。なぜなら、それはメジャーリーガーにとって「選手としてもっとも優先すべきことではない」からだ。WBCに比べれば怪我するリスクは低いだろうけど、出場することで家族との時間や休養する時間は確実に減る。ただでさえ、「産休」そのほかの理由で公式戦を休む選手が普通にいるようなメジャーリーグだ。「仕事よりも大事なものはある」と明確に打ち出している文化の中では、「余興」が優先事項になることは今後もないだろう。

だから、「だったらイチローを出場させればいいじゃないか」という提案は面白い。それが原稿になった時、現地で取材した米国人記者とイチローが気の利いたやり取りをしているのが伝わってきた。通訳を介してイチローはこう言ったそうだ。

“Right now I'm eating two hamburgers at lunch, and now that this Home Run Derby thing came up I'll have to up it to three cheeseburgers for lunch, get some more power"

「今は昼食にハンバーガーを2個食べてるけど、ホームラン競争のことが出てきたので、力を付けるためにチーズバーガーを3個食べなきゃね」

面白かったのは記者が最後に尋ねた「誰を投手にしたい?」という質問に対する答えだ。

イチローはしばらく間をおいて「マーク・バーリー」と答えたという。これまた気の利いた(そして、おそらく真面目な)答えだ。イチローはメジャー通算16シーズン214勝した左腕バーリーに対して、66打数27安打(打率.409、1本塁打)とカモにしている。

現役時代、バーリーはホワイトソックスで井口資仁二塁手(当時。現千葉ロッテ監督)や高津臣吾投手(現ヤクルト投手コーチ)、ブルージェイズで「ムネリン」こと川崎宗則内野手らとチームメイトだった。2005年にホワイトソックスの88年ぶりのワールドシリーズ優勝の立役者の一人だったことから、今でもシカゴでは「英雄」のように尊敬されている。2007年にはノーヒッターを達成。2009年には史上18人目(当時)の完全試合も達成している。

このバーリー、実はかなりの「ナイスガイ」だ。

彼はマイナー契約の川崎がメジャー昇格を果たし、その賢明なプレーと陽気な性格、そして物怖じせずにカナダや米国のテレビ局のインタビューに通訳なしで応える姿に感服していた。その川崎がチーム事情でマイナーに降格すると本気で落胆し、メディアが見ている前で目を真っ赤にして「今のこのチームにもっとも貢献し、必要な選手に対する不公平な決断だ」とGM批判とも取れることを言う人だった。

バーリーは我々日本人メディアに対しても時間が許す限り取材に答えてくれる人だったし、その答えもイチロー同様、とても気が利いていた。

たとえばイチローとの対戦について。

「あんまり簡単にヒットを打たれるから、ちょっとイラっとする。俺って普段から投げるテンポが速いから、彼が打席に立つときの儀式を崩しにかかったこともあるし、普段と足の上げ方を変えたり、タイミングを変えたり、球の握りをちょっと変えたりしたもんさ。その度にやった! 打ち取った! と思うんだけど結果は内野安打になる。だから最後は一塁ベースの上に立っているイチローに『はいはい、もう参りましたよ』って言いながら脱帽したんだ」

たとえば現役を長くやることについて。

「ひとことで言えば、『幸運』だね。ミズーリ州の小さな町に生まれて、高校時代はチームから外れたことだってあるぐらいなんだ。ドラフトだって38巡目(全体1,139番目指名)だし、そんなに期待されてるわけじゃなかった。マイナーでやってる時から周りにはすごいやつがいっぱいいたけど、ストライクを投げることだけは自信があって、結局はそれが自分の武器になった。だから、この年になって、デブになっても野球をやってるのさ」と当時36歳のバーリーは笑いながら、自分の腹をさすった。

とにかく、ユーモアのセンスがある人だった。

ホワイトソックスのキャンプ場がまだアリゾナ州のツーソンという場所にあった頃、クラブハウスの出口に2005年のワールドシリーズ開幕戦で両チームの選手たちが勢ぞろいしている写真が飾ってあった。それを何気なく眺めていると、バーリーは背後からやって来て井口の写真を指差し、「これがどれぐらい大きな舞台なのか、分かってないみたいだ」と笑った。そうかと思えば、小柄なスコット・ポッセドニックを指差すと「不時着して地球人に拉致された宇宙人みたいだ」と際どいことを言う。

バーリーにそういうキケンなことを言うのが許されるのは、現役時代の彼が素晴らしい選手だったからだけではなく、自分の写真を指差し、自らを嘲笑うことも忘れないからだろう。

「そして、こいつはデブなのに誘惑に負けて、毎朝ドーナッツばかり食べている男だ」。

投手バーリー対イチローのホームラン競争。もしも実現すれば、きっと気の利いたコメントが2人の口から飛び出して、それを見た人たち全員が笑顔に包まれることになる―。

ナガオ勝司

ナガオ勝司

1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員

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