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カブスのダルビッシュ有投手が上腕三頭筋の腱炎で故障者リスト(DL)入りして3週間が経つ。DL入り後の一週間は患部を安静にして、今月5日にキャッチボールを再開。同12日に投球練習を再開と順調に復帰の道筋を通っている。
その間、様々な誤報……と言うよりは推測が米メディアでなされ、それが日本のネット・メディアに転電された。現場で取材しているわけではないので、米メディアの報道が誤っていた場合は、残念ながらそれがそのまま日本に流れることになる。
たとえば「ダルビッシュがシカゴのファンから嫌われていると信じ込んでいる」という報道。
たとえば「ダルビッシュ復帰は球宴後の可能性も」という報道。
当たり前の話だが、日本のネット・メディアは米メディアの報道を全文、もしくは部分的に訳して記事にする。他に新しい記事でも発信されない限り、それがほとんど唯一のニュースになる。そして、それが真実と違っていれば、本人が首を傾げる事態になる。
「ファンから嫌われている」という報道について。これは地元メディアがこう伝えたからだ。
「カブスのキャッチャーであるクリス・ジメネス(捕手)によると、ダルビッシュはSNSの投稿などをチェックしており、自分がファンから嫌われていると信じ込んでいるという」。
ダルビッシュは投球練習を再開した6月12日、遠征先のミルウォーキーで「そんなことひとことも言ってない」ときっぱり言った。「ひとっことも」と強調して言った部分に、「なんでそうなるねん?」という彼の強い疑念を感じた。
匿名で好き放題に書けるSNS上では確かに、ダルビッシュに対する誹謗中傷もないことはなかった。しかし、地元紙がそれを記事にした時、新聞のネットの書き込み欄やSNSには「それでも我々は君がシカゴに来てくれたことを喜んでいる」というような応援の書き込みの方が目立った。たとえばFAでカブスからフィリーズに移籍したジェイク・アリエッタが好投すると「アリエッタの方が良かった」などと書き込む人がいた。ところが、それに対してアリエッタのセイバーメトリクス(野球の統計分析学)系の数字が全体的に落ちていることを指摘した上で「もしかしてこのアリエッタのこと?」と突っ込み、逆に昨オフの間にSNSで議論になっていた「アリエッタ不要論」が強調された。
自分の意に反してひとり歩きした報道に困惑しながらも、ダルビッシュはとても正直だった。
「……ワールドシリーズの後にドジャースのファンが厳しかったっていうのをキャンプの時に言ったことはある。でも、カブスのファンが僕のことを嫌ってるとか、ネガティブなことはひとつも言ってない。それはギメネスの妄想。カブスのファンが変なことを言ってくることは、ほぼないので……こんな状態でもカブスのファンは『こっちに来てくれてありがとう』とか、本当に温かい言葉を言ってくれるので、サポートしてもらってるなと思う」
それが真相である。
では、「ダルビッシュ復帰は球宴後の可能性も」という報道についてはどうか。
ダルビッシュはこれまたきっぱりと「そんなに長くは絶対にかからない」と言った。「今からオールスターまで何週間あんの? ってぐらい」と呆れた表情だった。
「いやもう、正直、次はもう一回ブルペン投げて、その次はライブBP(打者を相手に投げる投球練習)とかで3イニング、4イニングとか投げて……オールスターよりか前に帰ってこれると思う」
「Darvish may not return before All-Star break(ダルビッシュは球宴前に帰ってこないかも知れない)」という「見出し」の記事がカブスの公式サイトに載ったのは6月10日のことだった。投球練習再開の二日前である。それは普段、カブスをカバーしている記者が休んだ代わりに来ていた記者が書いた。不幸なことに復帰時期が初めて「見出し」に使われたことで波紋を広げた。しかも、それは他の記者が尋ねた「まだオールスター前の復帰は考えているのか?」という質問にジョー・マドン監督が「I don’t know=分からない」と答えたことから判断して書かれた記事だった。
マドン監督は立場上、どんな選手の怪我からの復帰に関しても「その日、その日の状態を見ながらリハビリを進めている」というメディカル・サイドの立場を尊重し、それ以上の明言はしない。だから数日間の予定ならともかく、ライブBPからマイナーでのリハビリ登板、そしてメジャー復帰という数週間単位の予定については本当に「分からない」。
普段からカブスをカバーしている記者は、現場に帰って来るなり「ジョー(・マドン)は球宴前の復帰は無理だなんて言ったの?」と我々日本人メディアに逆に質問してきた。「いや、DLしてから一貫して、先の予定は分からないという姿勢を崩していない」と答えると、「だったら『ダルビッシュは球宴前に帰ってこないかも知れない」なんて書くのは早とちりじゃないか!』と同僚に対して憤慨するのである。
だが、結果として公式サイトの「見出し」は人々の頭に刷り込まれ、シカゴの地元メディアにまで「球宴前の復帰は無理なんだな」と考える人が続出した。そして、その後、ジェッド・ホイヤーGMの「球宴前の復帰に肯定的な発言」が日本のネット・メディアに転電されると、今度は「球宴前の復帰は可能」に覆される(もちろん、早期復帰を焦っていないカブスが、結果としてダルビッシュを球宴後に復帰させる可能性もある)。
自分の経験を踏まえて書くが、ネットがマスメディアの中心になりつつある昨今、速報性が何よりも重要なので、ニュース原稿が「推敲」されることはない。ましてや日本のネット・メディアは米メディアのニュースを転電するのだから、何の責任も持つことはない。ネット上ではその性格上、ニュースの真偽は議論されない。既存のメディアが発信するニュースよりも「速く」、「センセーショナル」なことが何よりも大事なことであり、それが多数派に支持されている限り、こういうことは今後も起こり続けるだろう。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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