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息子が通うシカゴ郊外の高校や中学の関係者から、スポーツについての意見を求められることがある。こちらの職業を知っていて世間話の一つとして気軽に話しかけられているのは分かっているが、無責任なことは言えないので、なるべく真面目に答えるようにしている。
日本のフットボール選手の反則タックルについてもそうだった。あのシーンは米国でも有名になっていて、教育現場に携わる米国人の一人はそれを「Unnecessary Play=不要なプレー」と表現した。
「監督やコーチの責任が問われているらしい」と教えると、「そういう指導者を容認している社会には責任はないのか?」みたいなことを言われて、耳が痛かった。たとえ、その指導者が特殊だったとしても、それを生み出したのは周囲の人々や環境が形成する社会だ。細かく責任を追及しだしたら、そういう部分も指摘しなければいけなくなる。
同じ米国人が、カブスのアンソニー・リゾがした「危険なスライディング」について意見を求めてきた。「これはUnnecessary Playではないのか?」と。
5月29日、ピッツバーグで行われたパイレーツ対カブスの八回、無死満塁からの遊ゴロで本塁封殺された三塁走者のリゾが、その際に猛スライディングでパイレーツのエリアス・ディアズ捕手の足を払った。バランスを失ったディアズ捕手は一塁への転送を悪送球してしまい、その間に二塁走者と一塁走者が次々と生還。カブスが5対0と点差を広げた(試合は7対0でカブスが勝っている)。右の足首を打撲したディアズ捕手が倒れている間、パイレーツのクリント・ハードル監督が「コリジョン(衝突)ルールに反する危険なスライディングだ」猛抗議してビデオ判定になったものの、判定は覆らず、これに激高したハードル監督が退場になった。
両チームの試合後の表情はもちろん、対照的だった。ハードル監督が「誰がどう見たって危険なプレーだ」と言えば、ディアズ捕手も「あの1プレーで僕の野球人生が終わってたかもしれない」と大怪我する可能性を訴えた。
確かにその通りだ。我々、日本のメディアは(本塁上ではなかったが)、岩村明憲や西岡剛が二塁ベース上で足を払われた際に大怪我したのを目撃している。ハードル監督自身も2015年、当時活躍中だった韓国出身の姜正浩内野手が、二塁ベース上のプレーで走者に足を刈られ、大怪我を負ったという苦い経験がある。今回は大事に至らなかったものの、ディアズ捕手が大けがしていたとしても不思議ではなかった。
一方、カブスのマドン監督は「捕手ってのは」と言いながら、同ポジション出身の監督らしく、こう説明した。
「フットボールのクォーターバックみたいなものでね。フットボールならパスした直後にタックルされることがあるから、クォーターバックはパスを投げた後も危険を回避するプレーをする必要がある。捕手だってそれと同じなんだ。今回のように本塁で走者をアウトにした後、すぐさま塁上を飛び退いて、走者と衝突する危険を回避しなければならないポジションだ。だから我々は子供の頃から、捕手ならば走者が滑り込んで来たら、すぐさま塁上を飛び退いて次のプレーに移ることをコーチングされてきた。今回のプレーだって変わらない」
マドン監督には個人的に最大限の敬意を払っているが、「昔からそうやってきたんだから」風のコメントには少し違和感があった。なぜなら、コリジョン(衝突)ルールが成立したのは、そういう怪我を未然に防ぐのも理由の一つだったからだ。
案の定、翌日になってMLB機構は両チームに「あのスライディングは守備妨害と判定されるべきでした」と通達した。
前夜、表情を曇らせていたパイレーツのディアズ捕手は「僕や他の捕手にとって安全が確保されたようなものだから嬉しい」と言えば、ハードル監督も「あのスライディングが危険だと球界に知らしめたことが一番重要なんだ」と得意気だった。対照的にカブスのマドン監督は「その解釈には100パーセント同意できない」と辛らつで、悪者にされてしまったリゾも「これが正しいと教えられてきたプレーをやっただけなのに」と怪訝な表情で話すしかなかった。
良いか悪いかは別にして、日本のプロ野球で同じことが起きたら、報道の仕方によってはちょっとした問題になると思う。なぜなら、すでに封殺プレーを終えて塁から離れ、併殺プレーに移っていた捕手の足を払うのはとても「意図的」なことであり、日本にはリゾのようにそれを堂々とやって、マドン監督のように擁護してくれる土壌も存在しないからだ。
米国ではカブス・ファンを筆頭に、リゾのスライディングを支持する人が多い。前出の「不要なプレーではないのか?」と問うた知人はカブスの宿敵カージナルス・ファンであり、もしも彼がカブス・ファンだったら違う質問になったと思う。
MLBが「守備妨害だ」と通達したことがニュースになった直後、あるツイッターでファンがつぶやいた一文が、そんな野球観の違いを反映していた。
「ベースボールも随分とヤワになったものだ。うちの息子もそろそろフットボールに転向する時かな?」
あんなスライディングをする選手も、そんなことを言える親御さんも、日本にはきっといない―。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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