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5月7日、アスレチックスのスティーブン・ピスコッティー外野手が立ち上げた難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究基金に、カブスのダルビッシュ有投手が1万ドルを寄付したというニュースが流れた。
本人が何も話していないのにそれがニュースになったのは、基金のホームページに「Yu Darvish」と書かれていたからだった。日米のネット・メディアは同選手が「We are all family」とツイートしたことで「確認が取れた」としたようだが、各メディアにニュースを発信する立場の通信社は、本人確認が取れるまではニュースにしなかった。タイミングが悪かったのは、そのニュースがネット上で流れた時点で、ダルビッシュが体調を崩していたことだった。ほかの選手に「インフルエンザに似た症状」が伝染しないように気を使っていたこともあり、球場に来てもメディアのいない時間帯であったりして、本人確認が取れないまま、本人が10日間の故障者リスト(DL)入りしてしまった。
確認が取れたのは、彼が故障者リストから復帰する直前の12日のことだった。その日が登板前のメディア対応日になっていたので、そこで初めてメディアと本人の間で「ピスコッティー基金」の話が出る。
念のために書いておくと、ピスコッティーは昨オフ、ALSを患う母親の看病を理由に、当時所属していたカージナルスに母の住むカリフォルニア州のチームへのトレードを申し出ていた。主力の若手選手を手放すのは簡単なことではないが、チームは本人の意向を汲んで何とかアスレチックスへのトレードを成立させた。ところが5月6日になって病状が悪化。ピスコッティーの母グレッチェンさんは55歳の若さで他界した。息子はそこで不治の病とされる難病の治療法を研究するため、youcaring.comというサイトを立ち上げて募金活動を始めた。
「(ピスコッティーの)お母さんがお亡くなりになっていたので、こんなに早くなくなっちゃったんだ…と思って(ツイッターを)見てたら寄付を募ってたから、ああじゃ、やろうと思って」
とダルビッシュは言った。ニュースとして流されたのは本意ではなかったらしい。
「寄付する時に普通にカード番号とか名前とか書かなきゃいけなくて、これは必要なんだと思って真面目に書いた。そしたら5分か10分ぐらいしたら誰かが「寄付、ありがとう!」みたいなことを書き込んでいたから、「この人、何を言ってんだろう?」と思って。絶対、分らへんはずなのに」
もちろん、それだけでは終わらない。彼が個人的な付き合いのないピスコッティーのために寄付したことを地元メディアが称賛すれば、敵地セントルイスのファンが「敵だから嫌いだったけど、ファンになった」と書き込む。寄付への反響は瞬く間に広がった。
「…練習して帰ってきたら(ツイッターが)メッチャなってるから、え?と思って、何でだろうと(基金の)寄付した人のところを見たら、Yu Darvishって出ていて、ああ、これか、と」
では、なぜダルビッシュは、基金への寄付を隠そうとしたのか。
「ヒューストンの(ハリケーン被害救済 参照:戒厳令下のベースボール)やつとかもそうだったけど、レンジャーズが言っちゃってたりとかするし、最近はそういうことをする時は、あまり名前を出さないようにしてるんです。自分が寄付することによって他にも広がって、盛り上がるとか言われますけど、僕はそうじゃないかなと思っている」
慈善事業をしているアピールみたいになるのは嫌なんです、と彼はきっぱりと言った。
「あの日、家を出る前かなんかに見て、たまたまやっただけで、母親の病気が理由でオークランドに行くっていうぐらいだから、家族をとても大事にしている人でしょうし、彼のように難病のために悲しい思いをする人がなくなればいいなと。難病がなくなれば、そういう気分になる人も少なくなるんじゃないかなと」
ダルビッシュはツイッターでのとあるファンの反応に「We are all family:)」と書き込んだが、普段からSNSを駆使してファンでもない人々とネガティブな反応も含めて、やり取りしてきた彼にとっては、ある種の「思い」を乗せての寄付だったのかも知れない。
「…本当は皆が手を取り合って生きていくべきだけれど、世の中って……人間、誰でもそうですけど、嫉妬であったりとか、マイナスな感情っていうのもかなり渦巻いてる。とくにSNSとか、自分が誰か分からないから、悪いところだけ出していくじゃないですか。そういうところで嫌だなと思うこともあるので」
そういう話を聞いた時、「人道主義」という言葉を思い出したが、彼には人に対する愛情の他にも「結局、誰もが良い人間であるだろう」という性善説にも似た感覚があるような気がする。完全無欠の人間なんていないし、完全無欠な世の中も存在しない。それを百も承知の上で、正しいと思うことはやっていきたい。正しいと信じていることを、やっていきたい。そういう人間が増えることで、世の中が少しでも良くなっていくと信じたい―。
そして、それは何となく、彼が野球選手として常に見せている「向上心」とも似ているような気もする。彼の野球選手としての在り方には、少しでも良くなりたい、良くなると思うことはやっていきたいという思いが反映されている。だから、新天地カブスでの悪戦苦闘も(何の根拠もないけれど)大丈夫ではないかと思う。たとえ今は遠くても、目指している場所は少しずつ、少しずつ、近づいてくる。カブスで活躍する日も、もうすぐ、そこまで来ている。ポジティブ=肯定的に生きるとは、そういうことだと思う。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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