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フィギュアスケートのプログラムを共有化するための2つのポイント | 町田樹のスポーツアカデミア 【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】 エチュードプロジェクト徹底解説
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部町田樹のスポーツアカデミア
皆さん、スポーツアカデミアへようこそ。シーズン4の第2回目となる今回は【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】をお送りいたします。この番組では、競技成績だけでは語りきることのできないプログラムの美質や魅力について徹底解剖していきます。
実は、私は、今年の7月にエチュードプロジェクトという新しい試みを始めました。このエチュードプロジェクトとは、誰もがいつでもどこでも無許諾で滑ることができるユニバーサルアクセスなフィギュアスケート作品を提供するものであり、従来の慣習にとらわれず、共有財としての作品を創作することが趣旨となります。そして、このプロジェクトの第1弾として、私たち制作陣は「チャーリーに捧ぐ」という作品を創作しました。今回の番組では、エチュードプロジェクトの仕組みや理念を徹底解説した上で、この「チャーリーに捧ぐ」というプログラムの醍醐味を語っていこうと思います。
フィギュアスケートのプログラムを共有化するための2つのポイント
プログラムを共有する方法の模索
1つ目のポイントは「使用目的や個人特性に縛られない、万人のためのプログラム創作」。先ほども少し触れましたように、従来フィギュアスケートのプログラムは振付師がある特定の個人のためだけに振り付けを行う、オーダーメード形式で創作されてきました。したがって、フィギュアスケートのプログラムというのはスケーター個人に所有権があります。ですので、他人が勝手に無断で利用することはできないわけです。もし、そうしたプログラムを勝手に共有化したり、勝手に演技したりしたら、盗作や剽窃、あるいはパクリとして訴えられてしまいます。
加えて、プログラムの間には単にプログラムの所有権が個人に帰属しているということ以上の深い結びつきがあります。例えば、あるプログラムは、そのプログラムを滑るスケーターのパーソナルヒストリーと密接に関連している可能性があります。そのスケーターが大事なシーズンのために用意してきた音楽で演技をするですとか、あるいは自分の人生に深く関わっていて、すごく思い出深い、自分にとって特別な音楽で振付師が創作して、そのプログラムをある特定の人物が滑るということもありますよね。
また、各スケーターのレベルに応じて創作されるということもあります。フィギュアスケートの芸術レベルというのは、無級クラスから8級クラスまであり、そのクラスに応じて技術水準が異なるわけです。そのプログラムにどういった技やステップを組み込まなければいけないのかという諸条件も異なってきます。ですから、目の前のスケーターの技術水準に合わせたプログラム作りがフィギュアスケートプログラム作りの一つの醍醐味になるわけです。このような形でフィギュアスケートのプログラムが個人特性に応じて創作されてきたがために、一つのプログラムをみんなで共有するという考え方がなじまないわけです。
また、プログラムというのは、振付師からスケーターへと口伝や、直接デモンストレーションを通じて伝えられるものであるため、そもそもプログラムを皆に共有するという方法もないわけです。よって、プログラムを共有化するためには、そうしたオーダーメード形式で作られることが普通だという慣習を打破したい。あるいは、プログラムをみんなのために共有する方法を模索する必要があります。実は、この慣習の打破という点については、私たちは2年前から着実に準備をしてきました。というのも、私たちは2021年に継承プロジェクトというプロジェクトを立ち上げました。
これは、一つのプログラムを複数のスケーターが再演する企画なんですけれども、その第1弾として2021年に、田中刑事さんに私が創作して実演してきた《Je te veux》という作品を再演していただきました。こうした試みによって、他者によるフィギュア作品の再演が可能なんだということを社会に向けて発信してきたわけです。ありがたいことに、このプロジェクトを非常に多くのメディアに取り上げていただき、そのおかげで、一つのプログラムを複数の人で再演できるんだという考え方をある程度広めることができたんじゃないかなと考えています。
それからプログラムをみんなのために共有する方法ですが、この点についてはかなり考えました。なぜならば、誰もが演技を習得し、滑れるような状態でプログラムを流通させなければ意味がないからです。ですので、みんなにプログラムを共有する上で、最も効率がよく、的確な方法としては、やはりプログラムを映像に収録して、動画投稿サイトを通じて広く無償で公開するというのが一番いいと考えました。
しかしながら、作品を創作して、それを単に映像に収録して、YouTube上で公開すればいいというわけでもないわけです。例えば、その映像に体の一部しか映ってなかったとしたら、それを見て振り付けを学習することはできませんよね。ですから、エチュード作品を演技したいと思う人が的確にその振り付けを学ぶことができて、実践に移すことができるような形で映像を制作して流通させる必要がありました。
では、どのようなカメラワークでプログラムを収録し、どのような映像を編集して提供すればよいのかということが大事になってくるわけですけれども、この点については、このエチュードプロジェクトに参画していただいているプロカメラマンの加藤清之さんとともに熟考しました。
フィギュアノーテーション
一番参考にしたのは、ストリートダンスとかヒップホップとか、そういうダンスジャンルのダンススタジオが発信しているYouTube動画を参考にしました。とりわけ、韓国の有名なダンススタジオが振り付けのレクチャー動画をYouTube上にいくつも出しているんですが、この見せ方、レクチャーの仕方もさることながら、それを映像に収録して提示する方法が非常にわかりやすい。こうしたダンススタジオが発信する映像を参考にさせていただきながら、私たちもフィギュアスケートの演技映像を収録したり、その振り付けをレクチャーするための動画制作を行いました。それに加えて、広大なスケートリンクのどこで何を行うのかという空間構成をより確実に伝えるために、フィギュアノーテーションというものも利用しました。
スケートリンクを図面で表して、この空間のどこで何をして、どういう動き方、どういう動線を描いて何をするのかということを図示するわけです。こういう図とともに振り付けのレクチャー動画を出すことによって、それを見る人たち、演技したいと思う人達はリンクのここでこういう動きをして、こういう軌道を描けばこの振り付けできると理解することができるわけです。
著作権のクリアランス
著作権のクリアランス
フィギュアスケートのプログラムは、総合芸術的性質を帯びています。一つのプログラムの中に振り付けだったり、音楽、あるいは衣装デザイン、中には、文学作品やバレエ作品、映画などを基にして創作されるケースもあります。このような形でたくさんの創作物が関係して一つのプログラムが出来上がっているわけです。
こうした一つひとつの創作物を創作した人達には「著作権」が与えられています。著作権というのは、著作権法という法律によって認められた権利で、他人に自分の作品を勝手に使われない権利です。したがって、他人の創作した著作物を利用する際には、その都度、著作権者から許諾を得なければなりません。権利者にあなたの著作物を使ってもいいですかと伺って、利用許諾を得ることを「著作権のクリアランス」といいます。このクリアランスには非常に手間とお金がかかります。ですので、このことを踏まえると、他者のプログラムを滑る際には理論上、少なくとも振り付けや音楽、衣装デザインなどの関連著作物に係る著作権者から許諾を得なければならないということになります。
これは実質的に不可能なことです。一人ひとりの著作権者にコンタクトをとって、どういう条件なら使ってもいいか、幾らで使わせてもらえるのか、いちいち交渉してお金を納めなければいけない。これは到底難しいですよね。ということは、プログラムを誰からも許可を得ることなく、自由に利用できるような形で共有化することも、著作権の問題によって非常に困難を極めるということです。
ただし、プログラムを創作する段階で、あることをしておけば、著作権の問題は解消されます。著作権を1カ所に集約するということです。著作権という権利は、法律によって定められている権利ではありますが、一方で、契約によって帰属先や取り扱い方法を変更することができる性質を持っています。この性質を利用してプログラムに関係する著作権を、共有化する主体に集約するのです。例えば、エチュードプロジェクトにおいてプログラムを共有化する主体は私自身なんですけれども、今回どのように権利を集約したのかというと、このような形で集約しました。
まず大前提として今回ご紹介する「チャーリーに捧ぐ」という作品には、振付、衣装、作曲家、演奏家の権利が関係していますので、これらの権利をクリアランスする必要がありました。1つ目の振付家の権利ですが、これは単純な話で、私自身が振り付けをしたため、その著作権は私自身に元から帰属しています。問題なしです。
2つ目の衣装デザイナーの権利についても、私も属しているアトリエタームという制作陣の一員がデザインをしましたので、これも私たち制作陣に著作権が帰属しているため、クリアランスする必要はありません。
問題なのが3つ目の作曲家の権利です。元来、音楽を使用するときには、音楽の作曲家だけでなく、歌詞が付いている場合には作詞家、CDやレコードの音源を使う場合にはレーベルにも許諾を得なければならないので、音楽の著作権クリアランスは非常に難しいわけです。今回紹介する「チャーリーに捧ぐ」という作品は、ジャコモ・プッチーニが作曲した「私のお父さん」という音楽を使っています。
本来であればこの音楽を作曲したプッチーニさんに許可を得る必要がありますが、この音楽に関しては、著作権クリアランスの必要はありません。なぜかというと、著作権というのは権利が存続する期間が定められていて、その期間は著作者の死後70年間と設定されているからです。プッチーニが亡くなったのは1924年で現在没後99年にあたります。なのでプッチーニさんのこの著作権というのは、もう失効しているわけです。ということで、音楽の著作権クリアランスは今回は必要ないということになります。
そして4つ目、音楽を演奏する演奏家の権利です。実は、演奏家には著作権というものは与えられていないんですけれども、それとよく似た実演家の権利という著作隣接権が認められているので、演奏家に対してはこの実演家の権利というものをクリアランスする必要があります。今回は、口笛奏者の青柳呂武さんとハープ奏者の小幡華子さん、この2名の演奏家に、プッチーニの「私のお父さん」を特別に、このエチュードプロジェクトのためだけにレコーディングしていただきました。その際に、その2名の演奏家には、レコーディング音源に係る実演家の権利を放棄していただくように契約させていただきました。そうして権利を私個人一ヶ所に集約することで、著作権を全て私の下で管理することができるので、いちいち他のアーティストさんたちに許可を得なくても、私の一存でそのプログラムを自由に利用することができるようになるわけです。
無料動画
プログラムを共有化するために必要なこと
しかしながら、権利をただ一ヶ所に集約しただけでは、プログラムを無許諾利用できません。なぜならば、一ヶ所に集約しても、著作権は私個人に帰属しているので、そのプログラムを演技する際には、理論上、私の許諾が必要になるわけです。いちいち私にコンタクトをとって許可を得てから演技しなければならないというのは面倒くさいですし、現実的ではありません。
そこで私たちは、許可無く自由にプログラムを演技していただけるようにするために「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」という新しい制度を使ってプログラムを管理することにしました。この「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス」とは何かというと、新しい著作権ルールで、作品を公開する作者がこの条件を守れば、私の作品を自由に使っていただいて構いませんという意思表示をするためのツールになります。通常の著作権はマルシー(C)というマークで表記されるものですが、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスは、マルシーシー(CC)で表示されるライセンスになります。
このマークが付いている作品は、著作権ではなくて、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスという新しいライセンスで管理されているということになります。このCCライセンスは著作物を作った作者の側にも、そして、その著作物を使うユーザーの側にもメリットがあるライセンスとなっています。作者の側にどういうメリットがあるのかというと、自分の好きな条件で著作物を流通させることができるというメリットがあります。一方、著作物を使うユーザー側のメリットは、作者から提示された条件を守りさえすれば、作品を許可なく自由に利用することができるということです。
CCライセンスは非常に便利ですが、これを使いこなすためには作者の側も、そしてユーザーの側もいくつかのマークの意味を知っておく必要があります。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスには条件を示す4つのマークが存在します。【BY】作品のクレジットを表示すること、【NC】営利目的での利用をしないこと、【ND】元の作品を改変しないこと、【SA】作品の改変は認めるが、改変後も原作と同じライセンスで公開すること。これらを自由に組み合わせることで、原作者からユーザーに向けて利用条件を提示することができます。
例えば、これは私たちがエチュードプロジェクトで利用しているCCライセンスになります。私たちはエチュード作品に対して、【BY】【NC】【SA】の3つの条件を設定しています。まず、1つ目の利用条件はクレジット表示をすること。自由にプログラムを演技してもいいですが、その演技を動画に収めてインターネット上で公開するためには、この「チャーリーに捧ぐ」という作品の振付家の名前だったり、音楽家の名前、演奏家の名前等々をクレジット表示してくださいということを、利用条件として課すマークです。
そして、条件2の【NC】は営利利用を禁止する条件です。自由に演技してもいいですが、必ず非営利で演技することという条件が設定されています。そして、3つ目の条件【SA】。エチュード作品は常識の範囲内であれば、自由に改変していただいて構いませんが、その改変された作品も、同じ3つの条件をつけて公開してくださいねということをお願いする条件になっています。ですので、私たちが立ち上げたエチュードプロジェクトの作品は、これら3つの条件を守りさえすれば、誰もが無許諾で自由に演技することができるという仕組みになっています。
これまでプログラムを共有化するための手続きについていろいろと説明してきましたけれども、いったん話をまとめましょう。エチュードプロジェクトの仕組みに関する要点は4つになります。【1】「万人のためのプログラムを創作する」ということ、【2】「プログラムを共有するための映像アーカイブを作成する」ということ。【3】「プログラムに関係する著作権をプロジェクト主体に集約する」ということ。【4】「CCライセンスを設定して、それをエチュードプロジェクトに付与して公開する」。これらの4つのプロセスを経ることで、ユニバーサルアクセスなプログラムを創造することが可能になります。これらの手続きを踏めば、私たちだけではなく誰もがこのエチュードプロジェクトのように共有財としてのプログラムを創作し、公開することができるわけです。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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