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町田樹のスポーツアカデミア 【Dialogue:研究者、スポーツを斬る】 ~スポーツ栄養学~ 早稲田大学 スポーツ科学学術院 田口素子教授
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部町田樹と田口素子先生
スポーツアカデミアへようこそ、町田樹です。第3回目となる今回は「研究者、スポーツを切る」のコーナーです。それでは早速お迎えいたしましょう。田口素子先生です。
田口先生とスポーツ栄養学の出会い
田口素子先生
今回お迎えしたのは早稲田大学スポーツ科学学術院教授の田口素子先生。長年スポーツ栄養学の学問領域を牽引されているとともに、その学術成果を様々な形で実践現場に還元する社会活動にも取り組まれています。
町田(以下M):改めまして田口素子先生です。よろしくお願いします。お会いでき光栄です。
田口(以下T):お願いします。私も光栄です。
M:そもそも先生はなぜ研究者を目指されたのでしょうか。それと、スポーツ栄養学との出会いについて是非お聞きしたいです。
T:きっかけは大学に入学をした時に、たまたまスポーツ栄養学のパイオニアと呼ばれる先生がいらっしゃって、その先生が「君、僕の手伝いしてみないかい?」と声をかけてくださったんです。それがきっかけで、その先生は前任が当時の国立栄養研究所にいらっしゃった先生なんですけれども、大学1年生のときから国立栄養研究所に通うという、すごくラッキーなチャンスを頂けました。
M:すごいですね。普通、大学1年生はこの大学で何をしようか右も左も分からない状況だと思うんですけど、そのときから田口先生はもうスポーツ栄養学と出会って、その勉強や実践活動に取り組まれていたといういことですね。
T:実はまだスポーツ栄養学という学問領域は確立されていませんでした。自分は風邪一つひいたことがないくらいに元気だったので、将来は何か人々の健康に関わる仕事に就けたらいいなという漠然とした思いでした。
アスリートは普通の人から見るととても健康的な人達ですよね。たくさん運動するので、食事もしっかりと食べているだろうとすごく興味をもって、調査に参加させていただいたんです。初めて調査に行ったのが新体操の合宿だったんですが、日本代表選手を含むような合宿で、とにかく体重にすごくピリピリしていて、練習の最初と最後に体重を測る。ちょっとでも体重が増えているようなことがあれば、それこそひっぱたかれるような状況を初めて目の当たりにしたんです。食事はシェフがすごく気を使って、低脂肪の鶏肉を使ってなおかつ皮を剥ぐみたいな事をやってくれていたんですが、選手たちは太るのが怖くて食べないんです。実際に選手たちがよくやっていたことが、ご飯一膳食べると大体150g〜160gありますけれども、それを食べるとそれだけ体重が増えるので、飴一袋だったらそんなに体重増えないよねということを続けてやっていました。実際に調査したところ、貧血の選手がものすごく多かったんです。その貧血のレベルも、普通の人のちょっと貧血気味というレベルではない、ものすごい貧血の選手がいて、やはりたくさん動くのであればしっかり食べてもらわないといけない。でも、体重を増やさないような食べ方が絶対あるし、それを教えてあげたい、そういう栄養士になりたいなと思ったのがきっかけなんです。
M:現場を見て衝撃が走ったということですね。特にスポーツ選手の中でも審美系と言われているような新体操やフィギュアスケーターとか、そういう選手は特に容姿も含めて体重管理が徹底されていて、今はあるのかどうか分からないですけど、キャベツだけで済ませてしまうとか、こんにゃくだけ食べて乗り切って次の練習行くとか、そういう過酷な食生活の中で練習していると聞いて、自分がやったら3日で死ぬなって思った覚えがあります。そういう現場を先生は見られたということですよね。
T:今でこそ食べないことのリスクが科学的にも分かっていますが、当時は分かってなかったので、痩せていれば、体重が少なければ少ないほど良いということで、選手は本当に過酷な状況に置かれていたと思います。それで、一生懸命勉強をして、その後は企業で栄養情報を発信するポジションにいましたが、その間に非常にラッキーなことに、バルセロナオリンピックの陸上競技選手団の専属管理栄養士としてオリンピックに帯同することになりました。これは日本では初めてのケースでした。
M:選手団に栄養士が付くということが初めのケースだったんですね。
T:その時は陸上選手だったので、短距離や投てき、長距離選手など、いろいろな選手たちのサポートをさせていただきました。栄養を整えることで、あるいは選手の自己管理能力のお手伝いをしたことで、すごく選手の体調が良かったということで、すごく評価をしていただきました。それで自信をつけて、もっと過酷な環境で日々トレーニングしている実業団の女子ランナーのチームからお声掛けいただいて、現場栄養士として数年間働いてきました。
国立スポーツ科学センターができたのが2000年。それ以前は本当に試行錯誤と経験則でやっていました。アスリートはどれだけ栄養を摂取すべきかという基準もなかったし、議論する場もなかった。すごく困ったんですが、困ったなら作っちゃおうということで、その後の活動に繋がっていきました。実業団の過酷な練習をする女性アスリートのサポートをやりながら、やっぱり教科書通りにはいかない現実に本当にぶち当たりまして、やはり勉強しなきゃいけないなと強く感じて、30歳になってからスポーツ科学の大学院に進学をしました。その後、国立健康栄養研究所で研究もさせていただきながら、国立スポーツ科学センターができた時に、栄養グループの初代リーダーということで、仕事をさせていただきました。
M:私はたくさんの恩恵を頂いていたということですね。
研究の役割は自己管理ができる選手を育てること
T:大事なのは、私たちが言ったものを食べていればいいという選手ではなくて、自分の体調や試合スケジュールに合わせて自己管理ができる選手を育てることだ思っております。色々な教育的な仕組みは常に国立スポーツ科学センターのレストランにもたくさん散りばめてありますし、その後の私の活動の中でも、そうしたメッセージはたくさん発信しています。
M:やっぱり大事なことは、アスリート一人ひとりが栄養についてしっかりと知識を持って、自分で食事を管理することができるようになるまでの、知識とノウハウを養うことが大事なんですよね。
T:アスリートは痩せろと言われたら食べられなくなるような一面もあるので、選手だけを教育してもダメだななと思っています。指導者であるとか、保護者とか、周りのサポートをする方々の意識や知識も変えていかないといけないので、指導者養成セミナーのようなものは積極的にお引き受けをしてきました。
M:実践の現場を知っていることの強みはなんでしょう。ニーズが分かるということでしょうか。
T:なんのために研究するかというと、選手の競技力を向上するため。レベルはまちまちですが、ジュニアはジュニアの目標達成ができるように、トップであれば国際競技力向上やメダルを取るということですので、目的はまちまちではありますが、現場の状況を知って、そこには色々な課題が山積されているわけです。その一個一個の課題について研究をやることで返していく。それによって選手たちが実際のトレーニングや体作りにも活かせるということ。研究はそういうことのためにやるものだと思いますので、そのためには現場に出ていく。選手たちがどんな過酷な状況で追い込まれているのかを見ることがスタートかなと思っています。
スポーツ栄養学について
M:スポーツ栄養学と一口に言っても色々な研究があると思いますが、先生の研究の中心にあるテーマはなんでしょうか。
T:私の研究のキーワードは「エネルギー代謝と身体組成」。どういう風に選手が消費をして、身体はどう変わっていくかということを中心に研究しています。選手がたくさん練習をするので、とても消費量が多いということは誰でも分かると思いますが、いったいどのくらい消費してるのかということ自体が分かっていませんでした。そういう分からないものを、なんらかの科学的な手法を使って数値化して見えるようにするという研究を行ってきました。
エネルギーバランス(EB)とは
摂取エネルギーと消費エネルギーが釣り合っていれば、その方の体重は基本的には変わらない。アスリートでいえば筋量も維持されるということで、この釣り合うということがすごく大事なんですね。もし選手が増量したいとか、減量したいというように、体を変えたい場合はこの天秤をどっちかに傾けてあげないといけないと。
M:それぞれの競技で消費するエネルギーは異なりますよね。
T:細く見ていけば競技特性や体格によっても異なりますが、まずは1日辺りでどれだけ消費しているかを評価したいと思いました。
1日の総エネルギー消費量の内訳
こちらが1日の総エネルギーの内訳になります。基礎代謝量は、生きていく上で最低限必要なエネルギーです。真ん中が食事誘発生熱産生というもので、食事をすると消化吸収したりする時にもエネルギーを必要とするので、一部が使われていきます。そして活動代謝量、ここは同じ人でも練習する日としない日では1000kcalくらい違います。私のスポーツ栄養学のスタートは審美系の競技だったり、女性ランナーでした。こんなに練習してこれしか食べないのになんで痩せないのっていう子がものすごく大きな壁にぶち当たりました。もしかしたらエネルギー代謝が抑えられているのではないかという仮説を立てて、基礎代謝は安静時代謝量を測って、代謝的にどんな状態なのかということを明らかにする、そんな研究をやっています。
まず、1日の総エネルギー量を測ること自体がすごく難しいです。例えばフィギュアスケートの回転して着地する動きの中でも、ちょっと転んじゃったりすることもありますよね。そういう時に測定機器をつけていると、それが壊れちゃったり、それをきっかけに選手が怪我をしちゃったら困るということで、全ての選手につけられません。それで、すごくお金はかかりますが、全ての種目の選手に測定をしていただける方法で私たちは今測定をしています。
二重標識水法
それがこの「二重標識水法」という方法です。量にしたら100ccくらいだと思いますが、これが1杯20万円くらいします。水は普通H2Oで、HとOがくっついたものですが、自然界の中では、同じHやOであっても、中に中性子というものが付いていて、重さが異なるものがあります。それを取り出して測ると、体内でどれだけエネルギーを消費したかを計算して出すことができます。非常に高価ですが、精度も高い方法です。実際に測ってみますと、女子選手でも3000kcalを超える選手もたくさんいますし、男子だと5000kcalを消費する選手もいます。
M:先生の研究は、そもそもアスリートがどれだけエネルギーを消費しているのかを理解する、それを突き止める研究なんですね。
T:それも一部ではありますが、それが分からないと、どれだけの食事が必要なんだとちゃんと伝えてあげられません。
M:天秤の図は本当に大事ですね。指導者や保護者の方も含めて、自分が今どういうコンディションにあるのか、将来どうありたいのかをイメージすることで、どういう食事をすればいいのかを天秤にかけて考えることができますよね。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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