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フィギュア スケート コラム 2017年11月8日

アイスダンス上級編

木戸先生直伝!今からでも間に合うアイスダンス観戦講座 by 木戸 章之
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アイスダンス

アイスダンスの選手に求められる資質を考えてみよう。

 ① ステップワークにつながるスケーティング技術の基礎
 ② 音楽及び踊りの知識
 ③ 視覚的な“魅せ方”の心得
 ④ パートナーとうまくやってゆくための協調性


① ステップワークにつながるスケーティング技術の基礎

 スケーティング技術の基礎というのは大変に感覚的なものである。
 アイススケートというのは氷に接しているブレードに体重をかけることによって滑るのである。ただ滑ることを考えると、動きの極めて少ないスポーツであると言える。つまりアイソメトリックな筋肉の使い方をせねばならないのである。
 滑走者は、動くことが必要なこともさることながら、動かない、一つのポーズを取ったまま滑らせることもある。その時、滑走者の筋肉は滑るコース(トレース)に沿って回転する方向に力がかかるのである。滑りのトレースに沿った力のかけ方を覚えた時に、その滑走者のスケーティングは極めて滑らかなものとなるのである。見ている人には、なんとなく滑らかな途切れることのないような滑り、と映るが、筋肉の使い方、体の中での動きを理解するのはアイスダンス選手には特に必要である。アイスダンスはステップを重視する競技であること、そして、パートナーとユニゾンを保つため、力の使い方を熟知していなければならないからである。
 アイスダンスは今現在、ショートダンスとフリーダンスで構成されている。かつてはコンパルソリーダンスと呼ばれる、音楽とステップが決められた競技があった。今はショートダンスの中に“パターンダンス”として残っている。コンパルソリーダンスはスケートのブレードの使い方、滑る道筋(パターン)、音楽との調和、二人のユニゾンなどを厳密に、極めて厳密に採点されるのである。今ショートダンスの中にエレメンツとして残っているパターンダンスにはセクションごとに3つずつのキーポイントと呼ばれる部分が設定されている。キーポイントの部分はまさにスロー再生して採点されるくらいの勢いであり、一切のスケートの揺れや不正確さは許されない。こう言った、パターンダンスの他にステップシークエンスも正確性を求められる要素である。ステップシークエンスは、求められるターンやステップを続けて使い、氷面を移動する要素である。スケートを滑るエッジの状態は6種類ある。フォアアウト(ブレードに入っている溝の外側で前向きに滑る)、フォアイン(ブレードに入っている溝の内側で前向きに滑る)、バックアウト(ブレードに入っている溝の外側で後ろ向きに滑る)、バックイン(ブレードに入っている溝の内側で後ろ向きに滑る)、そしてフォアのフラット(ブレードを垂直に立てて溝の両側を同時に氷に当てて前向きに滑る)、バックのフラット(ブレードを垂直に立てて溝の両側を同時に氷に当てて後ろ向きに滑る)である。これら6種類のエッジ(実際にはフォアアウト、フォアイン、バックアウト、バックインの4つしか評価してもらえない)をうまくコントロールしてターンやステップを踏まねばならないのである。カーブの方向、回転の方向を自らの体で完璧に理解し、微調整を行うことができないと正確に踏めないものである。
以上のことから、一つ、ものすごく細かい体の感覚が求められるということがわかる。


② 音楽及び踊りの知識

 ショートダンスではシーズンごとに音楽のテーマが決められる(2017~2018シーズンはラテンアメリカンリズム)が、その音楽のキャラクターを適切に表現せねばならない。それぞれの音楽の種類(リズム)にはビートとメロディーがある。ショートダンスでは特にビートをはっきりと刻まなければならない。一口にビートをはっきり刻むと言っても正確にビートを刻むのは意外と難しい。人間、音楽が耳に入ってから脳に届くまで、脳に届いてからそれを処理して筋活動として指令を出すまで、指令を出されてから筋肉に到達して実際に動くまで、それぞれにタイムラグがあるのだ。それらのタイムラグを認識した上で少し早めにビートを刻まなければならない。さらにさらに(以下は陸上でのボールルームダンスやヒップホップ、ジャズダンス等でも同じであると思われるが)、ステップを踏むのは、その時点での軸足の上にある重心を進行方向に若干ずらし、スケートの場合はズレた重心の下に次のスケーティングレッグを置いてくるのである。足のみならず、全身のリズム感が必要とされる。
さらにさらにダンスの種類によって、強拍というものがある。例えば、同じ四拍子でもサンバにおいてはカウント1の先頭とカウント3の先頭にアクセントを置くが、ルンバの場合はカウント1をやや早めに取り長く強くとる、というように、それぞれに特有のビートの取り方があるのだ。それぞれを認識した上で4拍子でマスキングし、拍の取り方を認識したままで行わなければならない。
 フリーダンスでは、音楽のセレクションに特に規制はないが、ビートとメロディーまたはビートのみがしっかりあることが求められる。メロディーのみでビートがはっきりしない音楽を使うことは禁止されている。
以上のことからアイスダンスというのはビートを刻むことで音楽の表現をすることがかなり重視されており、それができるにはごくごく普通に音楽のリズムやビートを理解するのみならず、全身を使って動きをリズムに合わせて制御できる力が必要なのである。


③ 視覚的な“魅せ方”の心得

 アイスダンス、フィギュアスケートに限らず、採点競技というものは人が見て採点する競技である。従って、“何をやっているか”も大切であるが、“やっているものがどのように見えるか”というのも大切である。細々としたステップをひたすら踏み続けるものと、比較的密度の低い部分と密度の濃い部分を使い分けるもの、どちらが見ていて映えるか、それが選手自身の技量とどれくらい合っているのか合っていないのか、どこを強く見せどの部分を比較的弱くするかなど、考えなければならない。
 男性と女性の役割の違いも考えなければならない。男性と女性は体型も筋力も柔軟性もそれぞれで変わってくる。アイスダンスの原理(原論)としては男性がリードし、女性がそのリードについてくるというのがある。男性は女性のフレームとして女性は男性のリードの中で華やかに動くという原則をお互いが理解しているかどうかも重要である。たまに、男性がやたら滅多ら踊り、女性が男性に実にスキルフルにフォローしてゆくカップルもいるが、やはりアイスダンスの原理からすると不自然になってしまうのである。
 自らがやっている感覚と見ている立場の印象では感覚がかなり違ってくる。自分を客観化し、見ている人たちがどのように感じるのかを意識して滑る必要があるのだ。一方で、競技スポーツであり、ルールに基づいてエレメンツの基礎点が決まり、細かく設定された採点基準に基づいて点数をつけられてゆくことも忘れてはならない。ルールに厳格すぎて人に魅せているということを忘れてもダメだが、ショーマンシップだけでもこの競技はやっていけない。技術内容と魅せ方の両立、このバランス感覚もアイスダンスには必要である。


④ パートナーとうまくやっていくための協調性

 アイスダンスは異性であるパートナーと組んで競技をするという面で、他の競技スポーツとは違った独特の資質を求められる。女性とうまくやっていくこと、男性とうまくやっていくこと、というのは“話を合わせる”ことのみでやれるものではない(おそらくどの分野においても同じようなものであろうが)。もう一つ、アイスダンス界(フィギュア界全体に言えることでもある)の特徴として極端な男女比がある。男性が極端に少なく、女性の方が圧倒的に多いのである。アイスダンス界では男性の壮絶な獲得合戦となってしまう。すでに組んでいるカップルの男性に対しても“美味しい”話を持ちかけて奪おうとする女性も中にはいるほどである。したがって、カップルとしての結束力をしっかり持てることも必要で、特に男性の場合はあまり外向的ではなく、身内との結束を大切にする男性の方がアイスダンスをする上でのパートナーシップを作りやすいのではないかと思われる。
したがって、比較的理屈でものを考える事のできる、どちらかといえば内向的な人の方がアイスダンスに向いているのではないかと私は考える。

これら四つの資質を総合すると、細かいことにこだわる事のできる、多少内向的で辛抱強い性格の人がアイスダンスに向いているということができる。さらに簡単な言い方をすれば、しつこいオタクのコミュ障が一番アイスダンスに向いているとも言える。

実はこのことについては突拍子もない話でもなく、世界的に見たとき、国際大会レベルのアイスダンス選手には、おとなしいが気の強い、知的好奇心が高く割と学校の成績も良い子たちが多いのである。私自身、現役時代、一緒にトレーニングしていた他の国の選手と食事を共にしたり一緒に酒飲んだりすると、トレーニングの話題に始まり、筋力や持久力の鍛え方、生理学的な話、脳の話などを細かく行うことが極めて多かった(師匠の悪口や、ヨーロッパ人が多かったこともありアメリカを茶化す悪い冗談も多かったが(笑))。アイスダンサーは比較的オタク気質な人間が集まりやすいのである。

アイスダンスの歴史と世界の勢力図 

かつてアイスダンス界はイギリスの独壇場であった。当時のアイスダンスは社交ダンスを氷の上に移植してきたようなダンスが主であった。それが崩れたのは1976年のインスブルックオリンピックにアイスダンスが正式競技として導入されることが決まってからのことである。当時のソビエトが、オリンピック競技になった途端にアイスダンスの強化を始めたのである。1970年にパホモワ&ゴルシコフ組が世界選手権で優勝(最終的には6回優勝した)して以来、長い長いソ連の天下に入るのである。社会主義政権下であったソビエトは国ぐるみでスポーツの強化に取り組んでいたのだがその一環として、フィギュアスケートにも相当の力の入れようであったと聞く。ボリショイバレエの振り付け師が振り付けを担当し、陸上、氷上の各練習でもトップレベルのコーチがつきっきりであったようである。そんな中でモイセーワ&ミネンコフ組やリニチュク&カルポノソフ組などの高い技術を持つアイスダンスカップルが生まれたのである。
 このような時代の真っ只中、1970年代の後半にイギリスから1組のカップルが出場した。トービル&ディーン組である。保険会社のOLと警察官をやりながら選手を続けていたこの組は、カップルとしての恐ろしいほどのユニゾンと天性の柔らかい下半身、フリーダンスにおける斬新な振り付けを武器に一気に世界の階段を駆け上がり、1981年から世界選手権4連覇、サラエボオリンピック優勝(フリーダンスではラヴェルのボレロを使い芸術点で全員から6点満点をもらうという恐ろしい伝説をつけた)という金字塔をうちたてた。  トービル&ディーン組の引退後もベステミアノワ&ブーキン組やクリモワ&ポノマレンコ組など、アイスダンス関係者の記憶に永遠に残るような素晴らしいカップルを生み出すこととなる。

 当時のアイスダンスはステップの決まっているコンパルソリーダンス、リンクを周回するステップを製作するオリジナルセットパターンダンス、自由に振り付けを作れるフリーダンスの3つからなり、それぞれのカテゴリーで全体の出来を6点満点で採点するという方式であった。エレメンツに対する出来で採点をする方式ではなかったため、ジャッジ各々の価値観や主観、東西冷戦の影響がまるっきりなかったとは言えないだろう。当時のアイスダンスはソ連が1、2を占め、3番手にアメリカやカナダなどの北米勢、4番手から10番手の間に東西ヨーロッパの1番手が入ることが多かったというのが私のなんとなくの印象である。ペレストロイカやグラスノスチが始まり、ソビエトの社会体制が変わり始めた頃1988年ごろに、トービル&ディーン組の男性の方、クリストファー・ディーンが振り付けしたエキセントリックなフリーダンスが世界の注目を浴びることとなる。踊っていたのはデュシュネー姉弟。ターザンのような格好をしてトリッキーな動きを連発する動きは賛否両論巻き起こったが、この時期を境にアイスダンスには前衛的なモダンダンスの要素を取り入れられることも多くなってきたのである。一方で、こういった一連の流れはフィギュアスケートの基礎としてのスケーティングとバレエと社交ダンスの動きを基礎とするアイスダンスの流れを逸脱することとなり、スケーティング技術の基礎が徐々におろそかにされる傾向を作り出したことも否めない。
 1991年12月、ソ連共産党の解体、ソビエト社会主義共和国連邦が各共和国に分裂した。それに伴いソ連国内では大変な経済の混乱が生じたようである。私はちょうどこの時期にジュニアの代表として世界ジュニア選手権等の国際大会に出るようになった。当時のソビエト(1991年の世界ジュニア選手権はソビエトとして出ていた)、ロシア、ウクライナ、エストニア、ラトビア、リトアニア等の選手たちはボロボロのジーパンに穴の空いたセーターで国際大会に来ていたことを思い出す。氷に乗るとそれが一変、貴公子とお姫様のように美しく踊り出す彼らを驚きと羨望の混じった気持ちで見ていたことを思い出す。

 そんな状況の中、アメリカやカナダなどのスケートクラブはソ連の有名コーチや選手を破格の待遇で招聘することを始めた。ロシアやウクライナ国内のリンクが次々と閉鎖されていた彼らにとっては渡りに船であったろう。有力選手やコーチの多くがアメリカなどに渡り、練習用のリンクや生活費を提供されながら練習を続けたのである。その好環境が功を奏してか、1990年代はロシアの圧倒的な時代が続いた。世界選手権のみならず、他の国際大会(今でいうグランプリシリーズやチャレンジャーシリーズ)も含めると、ソビエト時代以上の強さであったと思われる。この時期は世界のトップ20くらいのカップルはほとんどが男性か女性のどちらかがソ連出身であるか、コーチがソ連出身かと言うほどで、ソ連の人が全く関わっていないカップルは皆無に等しかったのである。
 1998年の長野オリンピック終了後からロシアの覇権に陰りが見え始めた。クリロワ&オブシアニコフ組が世界選手権2連覇を成し遂げた後、怪我のために引退。その後、ロシアはフランスのアニシナ&ペーゼラやイタリアのフサーポリ&マルガリオ組などの陰に隠れがちになってしまった。
 2002年のソルトレークオリンピックはペアとアイスダンスは大揉めとなった。採点について、事前に談合があったと言うことで大スキャンダルが出てしまったのだ。おそらく、であるがこの事件がトリガーとなり、これまで演技全体の出来に対して6点満点で技術点と芸術点に分けた点数をつけていた採点方式が一気に変わることとなってしまった。新しい採点方式は以下の通りである。

 

 ・ 選手たちが組み入れるべき技はあらかじめルールで決められている。
 ・ ルールで規定された技は、これもルールによって決められた難易度によって基礎点が決まる(基礎点を決めるのは技術役員)。
 ・ 基礎点に対して出来栄えを審判員が採点しそれにより点数が増減する。この点数を技術点とする。
 ・ 演技全体は10点満点で定められた構成点(5つの要素について採点するので5コンポーネンツとも言う)を審判員がつける。
 ・ 技術点と構成点の合計で順位が決まる。

採点方式が“上手い下手”の基準から、“これができたらプラス”“あれができたらプラス”というような加点方式に変わったため、選手が点数の目標を決めやすくなり、踊りや動きの良し悪しを詰めるような練習から技をルールに従って細かく練習するように練習方法も変わった。この時代は旧来型のアイスダンスから新しい価値観にすぐに転換できた選手が上位に行けたように思われる。旧ソ連のように美しさを売りにするよりもどちらかといえば力自慢が多い北米勢がこの時代から徐々に力を発揮してきた。そして今、カナダ、フランスを中心に、アメリカやフランスやイタリア、ロシアなどがしのぎを削る時代となっている。
 カナダのトップはVirtue & Moir組、フランスのトップは Papadakis & Cizeron組で、両組ともひとつひとつ形の綺麗さが際立つ。彼ら二組を追うのがアメリカのShibutani兄妹(日系二世。ビートの取り方が際立って上手い)、カナダのWever & Poje組(二人とも大柄な上にスピードのある演技をするので迫力がある)、ロシアのBobrova &Soloviev組(比較的基礎のしっかりした正統派のアイスダンスをする)、イタリアのCappellini &Lanotte組あたりが追いかける展開になっている状況である。今や争う組の国籍は様々であるが、彼らのコーチはロシア人が大半で、アイスダンスにおけるソビエトという国の偉大さが今更ながら実感させられるのである。

 以上、非常に大雑把にアイスダンス競技や流れを概説してきたが、アイスダンスという競技は滑りの良し悪し、踊りの良し悪し、といった大変抽象的なものを採点する競技であった。それは、採点におけるスキャンダルや虚実混じった様々な噂を生み出すこととなり、それぞれの時代や国際的なパワーバランスに影響されてきたという事実は否めないであろう。
 一方で、西洋スポーツでありながら、ある種のものに対する習熟度を争うということ、そこに深い精神性が求められるということからも“道”のような性質を持っていたとも言える。
 近年採点方式が改定され、定性的なものから定量的なものを採点する方向にきている。未だにまるで電話帳のような厚さの細かいルールがあり、それが毎年改定されるような状態ではあるが、昔に比べ競技内容の良し悪しがわかりやすくなり、一般のお客様がたもこれを“鑑賞する”から“観戦する”方向にシフトしやすくなってはきているが、一方でアイスダンス独特の強い精神性や文化、“道”としての深みを失うようなことになってほしくはないと、私は考える。

代替画像

木戸 章之

1975年8月28日生まれ。 千葉県松戸市出身。芝浦工大柏、筑波大卒業。 小学校低学年でスケートを開始し、5年生からアイスダンスを始め全日本ジュニアで5度優勝。渡辺心とカップルを組んでからは2003-04シーズンから引退するまで全日本選手権で4連覇。2006年トリノ五輪に出場し15位。現在は専属コーチとして新横浜スケートリンクで、アイスダンスをはじめとしてフィギュアスケートの指導にあたる。

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