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このブログについて
【村上晃一】
1965年京都市生まれ。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。
ラグビーの現役時代のポジションは、CTB(センター)、FB(フルバック)。1986年度西日本学生代表として東西対抗に出場。
87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者、ラグビージャーナリストとして活動。J SPORTSのラグビー解説は98年より継続中。1999年から2019年の6回のラグビーワールドカップでコメンテーターを務めた。著書に「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)、「空飛ぶウイング」(洋泉社)、「ハルのゆく道」(道友社)、「ラグビーが教えてくれること」、「ノーサイド 勝敗の先にあるもの」(あかね書房)などがある。
ラグビーワールドカップ2023がまもなく終わる。この愛好日記は決勝戦を前に書いている。日本代表がイングランド代表に敗れた翌日に帰国し、10月18日から再びフランスへ。今回は、JSPORTSで準決勝、決勝を解説するため、実況アナウンサーの矢野武さんとずっと一緒に行動した。モンパルナスのホテルの部屋も隣だった。
毎日、同じ朝ご飯を食べ、自由時間は基本的に別行動。僕がどうしても行きたかったパリ動物園だけは一緒に行ってもらい、コンコルド広場のオフィシャルショップで買い物、シャンゼリゼ通りを歩いて凱旋門へと散歩した。パリはどこに行っても人が多いのだが、動物園のゆったりとした展示に癒された。
こちらでの実況解説がなかった3位決定戦(10月27日)は一般のファンの方と同じように観戦した。それは大変だったけど貴重な体験だった。ホテルの最寄り駅から地下鉄に乗ってサンドニに向かったが、通常30分のところ1時間以上かかった。機器のトラブルで電車が遅延したためだ。サンドニに向かうファンで駅のホームはあふれかえり、各駅で一度に全員が乗ることができなかった。日本の通勤電車以上の密集状態でスタジアムに向かった。
準決勝以降、パリは連日雨が降っている。駅やスタジアム周辺はテロの警戒もあって、自動小銃を持った警察官や軍人が銃に手をかけた状態で警備にあたっている。大会期間中、複数の知人が盗難、スリにあっており、移動は常に緊張感が漂う。ポケットに財布は入れず、カバンは前に抱えるのが基本だ。それでも、スタッド・ド・フランスのあるサンドニに着くと、改札を出るやいなやボランティアの人たちがボールをパスしてくれて、反射的にキャッチして投げ返した。このあたりから急に楽しくなってきた。
観戦を楽しもうと、矢野さんとビールを飲む。一杯10ユーロ(1500円くらいかな?)。ホットドックなど食べ物とビールを買う売店が同じになっていて、ビールだけ別に売ればいいのにと、つい日本人的に考えてまう。駅の切符売り場などどこに行っても長蛇の列なので、効率が悪すぎると感じてしまうのだ。ビールを飲んでいたら、セブンズ・フィジー代表のレジェンドであるワイサレ・セレヴィさんに会った。日本語で挨拶したら、「こんばんは」と返してくれた。いまはアメリカに住んでいて、息子さん(同じ名前)が日大(ニチダイ)でプレーしている。「明日、東海大と試合なんですよ」と教えてくれた。過日、放送席では元オーストラリア代表CTBティム・ホランさんや、元アルゼンチン代表SOファン・マルティン・エルナンデスさんらに会ったが、ワールドカップはこうしたレジェンドに会えるのも楽しい。
3位決定戦は放送席よりも近い位置で見ることができて、イングランドのフィジカルの強さを改めて痛感した。決して弱くないアルゼンチンの選手が何度もはじき返される。トム・カリーと、アルゼンチンのマルコス・クレメルのハードタックラー対決も見応えがあった。観客席は圧倒的にアルゼンチンの声援が多かった。フランス人の多くがアルゼンチンを応援し、イングランドのキャプテンであるオーウェン・ファレルには大ブーイング。PGを狙うたびにブーイングが止まない。面白がっているのだが、相手をリスペクトすることを大切にしてきたラグビー文化からすると面白がれなかった。今大会はレフリー批判が多く、人種差別発言疑惑の渦中にあったイングランドのトム・カリーや、南アフリカのボンギ・ムボナンビにもSNS上で誹謗中傷があったようで、残念に思うことが多かった。
ただ、レフリーに関していえば個人を糾弾するのではなく、判定ミスはミスとして認めて今後の向上を目指すのは良いことだと思う。ラグビーのルールはあいまいであり、レフリーはいつも難しい判断をしなくてはいけない。レフリーに判断を委ねるのがラグビーの基本であり、観る側も選手も寛容さが大切だと思う。
3位決定戦後、両チームは健闘を称えあった。スタジアムのファンに挨拶をし、選手の子供たちが芝の上を駆け回るいつもの風景は微笑ましかった。勝ったイングランドがブロンズメダルを受けたが、4年前のようにポケットにしまう選手はいない。優勝できなかった無念と、勝って終われた安堵が入り交じった表情が印象に残った。
決勝戦のレポートはJSPORTSのコラムに書きたい。フランスでの試合以外の出来事は、日々自分のFacebookやInstagramで紹介しており、今後、さまざまなイベントや番組などで紹介していきたい。最後の写真は、シテ島にあるサントシャペルのステンドグラス。あまりに綺麗で思わず声を上げた。こちらも入場するため長蛇の列に並んだ。