ラグビー愛好日記

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このブログについて

プロフィール写真【村上晃一】
京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。
現役時代のポジションは、CTB/FB。1986年度西日本学生代表として東西対抗に出場。
87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
ラグビーマガジン、ナンバー(文藝春秋)などにラグビーについて寄稿。J SPORTSのラグビー解説も98年より継続中。1999年から2015年の5回のラグビーワールドカップで現地よりコメンテーターを務めた。著書に「ラグビー愛好日記トークライブ集」(ベースボール・マガジン社)3巻、「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)、「空飛ぶウイング」(洋泉社)などがある。

2019年10月15日

チェスター・ウィリアムズさん、追悼トークライブ開催

ラグビー愛好日記 by 村上 晃一
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すっかり書くのが遅くなってしまったのですが、1010日、横浜のラグビーダイナー「セブンオウス」で、元南アフリカ代表WTBで先月(9月6日)急逝されたチェスター・ウィリアムズさん(享年49)の追悼トークライブが開催されました。

チェスターさんは、RWC日本大会にも来日予定で、本来なら「セブンオウス」で、小林深緑郎さんと僕とでトークライブをする予定でした。今回は、故人のビジネスパートナーであり、ネルソン・マンデラ元南アフリカ共和国大統領のお抱えシェフでもあった、ピート・ゴッケンズさんにも参加していただき、チェスターさんを偲びました。

まずは、小林さんからチェスター・ウィリアムズさんの功績の解説がありました。南アフリカ共和国と言えば、アパルトヘイト(人種隔離政策、1948-1994)があったことで知られています。白人と非白人とで明確な差別があったのです。ラグビー協会も白人、カラード(混血民)、黒人など4団体に分かれていたそうです。アパルトヘイトの時代もカラードでの南アフリカ代表スプリングボクスにいた選手は2人いました。チェスターさんは、カラードで3人目のスプリングボクスです。そして、1994年のアパルトヘイトが正式に撤廃された後の最初のカラードの代表選手です。1995年のラグビーワールドカップでも活躍しました。

小林さんは、1993年のセブンズラグビーのワールドカップでスコットランドを訪れた際、セブンズの南アフリカ代表として参加していたチェスターさんの姿を覚えているそうです。「大会後のファンクションに参加したのですが、黒人のスタッフとチェスターだけが、南アフリカの選手団から離れてフィジーの選手たちと一緒にいました。まだ、そういう時代だったということです」。その後、引退後のチェスターさんはセブンズの南アフリカ代表ほかさまざまなチームのコーチをしながら、貧しい子供たちを救う財団を立ち上げ、活動していました。

チェスターさんとセブンオウスのつながりは、ワイナリーのオーナーでもあるゴッケンズさんが来日した時、セブンオウスの加藤さんが「南アフリカのビールはありませんか?」と尋ねたことに始まります。そして生まれたのがチェスターさんの名を冠したビールです。材料の選定から味を決めるプロセスもチェスターさんが関わり、日本へのビールを送る日、チェスターさんが自らの手でビールの入ったケースをコンテナに積み込んだそうです。周囲が手伝おうとしても「自分のビールを初めて買ってくれた人のために、自分で積み込む」とやめなかったそうです。そのビールはいまセブンオウスに届き、イベント当日は参加者全員に一本ずつ無料で手渡されました。「この一本は飲まずに家に置いておいてください。そして、チェスターのことを忘れないでください」(ゴッケンズさん)。

ゴッケンズさんは、チェスターさんの人柄を表すさまざまなエピソードを教えてくれました。「彼は貧しい家庭に育ち、10歳まで靴をひとつしか買ってもらえなかったそうです。それでも彼は人のために尽くす人でした。あるとき、仕事のことで何度電話をしても彼が出ないときがありました。仕方がないので奥さんに電話すると、帰宅時間を教えてくれました。その時間をかなりすぎたとき、屈託のない声で彼から電話がありました。帰り道に子供たちがラグビーをしていたから教えていたというのです。チェスターは今回の来日をとても楽しみにしていました。日本に行ったら、あれを食べよう、あそこに行こうと話していたのに、、、」。

ゴッケンズさんは、ラグビーワールドカップの会場のチェスターさんの写真を持って行きました。多くの人が声をかけてくれ、財団に寄付を申し出る人もいたそうです。ゴッケンズさんはマンデラ大統領のこともよく知っています。小林さんがそのことを質問すると、「チェスターとマディバ(ネルソン・マンデラ氏の愛称)は似ています。大使館では自分でお茶を飲んだコップを自分で洗っていました。私がやります、と声をかけると、『私も君も同じ人間だ』と言って洗っていました」

ゴッケンズさんは、ワールドカップの会場に持って行った等身大以上の写真を、セブンオウスに置いておくと言いました。このお店が特別な場所になった瞬間に立ち会えて厳粛な気持ちになりました。チェスター・ウィリアムズさんのことを忘れないでいたいと思います。

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