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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。
1本目はアウトスイング。ウェリントンの頭に合ったボールは、大久保択生が必死に飛び付いて掻き出す。しっかり蹴れている。悪くない。2本目もアウトスイング。今度もウェリントンに合ったが、高杉亮太が頭でブロックする。実は最も良い感触だった。大丈夫。悪くない。3本目はインスイング。ニアを抜けて密集に飛び込んだボールを、ウェリントンが右足で押し込む。正直「ちょっと低いかな」と思ったけど、まあいいか。たぶんノリは触ってないな(笑)
4回目を数えるJ1昇格プレーオフの準決勝で実現したのは九州ダービー。自動昇格を決めた磐田と同じ勝ち点を稼いでいる3位の福岡と、勝ち点3差の中にひしめく4チームを蹴落として、このステージへと勝ち上がってきた6位の長崎。両者のシーズンにおける勝ち点差は22まで開いており、それゆえにこの一発勝負というレギュレーションの"アヤ"がどう出るのかは大いに注目を集めていた。
バックスタンドに"J1"という青い文字が浮かび上がり、アウェイのゴール裏にも綺麗なオレンジと青のコレオが踊る中でキックオフを迎えたゲームは、想像以上に両者が落ち着いてゲームを立ち上げる。「チームの雰囲気は良いですし、勢いもありますし、みんな自信も持ってやれているのでそんなに硬くなることもなく、普通にできたと思います」と話したのは福岡のディフェンスラインを束ねる濱田水輝。8分には亀川諒史のロングスローを、ウェリントンが頭で狙うも大久保がキャッチ。12分には「まずは相手陣地に押し込もうという狙いを持って蹴った」濱田のフィードをウェリントンが落とし、城後寿が叩いたボレーは枠を外れるが、「蹴っておけば大体は勝ってくれる」(濱田)ウェリントンというスーパーなストロングを有するホームチームは、その武器を序盤から最大限に生かして長崎ゴールに迫る。
とはいえ、それは長崎サイドも百も承知。「アビスパさんの攻撃はやっぱり縦に速いということ。それからその縦の速さで言うと、長いボールが多いと。ロングパスと、ロングパスを起点にできればサイドからのクロスという所で、クロス対応等は非常に良かったと思いますし、ウェリントン選手に対しての対応も良かったと思います」と高木琢也監督。3バックの中央を任された高杉も「前半はウェリントンと誰かCBが競った時に、他のCBがカバーするんじゃなくて、ワイドも含めてカバーするというのは意識していたので、そこはうまくハマっていたと思います」と手応えを口に。「最初に負けるのはわかっていましたし、そこはほぼ諦めていたので、競るヤツはどうにかして自由にさせないというのがあって、周りはもう『負ける』と思って動いている」(高杉)という"ウェリントン後"のセカンドアクションで譲らなかったことが、試合をうまく膠着させることに繋がった。
それでも17番は脅威を長崎の喉元へ突き付ける。19分に黒木聖仁のイージーなパスミスを奪った城後はすかさず縦へ。ウェリントンが右へスルーパスを通し、走り込んだ中原秀人のシュートは古部健太のタックルもあって枠の右へ外れたが、味方を使って好機を演出すると、23分には中村北斗の優しいアーリークロスを強引に収め、3人に囲まれながら自らシュート。ここは大久保にキャッチされたものの、「自分がやるべきことを凄くマジメにやるブラジル人は初めてですけど」と末吉隼也も笑うエースがフィニッシュまで。24分は前半最大の決定機。五輪代表候補の亀川が左サイドをぶち抜いてグラウンダーのクロス。ファーまで届いたボールを城後が滑りながら押し込むも、右のポストを直撃。先制には至らない。
シュート数は5本と1本。「0-0は自分的には全然オッケーでしたし、むしろ相手が後半は焦ってくれると思っていたので、自分たちはとりあえず前半は失点しないことと、一瞬の隙を突けるように意識していました」と末吉が話せば、「ずっと勝っている福岡相手にあの攻撃力を出させなかったというのはプラン通りでしたし、何が僕らが上回っているかといったら失点の少なさしかない状況で、なるべく0-0を続けて、緊張感を持たせた試合にしたいというのはあった」と高杉。両者納得のスコアレスで試合は後半へと折り返す。
ハーフタイムが明けると、末吉の"1本目"はすぐにやってくる。後半のキックオフからわずかに8秒。ウェリントンが黒木に倒され、FKが福岡に与えられる。描いた軌道はアウトスイング。ウェリントンの頭に合ったボールは、大久保択生が必死に飛び付いて掻き出す。しっかり蹴れている。悪くない。末吉の"2本目"は右からのCK。描いた軌道はここもアウトスイング。今度もウェリントンに合ったが、高杉亮太が頭でブロックする。実は3本の中で最も良い感触だった。大丈夫。悪くない。末吉の"3本目"は左からのCK。「インスイングになったので、『ちょっとゴールに向けてボールを蹴ろうかな』という所で、ノリがいつもニアで逸らしてくれるのでそこを信じて」蹴り込む。やはりニアに酒井宣福が突っ込むと、抜けたボールは密集に飛び込み、一度体に当てたウェリントンが再び自ら押し込んボールは、ゆっくりとゴールネットへ吸い込まれる。正直「ちょっと低いかな」と思ったけど、まあいいか。気付くと飛び出してきたベンチメンバーと、駆け寄ってきたチームメイトの歓喜の輪に包まれていた。
実は本当の"1本目"は前半にあった。8分に左サイドで獲得したこの日最初のCKを、末吉はショートで始めている。亀川からのリターンを受け、ニアでイ・ヨンジェにクリアされたクロスを「イメージ的には悪いボールではなかった」と感じていた末吉は、それでもこの"1本目"を経て「ショートよりは絶対に直接合わせた方が脅威になると思ったので、ショートをやって相手がどういう反応をするかというのをちょっと見て、2本目からは普通に蹴った」そうだ。高木監督が「リスタートに関しては非常に警戒はしていました。プレースキッカーで言えば末吉選手がいて、ボールも非常に多彩な形で蹴り分けてくるので、そこはかなり警戒していた部分でした」と認めたように、長崎も当然末吉のセットプレーは十分警戒していた。ただ、「『練習通りに蹴れば、絶対に点に繋がるな』と思った」という末吉には"4本"もあれば、"絶対"を呼び込む自信もあったはずだ。「『やはり強いチームはああいう所で決めるんだな』と思いましたね」と高木監督。末吉の"4本目"が福岡に待望の先制点をもたらした。
以降も長崎は決して悪くなかった。後半に関して見れば、決定機の数でも福岡を上回っている。しかし、55分に三鬼海の横パスを受けた黒木が鋭く縦にスルーパスを通し、完全にフリーで抜け出したイ・ヨンジェのシュートは枠の左へ外れ、67分に左から神崎大輔が上げたクロスのこぼれを拾い、ターンしながら左足を振り切った強烈なイ・ヨンジェのシュートも中村航輔が鬼神の反応で弾き出す。「彼は個人能力が結構高い選手なので、1人が強めに行って、1人はカバーするというのがある程度はできていたと思いますけど、それでもシュートシーンは失点していてもおかしくなかったシーンだと思う」と濱田も認めたイ・ヨンジェの2回は、共にゴールネットを揺らすまでには至らない。
ベンチも打てる手は打った。62分に梶川と木村裕を入れ替え、74分には前田悠祐を3バックの左に送り込み、推進力のある古部健太をウイングバックに上げる。81分にはルーキーの北川滉平を最後のカードとしてピッチヘ解き放ち、黒木をワンアンカー気味に置いた布陣で勝負に出たが、「最終ラインは試合全体を通じて比較的落ち着いてできたかなと思います」と濱田も言及した福岡ディフェンスは緩まない。86分に前田の縦パスから、巧みなターンで前を向いた佐藤洸一のシュートは力なく転がり、中村がキャッチする。アディショナルタイムの90+3分には前田のFKに上がってきたGKの大久保が頭で競り勝ったが、シュートは打ち切れない。そして94分6秒、佐藤隆治主審のホイッスルが博多の森にこだまする。「90分間本当に集中力も保って、全員がハードワークしてリーグ戦と同じような形で試合を進められたことが後半のゴールにも繋がったと思いますし、それを1-0という形でしっかり守り切ることができたのかなという風に思っています」と井原正巳監督。今シーズン14回目の"ウノゼロ"で、福岡が1週間後のファイナルへと勝ち上がる結果となった。
「ゴール前があれだけ"団子"になっているとなかなかGKが出て来れない感じだったので、ニアの前でノリ(酒井宣福)が逸らしてくれるイメージがありましたし、練習でもそういう練習をしていたので、その"団子"に蹴れた中でセカンドを拾ってくれれば、ゴールになるかなというイメージで蹴ったのが良い所に転がってくれました」と決勝点のCKを振り返った末吉。やや狙いより低い所にボールは飛んだものの、ニアに酒井が飛び込むのも、"団子"のセカンドからゴールが生まれたのも想定通り。さらに、その前に"3本"のリハーサルで良い感触を掴んでいたことも、結果的に"4本目"のキックに繋がっていたように思う。そんな末吉には"5本目"もあった。62分にゴールまで約30mの距離から、わずかにクロスバーを越える無回転FKを放っている。「そのままの勢いで無回転のFKを蹴ったら良い感じになったので(笑)、もうちょっと落ちてくれれば良かったですけど」と笑いながらそのシーンを振り返ったが、重ねたキックの数だけ自信と集中力が研ぎ澄まされた結果として、あれだけの精度が伴っていったことも見逃せない。一方、長崎はセットプレーの数だけを考えれば、福岡のそれを上回っている。ただ、梶川、神崎、木村、前田と実に4人のキッカーがボールを蹴っており、とりわけ6本獲得したCKは、その大半がニアサイドで相手にクリアされてしまった。キッカーを数多く有することがアドバンテージに働くこともあるが、この日は1人のキッカーがその重責を担い、蹴るごとに自らの感触を高め、結果としてそのキッカーのCKがゴールを呼び込んだ福岡に軍配が上がった。
試合後の会見でまずファンやサポーター、そしてメディアに感謝の言葉を述べた高木監督は、想像以上に晴れやかな表情だった。「我々としては本当に全力を出し切ったということで悔しいですが、何かやり残したということはあまりなくて、今シーズンはあのアビスパさんをこれだけ苦しめることができたということは、非常に選手の頑張りとしては良かったと思いますし、それなりに準備してきたことはできたと思いますので、そういう点でも選手たちには感謝しています」と続ける。キャプテンの高杉も「ある程度自分たちの1年やってきたことは凄く出せたと思いますし、結構勝ち点も離れていた福岡に通用したというのもあったので、悔しいですけど、できなくて負けるのとできて負けるのは違いますし、本当の力だったり、勢いの差なのかなというのは感じました」と時折笑顔も交えながら、ゲームを振り返る。この2人の姿には全力を尽くした敗者のみが持ち合わせる、一種の潔さが静かに漂っていた。過去4年のJ1昇格プレーオフに複数回進出したチームは全部で3つ。千葉、京都、そして長崎だ。千葉と京都とは明らかにクラブ規模が違うし、そもそもプレーオフ進出すらできていないチームにも、長崎を上回る実績や強化費を有するチームは数多く存在する。高木監督は2度のプレーオフ進出の要因を問われ、「やっぱりこうやって見ているとチームが、または福岡が1つになるような雰囲気というのが、隣の隣の県ですが見ていて感じましたし、それは我々も多分同じように、小さい県かもしれないですけど1つになるということがこういう結果をもたらしていったという風に思っています」と言い切った。それはこの日の青とオレンジに染まったゴール裏を見れば容易に理解できよう。長崎で育った指揮官のチームに、長崎で育ったサポーターが愛情を注ぐ。結果に左右されない幸福は、おそらく長崎の地に間違いなく根付いている。 土屋
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