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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。
継承された"14番"。そして最後のマラカナンへ。
食らい付く。とにかく食らい付く。
一度標的にされたら、自由は諦めざるを得ない。
食らい付く。とにかく食らい付く。
一度標的にされたら、逃れることは困難を極める。
"赤と青"の世界一優雅と称される集団にあっても、
"水色と白"の世界屈指と言われる技巧派集団にあっても、
その姿を見間違えるはずはない。
この日も、とにかく食らい付く。
オレンジの最重要人物。11番は見極められた。
終盤になればなるほど集中力は増す。
90+1分。抜け出した11番を寸前で止める。
96分。えぐった11番をきっちり止める。
117分。11番に体を投げ出しファウルを戴く。
119分。11番にタックルを見舞って機会を潰す。
世界にはまるで2人だけが存在しているかのように、
その対峙は苛烈を極める。
その時、水色と白の"14番"は
かつてのそれを超えていたのかもしれない。
才能を見逃さない国は気付く。
2003年7月16日。
ハビエル・アレハンドロ・マスチェラーノは
セレステ・イ・ブランコにデビューする。
19歳と1ヶ月。決して珍しい年齢ではない。
ところが、このデビューは順序が逆だった。
順序が逆とは?
実はまだ所属していたリーベル・プレートで
トップチームにデビューしていなかったのだ。
17歳以下の"世界大会"と
20歳以下の"世界大会"で続けて4位になった
"弟"のセレステ・イ・ブランコ。
この両方で際立った彼を、
時の指揮官マルセロ・ビエルサは手元に呼び寄せる。
偉大なるディエゴ・"チョロ"・シメオネを失ったチームに
新たなピースは見事に合致した。
そこからの活躍は目覚ましい。
リーベルでもデビューを果たした数ヵ月後。
マスチェラーノはコパ・アメリカに臨む
セレステ・イ・ブランコに招集される。
しかも、主力として。
セミファイナルとファイナルを含む
5試合にフル出場を果たし、準優勝に大きく貢献する。
もはや、その20歳の存在は欠かせないものになりつつあった。
その2週間後。
マスチェラーノはオリンピックへ臨む
セレステ・イ・ブランコへ招集される。
当然、主力として。
全6試合にフル出場を果たし、金メダルに大きく貢献する。
その間、1つの失点も許さず。
もはや、その20歳の存在は欠かせなくなった。
その2年後。
マスチェラーノはワールドカップへ臨む
セレステ・イ・ブランコに招集される。
当然、主力中の主力として。
全5試合にフル出場を果たすが、
"大人の世界"は高く険しい。
粘るメヒコは振り払ったが、粘るゲルマンは振り払えない。
結果として負けは記録されず、
引き分けの末のロシアンルーレットでドイツを去る。
"チョロ"もそれを打ち破れなかったベスト8という壁が、
マスチェラーノにも立ちはだかった。
その2年後。
再びマスチェラーノはオリンピックへ臨む
セレステ・イ・ブランコへ招集される。
今度は、年長者として。
全6試合にフル出場を果たし、連覇に大きく貢献する。
アルゼンチンの歴史上、
五輪の舞台を2回続けて制した者はその前にいない。
母国に自身の名を強く刻んだこの大会から、
マスチェラーノの背中には"14番"が定着していく。
それは"チョロ"がセレステ・イ・ブランコを去ることになる
極東の祭典で付けていたそれと同じ番号だった。
世界は2年ごとに檜舞台を用意する。
再びマスチェラーノはワールドカップへ臨む
セレステ・イ・ブランコへ招集される。
今度は、主将として。
4試合にフル出場を果たすが、
"大人の世界"はかくも高く険しいものか。
同じメヒコは一蹴したが、同じゲルマンに一蹴される。
奪ったゴールは0。奪われたゴールは4。
自らに腕章を託した"神の子"は
ケープタウンの夜空を仰ぐ。
その"神の子"が最後に打ち破ってから20年。
ベスト8という壁の向こうは、遥かに霞んで見えた。
次の4年は長い。
マスチェラーノは新たな冒険を始める。
ケープタウンを後にすると、
"赤と青"の世界一優雅と称される集団に加わった。
懐疑的な声は、時間こそ掛かったものの
その力強さで黙らせた。
スペインを頂き、欧州を頂いた。
4年ぶりの世界へ向けて、最高の助走を付けるべく、
最後の1シーズンへ挑む。
"赤と青"か、"白"か。支配者はいずれかのはずだった。
刺客は"白"と同じ街からやってきた。
纏うは"赤と白"。率いるはあのディエゴ・"チョロ"・シメオネだ。
欧州ではクォーターファイナルで屈し、
スペインでは最後のカンプノウで屈する。
"赤と青"でも"水色と白"でも
10番を任された"神の子"と共に失意を味わう。
おそらくは想像もしていなかった。
それでも、これは"チョロ"から与えられた
試練という名の壁なのかもしれない。
「俺を超えてみろ」と。
「俺を超えていけ」と。
三たびマスチェラーノはワールドカップへ臨む
セレステ・イ・ブランコへ招集される。
今度は、覚悟の"14番"として。
4試合にフル出場を果たし、
三たびベスト8の壁と対峙する。
8分に先制したが、残された時間は長い。
欧州の"赤い悪魔"も必死に牙を剥く。
世界の"4"が懸かる。悪魔だって必死だ。
潰す。潰す。未然に。事後に。
"赤い悪魔"にベスト8のそれより高い
"14番"の壁が立ちはだかる。
イタリア人の笛が鳴り、残された時間がようやく終わる。
幻影は消えた。
"ベスト8"のそれも、"チョロ"のそれも。
背負いし"14番"は間違いなく
マスチェラーノの名の下にあった。
90+1分。抜け出した11番を寸前で止める。
96分。えぐった11番をきっちり止める。
117分。11番に体を投げ出しファウルを戴く。
119分。11番にタックルを見舞って機会を潰す。
オレンジの最重要人物を決して離さない。
その執念は常軌を逸していた。
頭を打ち付け、足を削られ、
それでもひたすら食らい付いた。
"14番"は緑の芝生の上に立つ22人の
誰より真摯で、誰より愚直で、誰より美しかった。
120分間は消し切った。
その後の11メートルには、おそらく関与しない。
あとは仲間を信頼するだけだ。
ケープタウンで共に泣いた守護神が
オレンジを2つも阻む。
ケープタウンで共に泣いた我々の11番が
スポットに向かう。
渾身の強振がオレンジを貫く。
その瞬間。
"14番"は堪え切れなかった。
堪える必要もない。
とうとう夢にまで見た"大人の世界"を
制する権利を得たのだから。
"ベスト8"は超えた。
おそらくは、水色と白に限れば"チョロ"も超えた。
最後に残されたのは2度倒されしゲルマン。
きっと今まで挑んできた中で、
最も大きな"壁"に対峙する。
そして、その向こうには
きっと今まで手にしてきた中で、
最も大きな歓喜が待っている。
それでも"14番"は変わらない。
食らい付く。とにかく食らい付く。
それが街のグラウンドであっても、"大人の世界"のマラカナンであっても。
土屋
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