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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。

ワールドカップ 2014年07月06日

【21】120+1分の決断。名将が切った"緑"の手札。

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120+1分の決断。名将が切った"緑"の手札。


均衡は保たれる。
均衡は崩れない。
90分が終わり、付け加えられた30分の半分も終わる。
オレンジの指揮官は動かない。
既に相手の指揮官は全ての手札を切り終えた。
延長の後半開始から前の試合のヒーローを
ようやくピッチへ解き放つ。
それでも、まだ手札はあと1枚残っている。
ロン・フラールのヘディングはケイラー・ナバスに弾かれ、
マルコス・ウレーニャの1対1はヤスパー・シレッセンが弾き出した。
ウェスレイ・スナイデルのシュートはクロスバーに弾かれた。
その時、ルイス・ファン・ハールの決断が下される。
呼ばれたのは、ピッチに立つ選手の中でただ1人
違うユニフォームを纏うことを許された、オレンジの"緑"。
120+1分、名将が最後に送り出したのはティム・クルル。
その男のポジションは、ゴールキーパだった。


ピッチの中で1人だけユニフォームの色が違う。
それはすなわち、ピッチの中には1人だけしか
存在し得ないということだ。
誰もが目指すゴールを"奪う"のではなく、
"奪われない"ことが彼らの主たる役割になる。
サッカーという競技の中で
彼らの存在は唯一にして絶対である。


クラブであれば、まだ変わることができる。
ただ、国籍であれば、容易に変わることはできない。
例えばドイツ。
オリバー・カーンとイェンス・レーマン。
例えばカメルーン。
トーマス・ヌコノとジョセフ・アントワーヌ・ベル。
例えばイタリア。
ジャンルカ・パリュウカとアンジェロ・ペルッツィ。
国籍以上に、世代は自らで選べない。
4年、8年、12年。
同じ守護神がゴールマウスに立ち続ければ、
他の守護神の行き先はベンチか、TVの前だ。
23分の3。3分の1。
狭き、狭き世界へと通じる道。
その国で"1人"という栄光は輝かしく、
その国で"1人"という責任は重い。
何百、何千、何万という守護神の"1人"。
気が遠くなる。


我が国でも、国籍と世代を選べなかった
2つの眩い才能は競った。
川口能活。1975年8月生まれ。
楢﨑正剛。1976年4月生まれ。
1歳違いの2人は奇しくも同じ1996年に初めて、
国を背負う蒼き代表に求められる。
その時まだ、この国は本当の"世界"を知らない。
そして、20歳そこそこの2人は
そのまま"世界"を独占していくことになる。


フランスは"年上"。
日本は"年下"。
ドイツは"年上"。
南アフリカは"年下"、のはずだった。
"年上"は負傷による離脱から帰ってきたばかり。
"年下"をサポートする役割が自ずと求められていた。
ところが、直前でその役割は変わる。
"年下"は"年上"と共に
さらなる"年下"をサポートする役割を求められる。
2人による独占は終わりを告げた。
以降、2人が蒼き代表のリストに
揃って名前を連ねたことはただの一度もない。
全てが終わった後で
杯を酌み交わす日は来るのだろうか。
おそらくそれは、まだまだずっと先のことだ。


その性質上、90分間の途中で
交替する可能性も限りなく低い。
無論、120分間の途中でも。
2014年のブラジルでは、一度あった。
日本が既に心を折られし後、
万雷の拍手に贈られてその守護神は現れる。
ファリド・モンドラゴン。43歳。
アメリカのベンチとフランスのピッチを知る男は、
最年長の出場者として祭典の"一部"を託された。
幸いに途中で負傷する者は誰もいない。
あの一度はブラジルにおける特別な"一度"になるはずだった。
そう。ティム・クルルがタッチライン際に登場するまでは。


冷徹に見え、その本来は温厚篤実。
指揮官はこう振り返る。
曰く「クルルには可能性を伝えていたが、
シレッセンには伝えていなかった。
彼の試合への準備の妨げになるようなことはしなかったんだ」と。
大胆にして繊細。
120+1分、名将が最後に送り出したのはティム・クルル。
最後にベンチへと下がってきたのはヤスパー・シレッセン。
伝えていなかった後者もすぐに理解した。
世界の"4"へと続くロシアンルーレットは
ようやくブラジルで出番を得た26歳に委ねられた。


1人目。セルソ・ボルヘス。
キックは右。クルルも右。わずかに届かない。
2人目。ブライアン・ルイス。
キックは右。クルルも右。渾身の左手で掻き出した。
シレッセンが吠える。
3人目。ジャンカルロ・ゴンサレス。
キックは右。クルルも右。わずかに届かない。
4人目。クリスティアン・ボラーニョス。
キックは左。クルルも左。わずかに届かない。
その全ては蹴る側の意図と合う。
一方、4人の仲間は全てゴールネットを揺らしていた。


5人目。ミチャエル・ウマーニャ。
ちょうど1週間前。
この日と同じ順番でギリシャを葬った男に、
再びその順番が巡って来る。
「決めれば終わり」は「外せば終わり」に。
その変化に男は耐えられるか。
キックは右。クルルも右。渾身の左手で掻き出した。
瞬間、シレッセンが走り出す。
誰よりも早くクルルに飛び付く。
2人の"緑"で辿り着いた世界の"4"。
いや、もう1人。
ミシェル・フォルムを忘れてはならない。
3人の"緑"で辿り着いた世界の"4"。
繋いだ"孤独のバトン"はこの日、他の何よりも輝いた。


国籍と世代を選べなかった
2つの眩い才能は競う。
ティム・クルル。1988年4月生まれ。
ヤスパー・シレッセン。1989年4月生まれ。
奇しくも同じ2011年に初めて
国を背負うオレンジの代表に求められた1歳違いの2人が、
これからそのまま"世界"を独占していくか、
今はまだ誰も知る由はない。
全てが終わった後で、
杯を酌み交わす日は来るのだろうか。
ただ、それは日出ずる国の彼らと同じく、
まだまだずっと先のことだ。


土屋

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