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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。

ワールドカップ 2014年06月20日

【8】9番の憂鬱。甦れ!八咫烏は不死鳥の如く。

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9番の憂鬱。甦れ!八咫烏は不死鳥の如く。


スコアボードに映し出された数字は
90分間一度も変わることはなかった。
両者に振り分けられた勝ち点はわずかに1。
この"1"が5日後、どのような意味を持ってくるか。
それを明確に知っている者は、まだこの世界にいない。
唯一はっきりしていることは、
5日後のその先に用意された16個の椅子へと座る権利が
まだ残されているということだ。


ゴールは奪われなかったが、奪えなかった。
論点はいくつかあろう。
おそらくその中で最初に触れておくべきは
"パワープレー"と呼ばれる類のものだ。


2009年12月19日。アブダビ。
世界ナンバーワンクラブの座を懸けた重要な一戦。
1点差で負けていた最終盤に、
そのパスワークで世界中の賞賛を集めてきた彼らは、
長身のCBを前線に上げる。
放り込む。放り込む。
絶対的な司令塔が無造作に放り込んだボールを、
最前線に聳えたCBが頭に押し当てる。
突っ込んだ味方がゴールを盗み取った。
アシストはジェラール・ピケ。チームの名はバルセロナ。
指揮官はかの"ペップ"グアルディオラである。
彼らが普段からその練習をしているとは考え難い。
ただ、彼らがこの選択をしたことも一度や二度ではない。
"世界で最も美しいサッカー"と称される彼らも、
"世界で最も美しいサッカー"を構築したと称される名将も
最後に頼るのはシンプルな放り込み。すなわち"パワープレー"だ。
それを考えれば、最後の最後で22番のCBを最前線に上げた
アルベルト・ザッケローニの選択自体は
最善の策ではなかったかもしれないが、
決して理に適っていないそれではなかったとも言える。


個人的にこのゲームで最も残念だったのは
これまでのザックジャパンにおいて
誰よりもゴールの香りを漂わせてきたストライカーを
埋没させてしまったことである。


最初に気になったのは2列目の配置だ。
右から大久保嘉人、本田圭佑、岡崎慎司。
不動の左サイドハーフを務めてきた香川真司のベンチスタートに伴い、
イタリア人指揮官が決断したのはこの配置だった。
FIFAの公式サイトも、国際映像の配信チームも欺かれている。


このチームにとって最大のストロングとして
捉えられてきたのは"左"の優位性だ。
香川真司、遠藤保仁、長友佑都で構成する左サイドで創り、
右サイドで仕留める、言い換えれば"岡崎"で仕留めるという形が
ザックジャパンに幾度とない歓喜をもたらしてきた。


左ボランチは遠藤から山口蛍に変わっている。
ならば常に"右"を担ってきた長谷部誠と内田篤人で創り、
左サイドで仕留める、言い換えれば"岡崎"で仕留めるいう形に
託したということだろうか。
ただ、前半に右サイドから崩した形は
開始2分に大久保が独力で突破したシーンのみ。
その後、右からのクロスは45分間で1本もなかった。


それは19分に大久保が中央で内田のクサビを落とし、
大迫勇也のシュートを引き出した場面にもよく現れている。
その判断は素晴らしかったが、これはあくまで個の"即興"である。
大久保は積極的にボールへ関与したものの、
その位置は大半が中央。
17分、33分、37分、45+1分。
これはいずれも左サイドから入ったクロスだ。
結局、今日も崩していたのは大半が"左"。
前半の岡崎はほとんど"消えて"しまった。


60分にようやく遠藤、香川、長友が"再結成"される。
ただ、攻撃も徐々に右サイドへ偏重していく。
9人で、いや、10人でブロックを築くギリシャの前に
もはや彼らが躍動するだけのスペースは
残されていなかった。
"右"の内田が何度も深い位置からクロスを打ち込む。
それは見慣れた光景ではなかった。


マインツでも知将トーマス・トゥヘルに任されたその最前線で
何度も裏へ動き直すが、その"裏"がない。
必然、動きは制限された。
周囲には自身より10センチ以上も大きな巨人が、じっとりと纏わり付く。
サムライブルーが積み重ねたシュートは16。
そのリストに岡崎の名前はただの1つも見当たらない。
日の丸を背負い、実に38度もゴールネットを揺らしてきた男は
9429メートルもの距離を彷徨いながら、
"左"で、"中央"で、埋没した。


誰が点を取るのか。
誰に点を取らせるのか。
ネイマール、リオネル・メッシ、
トーマス・ミュラー、ルイス・スアレス。
取るべき人が取る。取るべき人に取らせる。
サムライブルーが4年間もの時間をかけて
積み上げてきたその最適解は、
ストライカーのみが背負うことを許された
9番だったと間違いなく思うのだが。


賽は投げられた。
その為すべきことは、はっきりし過ぎているほどだ。
誰よりも誠実に、真摯に、愚直に、
その白と黒の球体に向き合い続けてきたからこそ、
今、その王国のピッチに立っている。


日本国民のためか。否。
日本サッカー界のためか。否。
自分のために戦えば、それでいい。
積み上げてきたものは"4年間"だけじゃないだろう。
数々の犠牲を払い、数々の屈辱を潜り抜け、
まだその信念が覚悟に変わるずっと前から
積み上げてきたものは己にしかわからない。
ただ、自分のためだけに戦えば、それでいい。
甦れ!八咫烏は不死鳥の如く。


土屋

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