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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。
王国に翻る星条旗。不毛の地で融合する"魂"。
座り込んだユルゲン・クリンスマンは落ち着かない。
皮肉にも早過ぎたゴールが、その焦りに追い討ちをかける。
危ない。危ない。何度も時計を覗き込む。
まだ終わらないのか。
あと8分。とうとう決壊の時を迎えた。
勝ち越されるには十分な時間が残っている。
3枚のカードも切り終えた。あとは信じるしかない。
あと4分。
77分に投入した27歳がコーナーキックを蹴る。
後半開始から投入した21歳が頭を振り下ろす。
入ったのか。ゴールに入ったのか。
その瞬間、ゲルマン魂を胸に抱く指揮官は走り出していた。
サッカー不毛の地と言われてきた。
ベースボール、アメリカンフットボール、
バスケットボール、アイスホッケー。
"Major Professional Sports Leagues"と言えばこの4つ。
1970年代にはペレやヨハン・クライフ、
フランツ・ベッケンバウアーといった
キラ星の如きスターを集め、隆盛を誇ったかに見えた"NASL"も、
場当たり的な経営が祟り、わずか16年でその歴史を閉じる。
アメリカにサッカーが根付くのは遠い夢物語かのように思われた。
時のFIFA会長、ジョアン・アベランジェは
この"4大スポーツの国"で1994年の世界的祝祭を
開催する決断を下した。
この大会からワールドカップは巨大なマーケティングフェスティバルと化し、
本質的な"フットボール"で争う姿勢は姿を消したとも評されているが、
少なくともアメリカの"サッカー"を取り巻く環境にとっては
大きな転機を迎えることとなる。
大会自体は成功裏に終わったと言っていいだろう。
それまでのワールドカップと比較して、
アメリカの地で行われたそれの最も大きな相違点は、
勝利の対価として勝ち点が2から3へと増加したことだ。
その4年前。
"カテナチオ"の国で開催されたワールドカップは
1試合平均得点で最低の数字を記録する。
あるグループなどは6試合中5試合がドローに終わり、
4チーム合計で生み出されたゴールはわずかに7。
この状況に危機感を抱いたFIFAは、
GKへのバックパス禁止と共に勝ち点制の変更へ舵を切った。
必然、グループステージから激しい試合が繰り返される。
この大会で記録された1試合平均得点は、
以降の4大会の数字を遥かに上回っている。
7万人を超えた1試合の平均観客数は、
大会自体のスペクタクル度を現しているかもしれない。
他方、開催国の実力には疑念の目が向けられていた。
それまでの14回に及ぶ歴史の中で
開催国がグループステージで敗退した例はただの1つもない。
同居したのはルーマニア、スイス、コロンビア。
特にコロンビアはかの"神様"ペレが優勝候補に推すほどの実力者。
大会前は悲観的な観測が多かった。
ローズ・ボウルの9万人が揺れる。
世界で最も悲しいオウンゴールに加え、
アーニー・スチュワートの巧みなゴールが後押しする。
コロンビアを粉砕した開催国は
堂々とグループステージを突破。
最後はジュール・リメ杯をやはりローズ・ボウルの空へ掲げた
ブラジル代表に屈したものの、
その活躍は多くの国民を熱狂させた。
それから20年。
サッカー不毛の地と呼ばれた国の代表チームは以降、
すべてのワールドカップに出場を果たしている。
南アフリカの地で披露された、
彼らの勇敢な戦いは記憶に新しい。
前半で2点をリードされたスロヴェニア戦は、
82分にマイケル・ブラッドリーが
父であり監督でもあるボブを救う同点ゴールを叩き込む。
さらに、勝利のみが次のラウンドへと勝ち進む
唯一の条件だったアルジェリア戦では、
敗色濃厚の後半アディショナルタイムに
ランドン・ドノヴァンが奇跡的な先制ゴールを奪い、
土壇場で大会に踏み止まる。
2大会続けての対戦となったガーナとの死闘は延長の末に屈したものの、
もう彼らを"4大スポーツの国"から来た異端児たちだとは誰も思わない。
それはかつてその存在に背を向け続けた母国の人たちでさえも。
"サッカー"は確実に国民の中に浸透したのだ。
因縁めいた3カ国と同居している。
ガーナは2大会連続で煮え湯を飲まされた仇敵だ。
ポルトガルは日韓大会での雪辱を誓っているに違いない。
そして、ドイツは監督のユルゲン・クリンスマンにとって
その身を捧げてきた母国に当たる。
実力的に拮抗した"死のグループ"。
初戦で激突するのはガーナ。
復讐の好機だ。相手にとって不足はない。
開始31秒で望外の先制点を手に入れるが、
わずか23分でストライカーを失った。
不運は続く。
センターバックまでもが負傷を訴え、
後半開始からわずか代表4キャップの21歳を送り込む。
牙を剥くブラックスターズ。
憎きアサモア・ギャンが、サリー・ムンタリが、
クリスティアン・アツが次々とゴールへ襲い掛かる。
選手として3度、監督として1度のワールドカップを
経験している金髪の指揮官も落ち着かない。
危ない。危ない。何度も時計を覗き込む。
まだ終わらないのか。
あと8分。とうとう決壊の時を迎えた。
勝ち越されるには十分な時間が残っている。
3枚のカードも切り終えた。あとは信じるしかない。
あと4分。
77分に投入した27歳がコーナーキックを蹴る。
後半開始から投入した21歳が頭を振り下ろす。
入ったのか。ゴールに入ったのか。
星条旗を胸に着けた仲間が駆け寄る。
自らの胸にあしらわれている国旗を確認する。
「そうだ。俺はこの国を率いているんだ」
15年近くを過ごしている"第二の母国"と共に掴んだ勝ち点3。
決勝ゴールをチームにもたらし、
一躍救世主となったジョン・ブルックスが、
クリンスマンの母国であるドイツでプレーしているのは何かの偶然か。
アメリカ代表が抱く"魂"は確かに証明されつつある。
指揮官が抱く"ゲルマン魂"は既に何度も証明されている。
"魂"の融合が果たす化学変化が
かつての不毛の地にさらなる何かをもたらした時、
世界の人々はその"魂"にどんな名前を付けるのか。
その時が来ることへの確信をさらに深めるような、
そんな90分間が世界を強く震わせた。
土屋
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