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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。

ワールドカップ 2014年06月16日

【4】2つの"ラボーナ"。タンゴの日常に潜む狂気。

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2つの"ラボーナ"。タンゴの日常に潜む狂気。


2点をリードしたアルゼンチンにリズムが生まれる。
ようやく豪華な攻撃陣の本領発揮だ。
アンヘル・ディ・マリアが縦に付けたボールを
リオネル・メッシが落とし、フェルナンド・ガゴが左へ振り分ける。
少しパスが長くなった。
ディ・マリアが全力で追い掛ける。
次の瞬間、痩身のレフティは利き足を軸足の後ろに通す。
ラボーナだ。
寄せた2人の間を絶妙のタイミングでボールが抜ける。
シュートには繋がらなかったものの、
そのワンプレーにおそらくは世界中が目を見張った。
ただ、72分のラボーナはこの日最初のラボーナではない。
この日最初のそれは、もっと狂気を孕んでいた。


そもそもラボーナ発祥の地はアルゼンチンだという説が濃厚だ。
1948年9月19日。
エストゥディアンテスでプレーしていた24歳のストライカー、
リカルド・ロベルト・インファンテは
2点をリードした状況でボールを受ける。
ゴールまでの距離は35メートル。
突如としてインファンテは軸足になるべき右足を
左足の外側に回した。
ボールはそのままゴールネットへ吸い込まれる。
観衆の呆気にとられた表情が目に浮かぶ。
これがこの世にラボーナが誕生した瞬間だと、
アルゼンチンでは言われている。


どちらかと言えばラボーナは、
自らの技術を誇示する意味合いで使われるような印象も強い。
とりわけポルトガルのアタッカーは
このアルゼンチン発祥と言われているテクニックがお好きのようだ。
すぐ思い浮かぶのは今やその名を知らぬものはいない
クリスティアーノ・ロナウド。
長い足から繰り出すラボーナは、
いかにも自身の能力を誇っているように見えてしまう。
例えばリカルド・クアレスマ、例えばナニ。
ラテンの香りを漂わせたイベリア半島のサイドアタッカーたちは
一度のみならず、その大技で観衆を沸かせてきた。


そして、ディエゴ・マラドーナを
この"ラボーナ使い"のリストから外すわけにはいかないだろう。
わざわざ右サイドで追い込まれる。
当然相手のDFは左足を切る。
それを見たマラドーナは左足のインサイドで縦に押し出し、
素早く軸足の裏へ回した"黄金の左"で
最高のクロスを上げてしまう。
スタンドは拍手喝采。付いていたマーカーも苦笑い。
当のマラドーナはあからさまに得意げな様子。
ある意味で"オチ"の見えている演劇のようでもあるが、
"神の子"が演じるとそれはローレンス・オリヴィエ賞の
ノミネート作品かのように輝きを帯びた。


「Foot!」でもお馴染みの亘崇詞さんは
以前こう話していた。
「自由がすべていい訳ではないですが、日本より南米の方が
"金の卵"が出てくる方法を採っているかもしれないです。
それは、『全員が右足左足を正確に蹴ることができて』とか、
『インサイドキックやインステップキックを使い分けられて』ということではなくて、
『相手に取られなければ、ここにこういう風に蹴っちゃえばいいじゃん』というような。
例えば『左足で上手にマシューズフェントをしろ』って教えられていたら、
リケルメの右足を駆使した驚くようなフェイントは
編み出されていなかったと思うんですよ。
マラドーナさんも右足を蹴る練習をしていたら、
ラボーナの飛距離も出なかったと思うんですよね」
それを聞いて、「ああ、なるほどなあ」と思ったことを覚えている。


3-3-2-2のシステムを後半から4-3-3に戻したものの、
アルゼンチンの座りは決して良くない。
ようやく世界の舞台に立つことを許された
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの圧力が増す。
52分。
相手のパスワークをバイタルで押しとどめたものの、
すぐさま"ズマイェヴィ"の闘士が襲い掛かる。
気圧されたウーゴ・カンパニャーロは、エリア内でショートパスを送る。
イゼト・ハイロヴィッチが厳しく寄せる。
次の瞬間だ。
追い込まれたはずのマルコス・ロホは、
迷うことなく左足を右足の裏側に通して、
ボールをタッチラインに蹴り出した。


わずか1点のリードで押し込まれた局面だ。
ミスは即刻失点に繋がる位置だった。
それでも、これがワールドカップデビューとなった24歳のサイドバックは、
自らに降りかかった危機的状況を回避するために"ラボーナ"を選択した。
しかも確信を持って。


このプレーを断じるのは簡単だ。
「ディフェンダーのやるプレーではない」と。
「普通に右足でクリアするのがセオリーだ」と。
あるいは「ワールドカップをナメているのか」と。
ただ、タンゴの国のファナティコ・デル・フットボルは
きっと傍から見れば狂気すら孕んで見えたその選択を
当然のように受け止めたことだろう。
「ああなったら"ラボーナ"しかないな」という風に。


ディ・マリアのそれとは意味合いが違う。
刺すか刺されるかの逼迫した局面で
サイドバックが躊躇なく繰り出した"ラボーナ"。
ひょっとするとこの日のあれは、
アルゼンチンで永く語り継がれるかもしれない。
何よりも自分たちを象徴する最高の"クリア"として。


ちなみに、アルゼンチンが世界に誇るタンゴにも
"ラボーナ"と呼ばれるステップがある。
片足を前方に踏み出して、
すぐさまもう一方の足をその後ろに通す華麗なステップ。
語源は言うまでもないだろう。
"ラボーナ"は彼らの国の日常なのだ。


土屋

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