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J SPORTSのサッカー担当がお送りするブログです。
放送予定やマッチプレビュー、マッチレポートなどをお送りします。

ワールドカップ 2014年06月22日

【10】ペルシアの末裔が見た夢。測った未来への"距離"。

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ペルシアの末裔が見た夢。測った未来への"距離"。


サッカーとは時に理不尽であることに異論はない。
この日の彼らに降りかかったラストシーンも、
その類のそれだったと言っていいだろう。
"やられた"感覚は体に残っている。
"やれた"感覚も体に残っている。
王国の観衆も味方に付けた。
スタンドに現れたかの国の"神"も
幾度となく肝を冷やしたはずだ。
それでも規定の時間が終了した、その数十秒後。
おそらくは世界で最も有名な、
小さなレフティが利き足を振るう。
一瞬あって、彼らは緑の芝生に倒れ込んだ。
それは規定の時間に感じた"距離"とは異質のものだったに違いない。
届きそうで、届かなかった"距離"。
ひょっとするとそれは、待ち望んでいたものではなかったか。


日本の挑んだ"5度目"が
ただの1ゴールも奪うことなく破れたのと時を同じくして、
彼らは"2度目"でアジアを支配下に置く。
韓国が、クウェートが、
オーストラリアが、そして香港が、彼らの軍門に下る。
21の国の頂点へ。
アルゼンチンで行われる宴の切符はあっさりと手に入った。


挑んだ祝祭でも1つの勝ち点と2つの得点を手に入れる。
オランダに敗れ、スコットランドに引き分け、
ペルーに敗れる。
オレンジのロブ・レンセンブリンクと
赤白のテオフィロ・クビジャスには
それぞれ3つのゴールを奪われたが、
22人全員が自らの国でプレーしていた彼らは、
アジアの先に世界があることを知る。
1978年。アルゼンチンでの270分間。
その世界との"距離"は彼らの"未来"でもあった。


次に世界と再会するには20年の時を要した。
双方にとって中立の地として選ばれた
ジョホールバルでの激闘は記憶に新しい。
"車椅子"のホダダド・アジジが、
"国民的英雄"のアリ・ダエイが、
世界を所望した日出ずる国を奈落の底に突き落とす。
115分を超えた頃、"英雄"が宙を舞う。
確かに叩いたボールは、ほんの少し枠を外れた。
直後、試合に終止符が打たれる。
あの時、"英雄"がゴールネットを揺らしていたら、
日出ずる国の未来も変わっていたかもしれない。
それは、わずか16年前のことである。


1997年。
3人のイラン人がゲルマン魂の世界へ自ら飛び込む。
アルミニア・ビーレフェルトにはアリ・ダエイとカリム・バゲリ。
1FCケルンにはホダダド・アジジ。
4年に1度の遭遇を心待ちにしていた世界は"日常"になった。
中でも"英雄"の勇猛な行進は止まらない。
翌シーズンに籍を移した先は、
UEFAチャンピオンズリーグファイナリスト。
オリバー・カーンと、ローター・マテウスと、
ステファン・エッフェンベルグと
同じデザインのユニフォームを纏う。
個々であるなら、世界との"距離"は格段に縮まった。


他方、集団としての"距離"は縮まらない。
ユーゴスラヴィアに負け、アメリカに勝ち、
ドイツに負けたフランスを経て、
日本と韓国には届かなかった。
メキシコに負け、ポルトガルに負け、
アンゴラと何とか引き分けたドイツを経て、
南アフリカには届かなかった。
代表に集う選手の所属クラブを見れば、
1つのみだった国旗のバリエーションは多彩を極める。
他方、集団としての"距離"は縮まらない。
あの日のアルゼンチンで夢見た"未来"はこれだったのか。


ドイツでの屈辱から8年。
個々としての世界を"日常"に抱える勇士が参じ、
集団としての世界へ帰ってきた。
初戦の相手はアフリカの雄、スーパーイーグルス。
勝ち点は獲得した。
ただ、"距離"を掴んだ手応えはない。
それは5日後に持ち越された。


ベロオリゾンテの地で国歌を聴く。
悠久の歴史に彩られたペルシア語が王国の地に響く。
隣に立つのはセレステ・イ・ブランコ。
リオネル・メッシ。セルヒオ・アグエロ。
ゴンサロ・イグアイン。アンヘル・ディマリア。
相手にとって不足はない。


53分。
イランで育ったペジマン・モンタゼリがクロスを上げる。
オランダで育ったレザ・グーチャンネジャドが頭で描いた軌道は
セルヒオ・ロメロによって捻じ曲げられる。
67分。
再びモンタゼリがクロスを上げる。
ドイツで育ったアシュカン・デジャガーが頭で描いた軌道は
再びセルヒオ・ロメロによって捻じ曲げられる。
個として経験してきた世界は、
集団として経験すべき世界にも還元される。
その"距離"は確かに縮まっているように見えた。


90分間は経過した。
スコアボードの数字は動いていない。
それから、数十秒後。
"世界"はリオネル・メッシの元にひれ伏す。
貫かれたゴールネット。
手に入るはずだった勝ち点は、
最後の最後であっさりと零れ落ちていった。


失点の瞬間。
アミル・ホセイン・サデギが
地団太を踏むようにして崩れ落ちる光景を見た。
32歳のCBはテヘランで生まれ、テヘランで育った。
ドイツの地ではベンチから3試合を見届けた。
プロキャリアの11年間は母国で積み上げている。
おそらくは、最も世界との邂逅を待ち焦がれてきた。


2014年6月21日は、彼らの歴史へ永遠に刻まれるかもしれない。
アミル・ホセイン・サデギという象徴が、
世界と縮まった"距離"を知り、
世界と縮まることのない"距離"を知った1日として。
なぜなら、忘れてはいけないからだ。
後者の"距離"は彼らの"未来"だということを。


土屋

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