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古巣戦で先発出場を果たした久保
ビジャレアル戦は久保建英とマジョルカの耐性が試された。
昨季久保を指揮したウナイ・エメリ監督は、彼のことを良くわかっている。“久保を止めるには守備に忙殺させれば良い”、というのが、エメリの結論だったと思う。
アタッカーを機能不能にするには必ずしも守備を強化する必要はない。サッカーの攻守は一体化しているので、こちらの攻撃を強化することで相対的に相手の攻撃力を下げることができる。具体的には、この日[4−4−2]の右サイドで起用された久保に、左SBエストゥピニャンをぶつけて守備をさせる――。
一見、この勝負、久保の分が悪そうだった。スピードと馬力を兼ね備えたリーガ有数のSBと、守備が得意とはお世辞にも言えない久保。しかも、ペドロサとのローテーションで休めているエストゥピニャンに対して、絶対的なレギュラーの久保は連戦の疲れもある。
しかし、予想を裏切り久保とマジョルカの右サイドは耐えた。陣地的に押し込まれはしたが決して崩されることはなく、鋭いカウンターで押し返した。最初にベンチに下げられたのはエストゥピニャンの方だった。
久保とエストゥピニャンはまるでペアでダンスを踊っているかのようだった。どちらかが上がればどちらかが下がる。どちらかが外ならどちらかが内。役割はボール次第。ボールを持っているチームのサイドは開いて上がり、持っていないチームのサイドは閉じて下がる。
振付の基本は、大外のエストゥピニャンに対して久保が内に絞って待つ形で、これが時間帯の7割近く続き、役割が入れ替わったのが残りの3割ちょっと。ビジャレアルが圧倒的にボールを支配した分、久保の守備の時間が長かった。
絞って待つ久保のポジショニングが抜群に良かった。ゴールを背負って絞っているから、危険な対角線突破は許さない。近過ぎてトラップ&ダッシュで突破されることもなく、遠過ぎてプレスが間に合わないこともない、絶妙の距離感。エストゥピニャンの斜め前で待ち、彼にボールが渡れば迎えに行く。エストゥピニャンからすればドリブルで抜けるほど近くにはいないし、自由にさせてくれるほど遠くにはいない。
久保のダンスパートナーは時々変わった。トリゲロスがサイドへ流れて来ることがあったからだ。その場合、久保がトリゲロスを迎えに行き、エストゥピニャンに対応するのは右SBのマフェオ(負傷退場後はサストレ)になる。マークがスイッチされるわけだが、それも無難にこなした。久保かマフェオのスイッチが遅れて、誰かがフリーになり2対1を作られて絶対的なピンチ――というシーンはほとんどなかった。久保個人ではなくチームとしての耐性が試された、というのはそういうことで、このコンビネーションの方も精度が高く綻びを見せなかった。
エメリは嫌らしく手を変え品を変えて執拗に久保のサイドを狙った。まるで、自分が知っている久保なら崩せる、と確信しているかのように。
57分、トリゲロスに代えてアルベルト・モレノが入ると、久保のダンスパートナーはエストゥピニャンのままだが、サストレはモレノという新パートナーと踊ることになった。久保とエストゥピニャン、サストレとモレノという2対2の攻防になったわけだ。
これを15分ほど続けて効果がない、とわかるとエメリはエストゥピニャンを諦め、代わりにモレノのポジションを下げ、逆サイドからジェレミを持って来た。これで久保とモレノ、サストレとジェレミのペアとなったわけだが、ここから意外にも形勢が逆転する。
守備に忙殺されていた久保が、79分3人のマーク外してシュートすると、81分オフサイドでゴール取り消しとなったカウンターの起点となり、82分またもや3人のマークを引き連れてシュート、86分ボール出し担当後にリターンをもらいゴール前へ迫る――と立て続けに決定的な仕事をする。圧巻は88分、忠実に下がって味方と2対1を作ってボールを奪うと、リターンをもらってドリブルで突進。相手はファウルで止めるしかなかった。
「守備→攻守の切り替え→攻撃」とすべてに関与したこのプレーを、7割守っていた試合の88分にできる馬力が残っていたことには、綻びのなかった守備以上に驚かされた。
この頃打つ手がなくなったエメリ監督は、ベンチに座って顔を覆い、頭を抱えていた。久保を狙って崩せなかったばかりか、逆に残り10分、疲れさせたはずの久保に逆襲された。エメリが知っている久保ではなくなっていたのだ。
次は週中、22日のレアル・マドリー戦。厳しいカレンダーだが、今の久保を休ませるという選択は、ルイス・ガルシア・プラサ監督の頭にはまったくないに違いない。
文:木村浩嗣
木村浩嗣
編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペインに拠点を移し特派員兼編集長に。15年編集長を辞し指導を再開。スペインサッカーを追いつつセビージャ市王者となった少年チームを率いた。現在はグラナダ在住で映画評の執筆も。
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