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- 【輪生相談】ツールドフランスに出たいので、大学を辞め本格的に競技を始めました。人生を懸けて頑張っているのですが自分のキャリアのことをあまり考えていませんでした。栗村さん、僕どうしたらいいですか?
- 【輪生相談】レース中に選手がボトルの水を頭からかぶるのを目にすることが多々あります。かぶる用途を考えてボトルの水は真水の方が良いのでしょうか?
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このブログについて
【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。
「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。
【輪生相談】ツールドフランスに出たいので、大学を辞め本格的に競技を始めました。人生を懸けて頑張っているのですが自分のキャリアのことをあまり考えていませんでした。栗村さん、僕どうしたらいいですか?
ツールドフランスに出たい23歳です。駅伝を中高6年、ロードバイクを大学で4年間乗っていました。レースは未経験で乗車目的はエクササイズでした。ずっとプロの世界で戦いたいと思っていて、先日ついに大学を辞め、本格的に競技を始めました。何年後かに後悔するのが関の山だと思うのですが、やると決めたので、人生を懸けて頑張っています。ここまでやって思ったのですが、実力の前に、"仕組み的"にワールドツアーは目指せますか?「十分な実力があっても30歳からワールドツアーに入ることは無理そう」「そもそもあと7年でプロとか無理じゃないか?」「キャリアも何もないな!」等、辞めた後にその辺を全く考慮していないことに気付き、「とにかく勝ちまくればいずれはツールだッ!」「待ってろポガチャル...ッ!」と思っていたんですが...非常にまずいことをしてしまったかもしれません。栗村さん、僕どうしたらいいですか?
(男性 フリーター)
■栗村さんからの回答
結論から言うと、「仕組み的」にはワールドツアーを目指すことは可能です。ただし、その条件はとてつもなく厳しいでしょう。
正直に書くと、僕も高校を中退してフランスへ行った経験があるため、質問者さんには強く共感します。実は、高校を辞めた後もしばらくの間、高校に通っている夢を何度も見ました。もしかすると、質問者さんと同じように、内心で高校を辞めたことに後悔していたのかもしれませんが、一方で「背水の陣」のような状況が自分を奮い立たせていたことも確かです。
ただし、当時の僕は17歳でしたが、質問者さんは23歳です。時間的な余裕はありません。特に昨今のプロ選手の若年化を考えると、正攻法で「待ってろ、ポガチャル!」は少々厳しい。そこで、選手を辞めた後のキャリアプランを視野に入れ、その準備をしながらプロを目指すのはどうでしょうか。
まず、気が早いようですが、引退後の再就職について。今の世の中では多くの人々がディフェンシブになり、とくに若い世代が冒険を避ける傾向があると感じます。そんな中、企業はバイタリティがあり、前向きに笑顔でハードに働ける人材を潜在的に求めているはずです。たとえワールドツアーへの挑戦が失敗したとしても、レース活動を通じてこうした人材になることを目指すことで、新卒としての就職活動よりも有利な形での就職が可能になるかもしれません。つまり、意外と可能性はあるということです。
次にワールドツアー入りです。
正規ルートでのワールドツアー入りは非常に競争が激しいため、質問者さんの場合は別の方法を探すべきです。いきなり23歳で欧州に渡って言葉も文化もわからない中で競技生活を送っても、欧州自転車界の端っこで「また非力な日本人が来たのか」と苦戦する可能性が高いでしょう。
そこで、実績も経験も時間もない質問者さんは、生々しい話ですが「日本スポンサー枠」や「他のスポーツ出身枠」などを使う工夫は必要になるでしょう。日本のスポンサーはどのワールドチームにとっても魅力的なので、そこで少しだけ有利に枠を確保できる可能性はあります。具体的には、海外プロチームと繋がりのある国内資本のチームへ加入するか、自分の活動を応援してくれるパーソナルスポンサーをみつけるかになります。「他のスポーツ出身枠」は、先日ブエルタを総合優勝したログリッチが代表例ですが、他の競技で突出した成績を収めた選手にロードレースのワールドチームが興味を示す事例が増えているため、(質問者さんに他競技での実績があるならば)それを利用するということです。ただし、もちろん圧倒的なフィジカルデータが必要であることは変わりありません。
元スキージャンプ選手で2024ブエルタを制したログリッチ。他競技で突出した成績を収めた選手にチームが興味を示す事例が増えている。
こうやって「年齢は高めだが、日本から来た素晴らしいパワーウェイトレシオを持った陸上競技出身の未知の青年」という形で自分を売り出す方が、本場のアマチュアチームの底辺から挑戦するよりもプロ(ワールド)チームの興味を引く可能性が高いように思います。もちろんワールドチームに入るためには単に化け物級のパワーウェイトレシオの数字を持っているだけではダメで、実際のプロレースでの適正も示さなくてはなりません(ちなみに質問者さんは陸上競技の中長距離出身ということで勝手にクライマーをイメージしています)。
まずは、できるだけ短期間で日本国内の主要レースで勝利を目指し、国内の有力チームに加入し、国内UCIレースでの勝利を目指しましょう。この段階でつまづくようならば、海外では通用しない可能性が大です。いっそのこと、個人でエントリーできる乗鞍ヒルクライムや富士ヒルクライムなどで6倍以上のパワーウェイトレシオを目指し、圧倒的なコースレコードで優勝すれば各方面から注目されていろいろと道が開けるかもしれません。ちなみに富士ヒルのコースレコードは56分台ですが、今年のツールでみせたTポガチャルのパワーウェイトレシオだと45分を切ってくるともいわれています。まあ、彼らはトップクラスの環境に身を置いているので、まずは富士ヒル50分を目指すのが良いかもしれません。
この過程では、自分自身をチャレンジ自体をコンテンツ化することで自身のブランディングをはかり、ビジネスで言うKPI(重要業績評価指標)を設定して時間を区切りながら目標達成を目指すことをお勧めします。もし目標に届かなくても、SNSなどでチャレンジの過程の資料を持って就職活動時に提示すれば、「なかなか面白い人材」として見られる可能性があるためです。少なくとも、僕が面接官なら、特に強みのない、AIで代替できそうなディフェンシブな人材よりも質問者さんのような挑戦心を持った人材は魅力的に映りますね。
「ピンチはチャンス」という言葉がありますが、経験上、これは人生の真理です。リスクを恐れず、ただし冷静に、普通とは違う尖った人材を目指してください。正攻法で勝ち上がるのは難しい状況ですから、ユニークな戦略と人並外れたバイタリティで挑むことは必須です。
文:栗村 修・佐藤 喬