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2006年、トリノ五輪に渡辺心とパートナーを組みアイスダンスの日本代表として出場した木戸章之氏。現在は、新横浜スケートセンターで、アイスダンスを始めとしたフィギュアスケートのコーチとして後進の指導にあたっている。そんな木戸コーチは、男性にしては珍しくアイスダンスを始めたのか、そして世界で戦った経験がどう今のコーチングに生きているのか、さらに、コーチとしての今後の目標も聞いた。
――アイスダンスの代表としてトリノ五輪にも出場した木戸章之さんですが、そもそもフィギュアスケートを始めたきっかけは?
木戸:小学校2年生か3年生くらいの時に実家のある千葉県松戸市にスケート場(新松戸アイスアリーナ。2002年閉館)ができたことですね! 僕はもともとインドア派な子供で、本ばかり読んでいました。それで両親が何かスポーツをやらせたいと思ったようです。当時はみんな水泳を習っていて、変わった習い事をしたいなと思ってスケートを始めました。
――スケートを始める年齢としては遅い方だったのですね。
木戸:そうですね。プロのスケート選手は3歳とか4歳でもう始めていて、5歳でも遅いくらいなので、それから考えると、かなり遅い方ですね。
――当時の新松戸アイスアリーナには、他にもいろんな選手やコーチがいたのでしょうか。
木戸:羽生結弦選手も指導した都築章一郎先生が中心でやられていたスケート場だったのですが、非常に練習が厳しかったことを覚えています。また荒川静香選手や鈴木明子選手を育てた長久保裕先生や、無良崇人選手のお父さん(無良隆志コーチ)らがコーチをやっていました。僕と同じ頃に滑っていたのは井上怜奈選手や重松直樹選手などがいましたね。
――そんな木戸さんが、アイスダンスを本格的に始めたのはいつ頃でしょうか。
木戸:小学校5年生からですね。当時のコーチの娘さんがアイスダンスをやっていて、一緒にやってみようということになりました。その頃は当時のソビエト連邦(現ロシア)が強豪だった時代でした。彼らの滑りがきれいで、形を徹底的に鍛え込む、まるで精密機械のようなスケーティングが「カッコイイ!」とはまっていきました。
中学時代はまだシングルもやっていましたが、中学3年の時に膝を痛めてしまい休んでしまい、高校で再開する時にアイスダンス一本に絞りました。今、指導している新横浜のリンクへ通うようになったのもその頃からで、パートナーが新横浜にいたので、自然とそうなりました。
――男性でアイスダンスを選ぶのは珍しかったのではないでしょうか?
木戸:確かに少ないですね(苦笑)。そのためにパートナーを見つけるのは男性の方が簡単でした。今なら男性1人に対して、女性が20〜30人くらいいるような感じでしょうか。
――学業とスケートの両立は大変ではなかったのではないでしょうか
木戸:千葉から横浜のスケート場まで1時間半位片道かかるのですが、電車の中で英語の文法をやっていました。それで、帰宅するのが夜中の1時くらいになってしまうのですが、それから数学の宿題をやったりしたことも。時々、パートナーの親御さんに車で家まで送ってもらったこともありましたね。
――大学は筑波大学に進学されました。
木戸:実は小学6年の時に、初めて全日本ジュニアのタイトルを取ったのですが、高校でもタイトルを獲ることができて、その実績もあって筑波大に入学しました。今もいっしょに指導している渡辺心さんとパートナーを組んだのも大学に入ってからで、そこから本気でオリンピックを目指してやっていました。
ちょうど大学在学中に長野五輪があって、大学を1年休学して取り組んだのですが、全日本選手権で2位に終わり出場できませんでした。4年後のソルトレーク五輪も出場はかなわず悔しい思いもしました。
――その悔しさをバネにトリノ五輪に出場したのですね。
木戸:そうですね。今まで全日本で優勝したことがなかったので、一度チャンピオンになりたいという気持ちも強かったです。それで、2003-04シーズンから4年連続で優勝することができて、2006年のトリノ五輪への切符をつかむことができました。
――そのトリノ五輪では、荒川選手が金メダルを獲って以来、日本選手のメダルも増えて、日本でのスケート人気もだいぶ向上しました。木戸さんは今、指導者として活動されていますが、アイスダンスを取り巻く環境も変わりましたか?
木戸:随分変わったと思います。やはり、2014年のソチ五輪から団体戦が始まったことが大きいのではないでしょうか。強化も進んでいるので、今後はシングルだけじゃなく、ペアやアイスダンスの選手も多く出てくると期待しています。日本と世界の差はまだありますが、上を目指す環境は整ってきていると感じています。アイスダンスだけに限ったことではないですが、フィギュアスケートは見た目とは違い、練習は地味でハードなので、すぐに音をあげてしまう人も多いのも現実ですね。
――そんなスケートのトップ選手は男女関係なくとても仲のいい印象があります。
木戸:小さい頃からずっと一緒に練習や大会に出ているから、垣根があまりないですし、普通の体育会系に見られるような上下関係や年齢差もあまりないですね。トリノ五輪時も、(髙橋)大輔とは同部屋だったし、しーちゃん(荒川選手)とはショートプログラムの前に2人でお茶しましたよ。浅田真央選手とはだいぶ年も違いますが、みんなでカラオケに行ったこともあります。
――アイスダンスのパートナー同士はどうですか?
木戸:それはさまざまですね。恋人のような関係もあれば、普段は全く口もきかないペアもいます。僕も渡辺さんとは喧嘩ばかりしていました(笑)。でも、僕たちの場合はそれが良かったのかもしれません。アイスダンスの場合はパートナーとの相性も大事な要素になってきますから。
――2007年に選手から指導者になりました。選手時代と何か違いを感じますか?
木戸:楽しさの質は変わりましたね。選手時代もそうでしたが、最初はこういう曲で滑ったら楽しいなという感じでした。立場が変わり、今は自分が身につけたりしたステップの種類や覚えた技術を教えたり、選手に特徴を出させることができたら楽しいなと感じます。
――指導者として大変だなと思うことはありますか。
木戸:自分の現役時代の2004-05シーズンから、旧採点方式から新採点方式へ移行しました。昔は滑りの質、基礎の滑りができているかで点数がつきましたが、いまはリフトや、シークエンス、回転数といった技に対して点数がつきます。そうなると、アイスダンスでは少なかったミスも出てきてしまい、すぐに順位が下がってしまう。個人的には、滑りの質に点数が付く旧採点の方が、目が肥えている人にとっては見ていて面白かったと思いますが、技に点が付く新採点は見ていてわかりやすいのかもしれません。とにかく、毎年ルールが少しずつ変わっていくので、順応するために、コーチとして100ページほどのハンドブックがあり、ジャッジ用の本は60ページあって、それら読み込むなど勉強しないといけません。
――指導者としてジュニアの選手や一般の方など幅広く教えていますね。
木戸:昨年のアイスダンスの全日本ジュニア3位のカップル(矢島榛乃/嶋崎大暉組)を指導していますが、いつか全日本チャンピオンを育てたいと思います。一方で、一般の方がスケートを楽しんでいくことも、認知度を広げる上で大切と思うのでやりがいはあります。羽生選手を見てスケートを始めた大人スケーターの方の中には、彼と同じプログラムや振り付け、衣装で滑りたいという方もいます。
――女子だけでなく、男子選手もレベルが上がってきていますが、どう感じていますか。
木戸:もともと女子選手のレベルが上がり、それに引っ張られた部分があると思います。日本選手が活躍すれば、自分もできるのではと身近な存在に感じられる。髙橋選手の年代くらいから、男の子でもバレエやジャズダンスの練習を嫌がらなくなりました。真面目で一生懸命です。僕が指導者になって初めての新人発掘合宿で、羽生選手がいたのですが、夜もちゃんと寝て朝きちんと起床する。取り組み方が違いますよ。その合宿に羽生選手だけでなく、田中刑事選手、日野龍樹選手も参加していて、3人が図抜けているなあと思っていたのですが、昨年末のNHK杯に3人とも出ていて嬉しかったですね!
――コーチとして、トリノ五輪出場経験がどう生かされているでしょうか
木戸:オリンピックを経験したことは、コーチとして技術よりもこの世界の厳しさを教える上で大きいです。世界で戦うには、これだけのことをやらなければいけない、でもやっていけばその戦いをくぐり抜けることができる。自分でやってきたからこそ説得力が出ると思います。
――最後に、コーチとしての今後の目標を教えてください。
木戸:やはり、フィギュアスケート認知度をまずは高めていきたいですね。自分もそうでしたが、テレビに映るのは嬉しかったですし、やりがいの一つでもありました。アイスダンスももっともっとJ SPORTSで取り上げていただけるようにレベルを底上げしていきたいですね。
今はレベルがすごく上がっていて、10年前なら世界チャンピオンになれるような技をみんな当たり前にするようになってきました。映像などを見やすくなったことが一つの要因だとは思いますが、指導自体が進化しているわけではないと思うので、自分がいままでやってきたことをしっかりと伝えていきたい。どんどん素晴らしい選手が出てきてくれると思うので、それを楽しみに教えていきたいと思います。
斉藤 健仁
スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパン全試合を現地で取材!ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡」(ベースボール・マガジン社)、「ラグビー日本代表1301日間の回顧録」(カンゼン)など著書多数。≫Twitterアカウント
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