ラグビー愛好日記

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このブログについて

プロフィール写真【村上晃一】
1965年京都市生まれ。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。
ラグビーの現役時代のポジションは、CTB(センター)、FB(フルバック)。1986年度西日本学生代表として東西対抗に出場。
87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者、ラグビージャーナリストとして活動。J SPORTSのラグビー解説は98年より継続中。1999年から2019年の6回のラグビーワールドカップでコメンテーターを務めた。著書に「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)、「空飛ぶウイング」(洋泉社)、「ハルのゆく道」(道友社)、「ラグビーが教えてくれること」、「ノーサイド 勝敗の先にあるもの」(あかね書房)などがある。

日記 2006年02月14日

バレンタインデー

ラグビー愛好日記 by 村上 晃一
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たくさんのコメント、TBありがとうございました。月曜日のアクセス件数は過去最高でした。早稲田の勝利に多くの人が関心を持った。そして、いろいろ考えた。2006年2月13日というのは、そういう日だったと記憶に留めたいと思います。

つくづく清宮監督の勝負強さを感じさせられるシーズンである。彼がキャプテンとして早稲田を学生日本一に導いたとき、インタビューしたことがある。17年ほど前の話だ。ラグマガの「選手秘話」だったかな。東伏見の喫茶店で話したことがつい最近のようだ。この選手は大物になると思った。話している印象が今とほとんど変わらない。言うことに迷いがなかった。

早稲田の5年間の監督在任中も関東学院との激闘の中で毎年何かを得てチームを進化させていった。監督就任一年目、高校生だった佐々木隆道選手のプレーに一目惚れして声をかけたり、京都成章高校で全国的には無名の存在だった矢富選手の能力を高く評価し、しかもほとんど経験のなかったSHとして誘ったことなど、選手を見る目も確かである。あの時からトヨタ戦勝利の準備は始まっていたのだと思えるほどだ。今回のことで、一番刺激を受けたのは全国のコーチだったはずである。早稲田の選手だけが特別な能力を持っているということはあり得ない。コーチによってチームは変わる。各現場で限られた条件があるはずだし、早稲田を参考にするということではなく、目の前にいる選手達の能力を伸ばし、チームとして機能させるということを実現して、それぞれの条件下で、いいチームを作ってほしいと思う。現場に携わっていないものの戯言と叱られそうだけど、心からそう願っています。

話は変わるが、2月14日は、僕がこの世界に飛び込んだ思い出深い日だ。1987年2月14日に僕は京都駅から東京へ向かった。誰かがチョコレートをくれたかもしれないという想いに後ろ髪を引かれつつ(笑)。翌日からラグマガでバイトを始めたと記憶している。入社前の試用期間みたいなものだった。会社では、体育大学のラグビー部出身って、いったいどんなヤツなのかと話題になっていたらしい。「来てみたら子供だった」と先輩達は笑った。あれから19年である。87年度シーズン、清宮克幸は大学2年生だった。早稲田の一年生トリオ、堀越、今泉、藤掛が活躍した。当代一のスター選手・五郎丸歩は1歳だった。その87年度日本選手権で早稲田は東芝府中を破ったのである。

僕はいま、ずっと一つのスポーツを見ていられたことの幸せを噛みしめている。

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