ラグビー愛好日記

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このブログについて

プロフィール写真【村上晃一】
1965年京都市生まれ。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。
ラグビーの現役時代のポジションは、CTB(センター)、FB(フルバック)。1986年度西日本学生代表として東西対抗に出場。
87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者、ラグビージャーナリストとして活動。J SPORTSのラグビー解説は98年より継続中。1999年から2019年の6回のラグビーワールドカップでコメンテーターを務めた。著書に「仲間を信じて」(岩波ジュニア新書)、「空飛ぶウイング」(洋泉社)、「ハルのゆく道」(道友社)、「ラグビーが教えてくれること」、「ノーサイド 勝敗の先にあるもの」(あかね書房)などがある。

日記 2005年07月16日

東京です。

ラグビー愛好日記 by 村上 晃一
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網走から帰ってきた。ゆっくりしたかったけど今回は下準備なので一泊だけ。きのうも紹介した網走でのトークイベントだが、今回は、JPORTSと網走市の主催なので、網走市教育委員会の方に大変お世話になった。帰る便が午後だったので、教育委員会の岩本さんに午前中、博物館「網走監獄」に連れて行ってもらった。

刑務所と北海道の開拓史というのは密接に関係していたんだと感銘を受けた。つまり労働力。開拓工事の最中に亡くなった方も多いそうだ。五翼放射状平屋舎房は柱に数字をふって慎重に移築・復元されたものらしい。看守さんが一人でも全部見渡せるように、通路が五本伸びていて、その脇に雑居房や独房が並んでいる。よくできてたなぁ。出口近くで、懲罰房という真っ暗な部屋に入ってみたのだが、闇だった。怖かった〜。

網走というと刑務所のイメージがあるが、オホーツク海の流氷や、世界遺産で話題になった知床半島を望むこともできるし、網走湖もある。観光地として成り立っているわけだが、そこに近年加えられたのがスポーツだ。特にラグビーは夏合宿地として完全に定着した。

網走だけでなく、北見、美幌なども含めると、今夏、北海道にはトップリーグ12チーム中、三洋電機ワイルドナイツとトヨタ自動車ヴェルブリッツをのぞく10チームが集結する。そして練習試合を繰り広げるわけだ。実は網走で最初に合宿したのは法政大学である。法政というのは、菅平合宿のパイオニアでもあるし、そういう精神があるのかなぁ。

日本代表が初めて合宿したのは、92年、小薮修監督の時代だ。僕もこのとき初めて網走に行った。セレクションマッチは凄まじい気迫だったと記憶している。確か、吉田義人選手と大東大のロペティ・オト選手が激しくぶつかりあった時に、騒いで見ていた高校生が黙ってしまった。それくらい鬼気迫るタックルの応酬だったのだ。

AチームのFW第三列は、梶原、中島、ラトゥー、対するBチームは小村、井沢、冨岡洋、Cチームが清宮、大内、カレタだ。SHは、堀越、オニール、安東、西田の争い。CTBには、朽木、元木、細川、藤掛らが名を連ねていた。HO薫田、LO桜庭、林敏之ら往年の名選手も多かった。ざっとメンバーを見渡して、今も現役なのは、元木、清水(神戸製鋼)、松田(東芝府中)、西田(クボタ)、坂田(サントリー)選手あたり。でも、引退した多くの選手が、その後、監督やコーチになっているのは嬉しいね。

◎愛好情報・海外編
ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズNZツアーのプレーヤー・オブ・ザ・シリーズにダニエル・カーターが選ばれた。最初の2テストの活躍から当然だし、これで彼も真に世界的スターになったことになる。
7月10日にトライネイションズ(7月30日〜)のNZ代表スコッド26名が発表された。当然ながら、プレミアシップに移籍したマーシャルはいない。SHはウェリントンのピリ・ウィープがケラハーともに入った。ロコゾコも代表復帰。初選出は、オークランドのPRジョン・アフォア(21歳)だ。この3人以外の23名はライオンズ・シリーズのメンバー。

追記◎土曜日はNECグリーンロケッツの「あびこラグビーフェスタ」に行きます。受付開始が3時半、最後は花火もあるよ。

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