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帝京大学 vs. 早稲田大学
思い込みか。もっと言い切ると思い上がりか。でも、このクラブに籍を置いた有名無名の人間は信じている。
「早稲田は切れない」
ここでの「切れる」は「短気」でなしに「放棄」を示す。早稲田大学ラグビー部、その代表選手とチームは切れない。いつもいつも勝つわけではない。ときに大敗もある。そうであろうと心だけは切れない。最後の最後まで走り抜く。
2023年1月8日。全国大学選手権決勝。早稲田は帝京に大敗を喫した。20ー73。前半は前へ出るタックルは通じていた。ただし球の奪取には届かず抜かれると個のヒットがおぼつかない。チームとして切れたとまでは書きたくない。しかし切れた選手は皆無だったとも記せない。ひとりが切れたら、こらえる壁も崩れ倒れる。あの場で自暴自棄になるラグビー選手はいない。誰であれ主観的には力をふり絞っている。ここは観客や視聴者が決めればよい。
1977年1月15日。同じ国立競技場で早稲田はファイナルに散った。学生と社会人のそれぞれの覇者がぶつかる日本選手権である。新日鐵釜石との顔合わせだ。国立競技場をそのころのカウントで「62000」の大観衆が埋めた。
27ー12。社会人が勝った。日本代表ロックとなる釜石の畠山剛の後年の一言を紹介したい。
「社会人のチームはどっかで(試合が決まると)切れちゃうんだけど、早稲田だけは最後の最後まで切れなかったんですね。あれはいいチームでした」
『釜石ラグビー栄光の日々』(上岡伸雄著、中央公論新社)から引いた。早稲田についての書でなく釜石のストーリーにさりげなく語られた。畠山剛のメンバー表の出身校は「秋田西中」。義務教育を終えると上京、杉並の中華料理店で鍋をふり、自衛隊を経て、釜石に迎えられた。大学とは遠いところを生きた異色の豪傑が大学生の粘りを称えた。
「しぶといっていうか、しつこかったですね」。「これでもか、と、ねばりついてくる感じです」。キックオフの芝へ向かう途中、鉄柱に額をぶつけて早稲田の選手を威圧した男はそうも話している。
粘りの正体とは何か。ひとつは「成功例」だ。気持ちの切れないチーム、先輩、先人を見る。知る。これがないと危機や困難に士気を保てない。常勝クラブ、そこに至らなくとも栄冠を知る部が比較的、粘り強い理由だと思う。プライドにも近い。
さらに「自意識」。独善でも「私は切れない」と信じ込む。根拠は過去の成功のもたらす自信、そうした経験のない場合は厳格な鍛錬でつかむ「よりどころ」だ。これだけ走った。これだけタックルのダミーを倒した。これだけスクラムを組んだ。というような。
帝京大学 vs. 早稲田大学
ただし「切れない」と信じる部員が15人並んだだけではチームは切れる。日常に「切れることを許さぬ環境」がなくてはならない。ラグビーが上手でも切れる人間は軽蔑される。上手でなくとも切れなければ尊敬される。そのことが酸素として練習やミーティングの場を覆う。新人の入部初日に雰囲気は充満しており、そうでなくてはならぬと意識する。それが環境だ。
軽率な瞬間を鋭く友に責められる。体を張らなければ、いかなる才能であれ、結局は修羅場に友を泣かせるのだから、いまのうちに降格させる。毎日の緊張が決戦の天秤をわがほうへ傾ける。
粘りとは「友と友のあいだ」の濃度と密度である。友とはまさにチームの友。ラグビーが集団の球技である以上、あらゆる攻防は単身では完結しない。ひとりソフトなタックルで抜かれたとしても、その前の友の支えは関係している。
だからフィットネスの醸成も「友と友」を離れないほうがよい。個別の持久力の記録を伸ばし、管理するだけでは、各人の限界を突破できない。
2008年、かつてのオールブラックスの怪物WTB、ジョナ・ロムーがこう話した。直接耳にして少し驚いた。
「ニュージーランドにも罰走のような練習はありました。何十回もグラウンドを往復させられる。タイムを切れなければ回数は増す。もう足は動かない。頭は下がる。でも、ふと両脇を見ると仲間も同じように走っている。こいつらが一緒なら乗り切れると思える。窮地に立たされれば人間の本当の姿もわかります」
友と苦しむのは、ひとり苦しむのとは違う。ハードな鍛練にもパスをつないで励まし合う。先にめげるわけにいかぬから底力が引き出される。すると友と友とあいだに不可視のつながりができる。これが僅差リードの残り3分、自陣ゴール前のピンチをはねかえすしつこさをもたらす。勝機の消えた残り15分の意思や身体のしぶとさを生む。
帝京大学は見事だった。揺るがぬ攻守の背後に練習の「緊張」が見えた。わずかに手を抜けばポジションをなくす。タックルを逃げたら自分のかわりに紅いジャージィをまとう後輩の顔がたちまち浮かぶ。決勝では正15番の谷中樹平が負傷欠場、山口泰輝が抜擢された。ラグビーマガジンの写真名鑑に見つからぬ3年生はキックをつかむや、堂々と縦への突破を繰り返し、早稲田の心理を圧し潰した。王者は、仮に、もっと強大な相手とここで当たって敗色濃厚でも切れないだろうと想像できた。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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