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ラグビー コラム 2021年9月8日

この瞬間がヒストリー ~大学ラグビーの開幕を前に~

be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大
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この瞬間がヒストリー ~大学ラグビーの開幕を前に~

大学ラグビーには年限のもたらす魅力がある。ひとりでも卒業を控えたメンバーが含まれていたら、シーズン最終戦ののち、そのチームはもう存在しない。そこで永遠に消える。

全国規模でなく、たとえば関東をふたつに分けたグループのひとつの側のひとつの試合に勝って泣き、負けて涙し、引き分けて首をかしげる。狭い世界の酸素は濃い。あんまり濃くて、ときに息が苦しい。

ラグビー観戦の楽しみは競技レベルの高さだけがもたらすわけではない。国際級プロのひしめくリーグの一方的な攻防より、未熟な若者の大接戦のほうがおもしろかったりする。学生でも最上位グループの大差のゲームよりも下部の好敵手のぶつかる真剣勝負に引き寄せられる。コンタクトをともなうので、スキル、パワー、スピードとは別の要素が必ず引き出される。どのカテゴリーにも「勇敢」や「ひたむき」の出番はあって、同格のそれらが激突すると心は動いた。感動の条件は、部員や指導者の情熱、その帰結としての努力である。

先日、東京大学ラグビー部出身の人物に以下の話を聞いた。1980年代の思い出。

ある日、駒場のグラウンドに関東学院大学の春口廣監督が突然現れた。ざっと3時間、じっと練習を観察していた。いま調べると、リーグ戦1部に初昇格を果たすことになる1982年、もしくは、その翌年の春あたりかと思われる。

そのころの東大ラグビーには独自のスタイルがあった。まさに限られた陣容ながら、低いタックル、複数が組み合って矢じりのように球を乗り越えるラックで奮闘した。82年度の早稲田大学戦は4ー24。トライ数は1対2であった。ちなみに同シーズンの早稲田は対抗戦で明治大学を23ー6で破り、全勝での首位に浴している。

春口監督はヒントを得ようとしたのだろうか。そこにいた東大部員の記憶では「わたしは本気で日本一をめざしている。君たちも高い目標を持ってください」と円陣の前で話した。関東学院は、ひとつずつ階段を昇り、97年度、ついに全国大学選手権初制覇を遂げた。

上位校でないクラブの長い練習を見つめる。そこに気鋭の監督の情熱はほとばしった。そう。学生ラグビーとは、それぞれのクラブのそれぞれの指導者やひとりひとりの部員が「いかに生きるか」を競うチャンピオンシップでもある。

伝統とは瞬間の堆積だ。古いクラブも、仮に昨日創設されたクラブも、いまそのときだけが長大なヒストリーを築く。

2020年11月30日。秩父宮ラグビー場。慶應義塾大学が帝京大学を29-24で破った。そこまで2勝4敗の黒黄ジャージィは大学選手権出場の可能性をすでに断たれていた。しかし「ひとつの決闘」に全力で挑んだ。4年のフランカー、川合秀和の攻守は際立っていた。どう形容するのか人間の計量不能の力を示して、おかしなくらいゲインとタックルを繰り返した。

最終学年の最後の公式戦が青年の使命感や生命力を奥底からつかみ出した。スプリングボクスともイングランドともジャパンとも別の次元における一幕だ。それどころか全国選手権とも結びつかない。なのに瞬間を生き切って、そのことは100年後の慶應ラグビーとつながっている。

1985年11月17日。滋賀・希望ヶ丘競技場。大阪体育大学が同志社大学の関西Aリーグ連勝を「71」で止めた。34ー8。フランカーの永田克也は開始前、ジャージィ姿の写真を後輩に撮らせた。坂田好弘監督は「チャラチャラしたことするな、と叱った」(『心で見る』)。違った。「親に遺す形見の写真」(同)の覚悟なのだった。

青春の思い込み。振り返る微笑ではあろう。ただし、からかって笑うような出来事ではない。あの瞬間が歴史なのである。おかしなほどの熱はガリバーのごとき同志社の独走をとうとう阻んだ。

日本選手権2017準決勝 サントリーvs帝京大学(松田力也)

2017年1月21日。花園ラグビー場。帝京大学は日本選手権準決勝でサントリーに敗れた。29ー54。4トライを刻む健闘だった。真紅の背番号5は姫野和樹、10番が松田力也である。

このゲームを当時のパナソニックに在籍、ワラビーズの誇ったワールドクラスのフランカー、デビッド・ポーコックが目撃している。同会場での第1試合を制して現場にいた。ターンオーバーのおそるべき名手はのちに述べた。

「日本の大学のレベルの高さが印象に残る。帝京があそこまで戦えるとは」

2年後のワールドカップで姫野と松田はベスト8へ進んだ。トップリーグでも各大学を経由した若手が続々と実力を発揮した。「狭い世界にたぎる熱」には人材を育む働きが確かにある。 

大学ラグビーが始まる。昨年同様、新型ウイルスの憎き出現により、次のシーズンはもうそこにいない学生とチームの切実がいっそう迫る。クラスター発生、社会状況の変化、なにが起きるかわからない。だから目の前の攻防を大切に感じる。どこかへ向かうのではなくいまここに完結する。それもラグビーだ。

文:藤島 大

藤島大

藤島 大

1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。

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