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ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ vs. 南アフリカ代表
生きるか死ぬか。こんどの土曜、8月7日、南アフリカ共和国のケープタウンで「決闘」が行われる。ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズと南アフリカ代表スプリングボクスの第3戦。ここまで1勝1敗だから、シリーズ覇者を決める「ディサイダー」だ。J SPORTSのライブ放送は日付の変わった深夜0時30分に始まる。
激突を前に激突は始まっている。いわゆる「マインド・ゲーム」。戦いを有利に進めるために世論をかき乱し、さまざまな心理的圧力を相手やレフェリーに与える。
もっぱら主役は、スプリングボクスのダイレクター・オブ・ラグビー、2年前のワールドカップを制した前監督、ラッシー・エラスマスである。
スプリングボクスはテストマッチ初戦に後半の失速をつかれて敗れた。するとエラスマスは、私的なSNSのアカウントを用いて、オーストラリア出身のレフェリー、ニック・ベリーの「誤審」を枚挙する。映像を駆使した自身の1時間にもおよぶモノローグを通して世界に不満を拡散させた。
直接、話し合う。記者会見で疑義を述べる。そこまでが限度だろう、と、むき出しの批判は批判を浴びた。
「ラッシー・エラスマスはラグビーの品位と尊厳を打ち棄てた」(英国のガーディアン紙の見出し)。国際統括機関のワールドラグビーも「規範に違反」について本人の聴聞に踏み切ると発表した。
SNSの普及は「普通の人」が、たとえば、ひいきチームの不利となったレフェリングについて意見を述べる機会をつくった。鋭い視点は多々ある。まったく悪いことではない。
しかしスプリングボクスのダイレクター・オブ・ラグビーは総監督ともいえる「公人」である。私的と断って、ひとりカメラにとうとうとレフェリーの個別の判定を語るのはラグビー文化の範疇を外れた。
ラッシー・エラスマスは「勝つ人」だ。実際、ワールドカップ日本大会での骨の太いコーチングや繊細なマネジメントは見事だった。就任から約18カ月で栄冠をもたらした。
そして勝ったあとは謙虚だった。優勝後の表彰セレモニーでキャプテンのシヤ・コリシに「ともにカップを掲げてほしい」と頼まれたのに断った。舞台上の記念撮影では左の隅に小さく写っている。のちに明らかとなるが、期間中、「自己免疫疾患」というやっかいな病とこっそり戦っていた。チーム内でもごくごく少数の人間しか知らなかった。
昨年2月、それこそSNSで大会におけるチームトークの一部映像を公開した。密室で選手を鼓舞する言葉だ。
「個人のスタッツなんか気にするな。自分のことはどうでもいい」。ホワイトボードを背にかみしめるように発声する。「120回のタックルで80回成功したほうが50回で4回だけのミスよりも上なのだ」。
こんなことも言った。「南アフリカの社会で起きていることを考えたら、いまの大変な思いなど苦しみのうちに入らない」。エラスマス自身の代表現役時代のあやまちも隠さずに述べる。いわく「チームのウイルス(!)に近かった。練習では不平分子だ。ワイフですら『あなたは悪い人だった』と明かしたくらいだ」。
同じ人物が露骨なレフェリー批判で名声を汚す。ラグビーのコーチの「善と悪を隔てる皮膜」は案外薄い。もっとも本人には織り込み済みの気配もある。非難の矢をすべて自分に向けさせ、実利を得つつ、現場の指導陣や選手を守る。心理戦には先手の強みは確かにあって、ブリテイッシュ&アイリッシュ・ライオンズ陣営は相手の不行跡に対してストレートにやり返すわけにもいかず「よい子でなくてはならない」という息苦しさを覚える。
さて決闘の行方は。世界チャンピオンと英国およびアイルランドの選りすぐり。どちらに傾いても、ほぼ互角と見るのが当然で、なるほど、それぞれのチーム、おのおのの選手の心理のありか、レフェリーの笛のあれこれが生死を分けそうだ。マインド・ゲームの忍び込むスペースはどうしても存在する。
公式のメンバー発表の2日前に書いている。現地では、スプリングボクスの本来のナンバー8、ワールドクラスのドウェイン・フェルミューレンが「足首の負傷から月曜の練習に復帰」と報道された。もしコンディションが整い出場可能なら南アフリカ国民には朗報である。ここまで代わって8番を背負った初戦のクワッガ・スミス(ヤマハ発動機ジュビロ)、2戦目のヤスパー・ヴィサは、キックオフ、リスタート、ハイパントの空中戦で標的とされ、やや精彩を欠いた。
2戦目で途中退場のこちらもワールドクラス、身長2mのピーター=スティフ・ドュトイの状態も影響するが、最終戦は、ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズがいかなる編成をしようと、 FW第3列の「高さを含む強さ」のバトルが白黒を決めそうだ。スプリングボクスはドュトイかフェルミューレンの少なくともどちらかがフィールドにいないと迫力を欠く。
ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズは2戦目で劣勢だったキック処理とそこからの攻防、後半ことに乱れたスクラムの修正に励んでいるはずだ。15番にキックをうまく捕るウェールズのリアム・ウィリアムズを起用すべきとの意見は各方面より盛んだ。
南アフリカは「キックばかりの退屈戦法」に徹して動じない。動くのはブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズのほうだ。真っ向勝負か。スキルフルな布陣を組んで美しく勝利を追うのか。背番号10にスコットランドのフィン・ラッセルを起用するなら後者である。あえてイングランドのオーウェン・ファレルを10番の王様と遇して、ダイレクトな肉弾戦を仕掛けるのもひとつの手かもしれない。衝突でゆずらなければ、選ばれし者どもの芸術性は自然に噴き出る。
最後に注目の男を。スプリングボクスのロック、ルード・デヤハー。205cm、112kgの巨漢は第2戦の途中から出場、たちまちモールとスクラムの安定をチームに与えた。みんな大男なのに大男の中の大男がいるといないでは大きく違った。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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