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ラグビー コラム 2019年6月12日

ラグビーを愛するトップビジネスマンに聞く~片山酒造 片山 貴之社長~

ラグビーのすゝめ by 村上 晃一
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片山 貴之

明治12年創業。人の手によって作られた日本酒の味わいを

──ラグビーの話に入る前に、まずは片山酒造の歴史から教えていただけますか。

「明治12年、1879年創業です。新潟の柏崎から出てきた人が初代で、私で6代目になります。初代は雪深い農家の人で、冬の出稼ぎで酒造りの職人としてこの地で働いていました。腕が良かったので独立することになったようです。明治の初期で、バイタリティーのある人が商売を始めることの多い時代だったでしょう。うちの創業者もフロンティア精神があったのだと思います。働いていた酒蔵を離れ、ここ今市(いまいち)にやってきたのです」

──だから、看板商品は「柏盛(かしわざかり)」と名付けられているのですね。なぜ今市だったのでしょうか。

「日光連山の華厳滝(けごんのたき)から下ってきた川が大谷川(だいやがわ)と言いまして、この店から300mほどのところを流れています。その流れに沿って扇状地があり、今市エリアに湧水が出ます。昔から水が良い場所として知られていたそうです。また、今市宿という宿場町として繁栄していたところでもありました。日光街道、会津西街道、例幣使(れいへいし)街道という3つの大きな街道が交差しているところで、商業も盛んでした。きっと初代は、水がよく、商売もやりやすいので、この場所を選んだのでしょう。今でもうちは生活用水も含めて100%井戸水を使っています」

──片山さんも、お仕事の手伝いなどされながら育ったのでしょうね。

「実はあまり手伝いはしなくて(笑)。私が子供の頃は新潟から職人さんが住み込みで働きに来ていました。世の中が豊かになり、新潟の地元でも仕事があって職人さんが来なくなった。それがこの30年くらい、我々が感じる社会の変化です。うちも私の弟が杜氏(とうじ)免許をとって、兄弟で酒造りをしています。どこの酒蔵も社員や家族が免許をとる形です。片山酒造も、私と弟、母と妻、そして社員3名でやっています」

──酒造りにも特徴があるそうですね。

「創業以来、佐瀬式という方法を採用しています。もろみをひとつひとつ、人の手で袋詰めし、丹念に積み重ねてから上からゆっくりと圧をかけてお酒を搾ります。油圧を使わず、重しを乗せるだけでじっくり絞る。この作業を何度も繰り返し、ようやく販売できる量を確保するのです。現在、栃木県内でこの方式で圧搾している酒造メーカーは1割程度しか存在しません。人の手によって丁寧に造られた本来の日本酒の味わいを、より多くの人に知ってほしいのです」

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