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練習は不可能を可能にする。
──若き日は慶應大学の大型フランカー。まず古くからのラグビー愛好者のために聞かなくてはなりません。4年生のシーズン、1985年1月6日、黄金期の同志社との大学選手権決勝における有名な場面について。あれ、スローフォワードではありませんよね?
「それは、もう言っても仕方がないですよ。いまなら、これ(と両手でテレビ・マッチ・オフィシャルの仕草をつくる)なんでしょうけど」
──かの平尾誠二らを擁し、3連覇をめざす同志社に試合終盤で6対10。もしレフェリーの笛が鳴らずポスト近くへのトライが認められていたら、おそらく優勝していた。
「あのころの慶應はスター選手の獲得はままならなかった。内部進学と勉強のできる受験突破組だけでチームをつくる。それでも勝つというビジョンを掲げたときに練習しかないんですよね。あの過酷な山中湖の夏合宿。もう2度とやりたくないですが、あの合宿を経験したことで、その後も、こわいものがなくなった。何かあっても『死にゃあしないよ』と思えるようになった。何度も倒れて、また立ち上がって、限界が来てもよだれを垂らしながらでも最後の力を振り絞って限界を超える練習をする。それを続けたら、関東対抗戦で優勝、幻のスローフォワードがなければ全国制覇できた。この実体験は個人的には大きいですよね。練習は不可能を可能にする。その思考はラグビーだけでなく経営にも通じます。昔の慶應ラグビーの熱量、練習量に現在のロジックが掛け合わされたら強いでしょうね」
──現実の経営にもいかされる?
「ラグビーは、アメリカンフットボールとは違い、ヘッドコーチがタッチラインのすぐ横から何もかも指示するわけではない。試合前の戦略、戦法はもちろんある。役割についての指示も発せられる。しかし、いざゲームが始まれば、キャプテンのもとで、ひとりひとりが状況に応じて適切な判断をしていく。阿吽の呼吸で周囲も動いて勝利に結びつけていく。いまの企業経営は、めまぐるしい環境の変化に適応しなくてはならない。CEО(最高経営責任者)だけが指示を出すような組織では勝てません。現場のプロフェッショナル、司々のキャプテンが臨機応変にジャッジメントしていかなくてはならない。そうした戦略論、組織論としてもラグビーは有効です。もうひとつは精神、文化の側面ですね。強い組織には根底にDNAやカルチャーがある」
──慶應ラグビーにもありましたね。
「花となるより根となろう。五郎丸(歩)の華麗なトライも右プロップのスクラムでの踏ん張りがあるから生まれる。当社でも、約8000人の『テスター』と呼ばれる専門家が、ソフトウェアの検証に従事している。ひとりひとりの地味な作業、努力がなければ勝利はない。前職のコンビニエンスストア(『ローソン』の経営)でも、ひとつひとつのレジ打ち、ひとりひとりの笑顔こそが大切なのです」
──土台、根っこ、ラグビーそのものでもありますね。
「イギリスのスポーツ、ラグビーのスピリットを貫くのは『ノーブレス・オブリージュ(位高き者、努め多し)』や『フェアネス』だと思います。さらには勇敢さ、相手への敬意、寛容の精神も。リーダーを養成するための心構えというか、そういう力がラグビーにはある。よくできてるんです。それらは強い組織、いい会社をつくるために重要な要素でもあると私は思います。」
元シンガポール代表
──自身のラグビー歴を。
「慶應の普通部(中学)に入って、たまたまグラウンドで見たんです。まず、おもしろそうだなあと思った。周囲からは、ラグビー部は大変だぞ、先輩はこわいし、落第するぞと言われましたが、それでますます興味がわいて、いざ入ったら、あっという間に好きになった。ただ高校のときは強豪のひしめく神奈川県の予選を突破できず、悔しくて悔しくて、同時に、努力しても勝てないのなら続けても仕方がない、という気持ちにもなりました。大学ではラグビーとは離れた生活を送ろうかなと、しばらく迷った。結局、途中でやめるのはよくないと考え直し、少しだけ遅れて入部しました。卒業して旭硝子に入り、シンガポール駐在になると現地のクラブでもプレーしました。31歳で香港セブンズにも出場しましたよ」
──あの有名な大会に。
「シンガポール代表に選ばれたんです。ジャパン代表にはなれなかったけど。香港セブンズではオーストラリアと対戦、ボールをつかんだら目の前にティム・ホラン(ワラビーズの世界屈指のセンター)がいた。普通、セブンズはパス。でも、こんなチャンスは2度とないと、思い切り突進しました。ティムは脳震盪、僕は膝の靭帯切断。3度も手術しました。それで引退です。ティムはカケラも覚えてないと思いますけど」
──いわばラグビー漬けから企業人へ。出発点である旭硝子時代の話を。
「節目節目で適切なピリオドを打つことも重要だと考えていました。社会人になったら会社が勝負の場だと。入社後、千葉の工場に配属されました。最初の会議で、東大や早稲田卒の同期が、次々と意見を言う。でも僕は何を話しているのか理解できない。化学品の工場というのは専門用語であふれているんです。宇宙にきたような感覚。それでスイッチが入りました」
──まずどこから始めましたか。
「ノー・マニャーナ。スペイン語で『明日はなし』。わからないことを絶対に次の日に先延ばしにしないと決めた。そうすると大変なんですよ。なぜ、あのタンクとこのタンクを混ぜるとこんな製品ができるのか。なぜ、あの商品は船でなくトラックで運ぶのか。なんで、こっちはキログラム単価なのに、あっちはリットル単価なのか。無限の疑問がわく。それを現場の先輩にメモを手に聞きまくるんです。そうするうちに編み出した『技』がありました」
──なんですか?
「『マルチプル・クエッション』。あれとあれを混ぜると何ができるんですか? これはシングル・クエッションですよね。その質問をして、現場の先輩の顔を見て優しそうだったら、さらに、たとえば、それに付加価値をつけるためにどういう工夫をするんですか、と聞いていく。現場のおじさんって、本当は若い人に教えるのが好きなので、お前、そんなことも知らないのかと言いながら、丁寧に教えてくれるんですよ。工場には2年いたんですが、最後のほうは会議で現場しか知らないような細部まで説明できるようになった。そういうことは勉強だけではわからないんです。そこで学ぶコツをつかんで、そこからは海外勤務したときも、同様に「ノー・マニャーナ」の精神で取り組んできました。」
巻き込む力
──会社を元気にできるリーダーに求められる資質とは?
「アジェンダ(行動計画)やビジョンの設定能力。そして巻き込む力。会社のポテンシャルを具体的に広げるためには、リーダーが台風の目になって仲間を巻き込まなくてはならない。さらに、チャンスとピンチをかぎわける嗅覚。現場の声やお客様の反応等にアッと気づく感受性。それらをただちに実行する行動力・推進力。これがリーダーには必要だと思います。」
──ワールドカップ開幕が近づいてきました。
「首都圏だけではなく全国の人たちが本物のラグビーに触れる。素晴らしい機会だと思います。サンウルブズというプラットホームができて、世界のスタンダードを知って、ダイバーシティー(多様性)のあるチームが生まれ、ジャパンは確実に強くなっている。楽しみですね」
代表取締役社長CEO 玉塚 元一
昭和60年慶應大卒、旭硝子株式会社(現:ACG株式会社)入社。
平成10年株式会社ファーストリテイリング入社、平成14年同社社長に就任。
ローソン社長などを経て、平成29年株式会社ハーツユナイテッドグループ(現・デジタルハーツホールディングス)社長CEO。
株式会社デジタルハーツホールディングス
ゲームソフトの不具合を検出する「デバッグ」を中心に事業を展開。現在は、「第二創業期」として、ゲームデバッグで培ったノウハウやアセットを活かし、エンタープライズ領域におけるシステムテストやセキュリティ等の新規事業拡大を推進。
https://www.digitalhearts.com/#scene01
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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