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モータースポーツ コラム 2026年1月23日

宮田莉朋 FIA F2奮闘記(第3回)|どん底を味わった2025シーズン、そこで支えになった大きな存在

モータースポーツコラム by 吉田 知弘
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宮田莉朋

2025年もF1直下のFIA F2で孤軍奮闘する宮田莉朋。参戦2年目となった2025年は第9戦スパ・フランコルシャンのフィーチャーレースで2位表彰台を獲得したものの、シーズン全体を通してトラブルに悩まされるレースが多く、年間ランキングは17位。本人も日本で応援するファンも望んでいた結果を出すことができなかった。

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宮田は2023年に国内二冠王者に輝き、翌年からFIA F2に参戦を開始。その様子を追いかけるべく、さまざまな方の協力を得て、筆者は何度か現地に足を運んでいる。3回目となる今回は、アブダビのヤスマリーナサーキットで行われた2025年の最終戦を取材してきた。

現地で彼の様子を見るのは、2025年7月のシルバーストン大会以来。スパでの2位をはじめ、第12戦バクーでもポイントを獲得するなど、苦しい中での徐々に手応えを掴みつつあったようで、レースウィークが始まる前は割とリラックスした表情をみせていたが、いざ走行セッションが始まると、ライバルとの僅かの差を埋めることができず、その表情は徐々に曇りがちに。ヤスマリーナでの最終戦はスプリントレースで14位、フィーチャーレースでは展開にも恵まれて8位でフィニッシュ。苦しい1年ではあったが、最後はポイントを獲得してシーズンを終えた。

 

「『もう少しこうすれば良かった』というのは多少ありますけど、この週末ずっと悩まされていたバランスがありました。だからと言って、それが今回に始まった話ではないので、ずっと苦しんでいましたけど、自分のできる限りのことはやりました」と最終戦を振り返った宮田。改めて2025シーズンについては、このように語った。

「自分のレースキャリアでも、こんなに厳しいシーズンはなかったので……正直『もうレース(をする機会が)なくなるかもな』というくらい、どん底を味わいました」

スーパーフォーミュラとSUPER GT(GT500)でダブルチャンピオンに輝き、翌年からFIA F2に参戦。周囲からは“日本で実績を残したドライバーがヨーロッパの舞台でどこまで通用するのか?”という目で見られてきた。

1年目はヨーロッパでの経験不足が露呈するところもあったが、2年目に関してはその辺の言い訳ができない。本人もそれを十分に理解していたが、自身やチームで対処できない部分で問題を抱え続けたシーズンで、7月のシルバーストンでも「歯がゆさを感じる」と語っていた。

しかし、モータースポーツの世界は結果が全て。ポイント圏外で終わるレースも多く、そのたびにネット上でも厳しい声が散見された。もちろん宮田も結果を残したい気持ちが人一倍大きかった分、精神的にタフな状況下にあった模様。シルバーストン後の奮闘記でも少し触れたが、あの時の宮田は“悔しい”とか“苦しい”という言葉だけでは収まらないほど、どこか追い詰められたような表情をしていた。

「正直言うと……あの時(シルバーストン)の僕には“将来がない”という状態でした。ただ、あの時にMORIZOさん(トヨタ 豊田章男会長)が僕をすごく助けてくれたというか、僕のことをすごく応援してくれて……スパで何とかベストを尽くして結果を出すことができたので、そこで首の皮一枚が繋がった感じでした」と宮田。

「こんなにどん底のなかでも、特にMORIZOさんは僕のことを気にかけてくれました。だから、僕もこうしてレースに集中できましたし(周囲の雑音など)シャットアウトするものはシャットアウトして、とにかく自分のできることは最大限できたと思います」

「本当にMORIZOさんとTGRの皆さん、そして僕を現場で支えてくれているスタッフの皆さん。あとはスポンサーや家族に本当に感謝しています。皆さんのサポートがなければ、2025シーズンはもちろん、F2に挑戦することすらできませんでした。本当に僕は助けられたし、あとは前を向いて頑張るだけだなと思っています」

詳しい言及は控えた宮田だが、どうやら夏場のタイミングで何か転機になったことがあったようで「より一層強い覚悟のようなものが芽生えましたし、この想いと夢を実現しないといけないんだなと、つくづく感じています」と、それでどんなに苦しい状況でも前を向いて頑張ることだけを強く意識しはじめた様子。そして、MORIZOの支えが大きかったことを繰り返し強調していた。

 

「この状況でも、絶対に諦めてはいけないなと思いました。だから自分はここにいるし……嫌な思いもたくさんしましたけど、こうやって自分を見てくれているMORIZOさん、あとは現場で僕についてくれているみんなが支えてくれていたので、絶対に彼らの想いに応えたいと思ったし、諦めずにやることが、今の自分がやるべき最大限のことなのかなと思いました」

「2025年は『申し訳ない』だけじゃ済まないくらいのシーズンになってしまいましたけど、そのなかでもMORIZOさんは僕をずっと応援してくれました。それが本当に嬉しいです。2026年は、ずっと掴みたかったシートなので、絶対に期待に応えて、MORIZOさんとともに夢に向かって頑張るだけかなと思います」

思うような結果はついてこなかったシーズンではあったが、苦しい状況の中でも得たものはたくさんあったという。

「昨年とは違った経験を積めましたし、シーズンが進んでいく中で、自分の中での引き出しが増えたと思います」と宮田。

「クルマがこういう状態だったらこうするとか、こういうシチュエーションだったらこうするとか……その瞬間に起きたことに対する対応力は2024年よりも上がったと思います」

「2025シーズンはトラブルで最後まで走り切ることも出来なかったレースもありました。それがなかったら自分の経験値もさらに上げられたと思います。だけど、自分の引き出しとか、やり方という部分は、自分が(日本で)ダブルタイトルを獲った時よりも幅は増えたと思うし、自分に対してという成長の幅は、結果は出ていないですけど、すごく体感できました」

「どん底のシーズンを経験したというのは理想のシチュエーションではなかったですし、自分でどうしようもできないものもありました。だけど、改めて自分を見直せたなと感じています。『こういうふうにすれば、もう少し良くなるのかな』とか、私生活の部分でも自分ができる最大限のことを取り組めたので、そういう新たな発見を見つけられる機会だったのかなと感じているので、自分の中では、いろんなことを見つけることができたシーズンでした」

そして、参戦3年目となる2026年は昨シーズンのチームランキング2位であるハイテックTGRへの移籍が決まった。「本当に掴みたかったシートなので、絶対に結果を出したいです。この掴んだ機会は絶対に逃したくないので、ただ前を向いて一生懸命やるだけです」と、決意を新たにしていた宮田。

どん底のシーズンを味わい、精神的にタフな経験もした2025年。それでも諦めずにF2で3年目のシーズンに臨もうとしているのだが、その原動力となっている想いを改めて聞いた。

「(想いは)ひとつだけです。『F1に乗る、F1の世界で戦っていく』それだけです。僕はずっと世界でレースをしたいと思っていましたし、F1に乗りたい、F1でチャンピオンになりたいという想いでやってきました」

「僕もどん底でしたけど、F1でも角田選手がああいうかたちに(レギュラーシート喪失)になってしまったので、絶対に諦めないし、そこ(F1)に近い位置にいると思っています」

「大げさに言うと“僕しかいない”と思うくらいのものを託されていると思っていますし、だから今回の(F2参戦の)チャンスもいただけたと思っているし、3年目乗れることに関してもそうです。みなさんに応援してもらって僕はここにいるので、改めて自分は恵まれているなと感じます。だから、3年目は絶対に結果を残すだけですし、みんなと一緒に夢に向かって一生懸命頑張ります」

 

そして、最後に宮田はこのようなメッセージも残した。

「ぜひ一度、F2を体験しに現地にきて欲しいです。F2は本当に厳しい世界なので、自分で頑張らなきゃいけない部分は当然ありますが、自分たちでどうにもできないこともたくさんあります。F1ドライバーになる上で『日本で成功した』というのが全く通用しない世界。そういう意味でも自分はたくさん勉強できたし、成長できた2025シーズンでしたね」

FIA F2はF1へステップアップしていくドライバーの多くは、短期間で結果を残して、早ければ1年でF2を卒業するというパターンもある。そういったケースが華々しく見える分、このカテゴリーで3年目を迎えるということに対して、いろんな意見が出てくるのは仕方ないことなのだろう。実際に昨年も国内レースを取材していてFIA F2の話題になったときに「莉朋、ダメじゃん」という声も……正直、チラホラと聞こえた。

もちろん、意見は人それぞれ異なって当然なのだが、本人にしか分からない苦労が現場であるのも事実ではある。そこも頭の片隅に置いておかないといけない部分なのかもしれない。

いずれにしても、2026シーズンはF1ステップアップに必要なスーパーライセンスポイントの兼ね合いを考えると、シンプルに結果が求められるシーズン。このチャンスを活かすことができるのか……。2026シーズンのFIA F2は3月のオーストラリア・メルボルンで開幕を迎える。

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文:吉田 知弘

吉田 知弘

吉田 知弘

幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ

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