クロップさんは素敵な想い出を共有しながらスカウサーになった

素敵な想い出とともにリヴァプールを去っていたクロップさん。選手たちも心からの感謝で別れを惜しんだ

「アールネー・スロット、ラーララーララー」

退任の挨拶だというのに、ユルゲン・クロップ監督は新指揮官に気を遣った。9年間、みずからに贈られたチャントを、来シーズンからリヴァプールの指揮を執るアルネ・スロットにアレンジしたのだ。

なんて監督だ！　なんて男だ！　なんて人だ！

5月19日のアンフィールドはいたく感傷的だった。この日が来ることは分かっていたけれど、やっぱり寂しい。大好きなボスを笑顔で送りたいけれど、やっぱり別れはつらい。

クロップさんと抱き合った瞬間、気丈なフィルジル・ファン・ダイクが落涙した。渾身の『you’ll never walk alone』に、トレント＝アレクサンダーアーノルドの瞳が潤んでいる。

人々の心をここまで揺さぶるとは……。クロップさんの人柄を改めて痛感するあったかくてセクシー、それでいて二度と味わいたくない不思議な時間が流れていた。

さて、クロップさんはみずからが “ヘヴィメタル・フットボール” と名づけた激しいスタイルがクローズアップされがちだ。しかし、巧みなマンマネジメントがスタッフ、選手のハートをつかみ、アンディ・ロバートソンも次のように証言している。

「怒るときはあえて柔らかい表現を使い、われわれ選手に対する感謝の言葉まで添える。最後にはこれからも期待しているよって励ましてくれるから、ボスのためならって気持ちを切り替えられるんだよ」

また、クロップさん本人も「選手のミスはわたしのミス」と語っていた。責任転嫁したり、パワーハラスメントを繰り返したりする上司は、耳の穴をかっぽじってよーく聞きやがれ。

だからこそ、Ａ・アーノルドが「これほど自信と勇気を与えてくれた監督はほかにいない。ありがとうございます」と感謝し、アリソンは「わたしが父を亡くしたとき、だれよりも支えてくれた……」と、言葉を詰まらせたのだろう。

「リヴァプールに希望の明かりを灯してくれた。ビル・シャンクリーに匹敵する存在だ」（スティーヴン・ジェラード）

「なにより彼は人々を幸せにした」（ジェイミー・キャラガー）

OBも賛辞を惜しまない。だれもがクロップさんに感謝している。

8月17日開幕予定のプレミアリーグ新シーズンに、クロップさんの姿はない。最高にカッコよく、どこかかわいらしいアクションも、記憶の片隅に留めておくしかなくなった。

でも、きっといつか、フットボールの世界に戻ってくる。ラ・リーガなのか、セリエＡなのか、ブンデスリーガに戻るのか、あるいは代表チームなのか……。

491戦299勝109分83敗。リヴァプールの監督では歴代トップとなる勝率60・89％を記録した。リーグカップを二度制し、チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ、FAカップ、カップ・ワールドカップ、スーパーカップでも戴冠した稀代の名将は、リヴァプールの歴史に永く、深く語り継がれていくに違いない。

英国のウィンストン・チャーチル元首相曰く──。

「誠実でなければ人は動かせない。人を感動させるには、自分自身が心の底から感動しなければならない。自分が涙を流さなければ、人の涙は誘えない。自分を信じなければ、人には信じてもらえない」

ドイツ人のクロップさんは、素敵な想い出を共有しながら “スカウサー” になった。



〈筆者注〉長い間ご愛顧いただきました『own goal fine goal』も最終回を迎えました。

過剰な表現やケアレスミスも少なくありませんでしたから、数多くのご指摘、少なからぬお怒りはごもっともです。しかし、皆さんのご意見はすべて糧となりました。ありがとうございます。

来シーズン以降、解説はもちろん、原稿でもお逢いする日は必ずやって来ますので、末永くよろしくお願いいたします。

文：粕谷秀樹