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池田太監督
日本女子代表(なでしこジャパン)が、ウズベキスタンのタシケントで開かれているパリ五輪アジア2次予選に出場している。
五輪の男子サッカーは23歳以下の選手による大会(+オーバーエイジ3名)だが、女子は五輪もフル代表の大会だ。しかも、ワールドカップの翌年に続けて五輪が行われるので各国の監督にとってはチーム作りやチーム・マネージメントが難しくなる。
しかも、五輪の女子サッカー出場国はわずかに12。女子ワールドカップは2023年のオーストラリア・ニュージーランド大会から参加国数が32に拡大されたから、五輪出場枠はワールドカップの半数をはるかに下回る。アジアの出場枠も2か国という“狭き門”である。
アジア2次予選には12カ国が参加。4か国ずつ3つのグループに分かれて行われ、首位3か国に加えて2位の中で最高の成績の国の合計4か国が最終予選に進み、2か国ずつ2つのペアでホーム&アウェーで戦って五輪出場国が決まる。
さて、日本はグループCの初戦でインドに7対0のスコアで大勝。そして、10月29日に行われたウズベキスタン戦でも、日本は10分にCKからDFの南萌華がヘディングシュートを決めて先制すると、15分には遠藤純のスルーパスを受けた千葉玲海菜が強引に決めてリードを広げた。前半1ゴールだけだったインド戦を思えば、素晴らしいスタートだった。
「さあ、またも日本のゴールラッシュか」と思われた。
だが、その後、日本は一方的にボールを保持したものの、ただパスを回すだけでシュートは1本も撃たなかった。一方、リードされたウズベキスタンもただゴール前を固めるだけで、試合は2対0のまま終了した。
池田太監督の思惑は、ウズベキスタンを2位で最終予選に進出ささせることだった。
グループAの2位が最終予選に進出した場合、日本はA組1位のオーストラリアと対戦する。だが、サイズの大きな選手を擁してワールドカップでもベスト4に進出したオーストラリアとの対戦は避けたいところだ。
そこで、池田監督はウズベキスタンが2位通過の可能性を残すためにわざと2点差に留めたというのだ。ウズベキスタンは初戦でベトナムを破っているので、最終戦でインドに大勝すれば勝点6で得失点差もプラスとなり、2位通過の可能性が出てくる。ウズベキスタンが最終予選に残った場合、日本はB組1位(韓国か北朝鮮)と対戦することになる。日本にとってオーストラリアより与しやすい相手だ。
こうして、日本はウズベキスタン戦の残り75分間、“無気力サッカー”を展開することになった。
日本がこういう戦い方をしたことは、過去に何度もある。
1968年のメキシコ五輪で、日本はグループリーグ最終戦でスペインと対戦していた。だが、スペインに勝つと日本はB組1位となり、準々決勝でA組2位のメキシコと当たる。開催国との対戦は避けたい。そこで、日本の長沼健監督はスペインとの引き分けを選択した。だが、交代選手を通じて送った“指示”は全選手にうまく伝わらず、日本のシュートがスペインのゴールポストを叩く場面もあった。それでも、日本は無事に2位通過となり、準々決勝でフランスに快勝してベスト4進出を決めた(3位決定戦ではメキシコにも2対0で勝利して銅メダル獲得)。
2012年ロンドン五輪の女子サッカーでも、佐々木則夫監督がグループリーグ最終戦で南アフリカと引き分けて2位通過となることを選択した。
南アフリカ戦はウェールズのカーディフで行われたが、1位通過となると準々決勝は遠くスコットランドのグラスゴーまでの移動を強いられる。一方、2位通過ならカーディフで居残りになる不思議な大会規定だったのだ。そして、無事に2位通過を果たした日本はカーディフでの準々決勝でブラジルを破り、銀メダル獲得につなげた。
2018年ロシア・ワールドカップのグループ最終戦で、日本はポーランド相手にリードを奪われた。だが、同時刻の試合でコロンビアがセネガルをリードしていることを確認した西野朗監督はポーランド戦は0対1のまま終わらせることを選択。勝点や得失点差などですべてセネガルと並ぶが、フェアプレーポイントの差で日本がグループリーグ突破となるからだ。
ギャンブルのような采配だったが、日本は西野監督の思惑通りラウンド16進出を果たす。この“西野采配”は世界から非難を浴びたが、日本はラウンド16で優勝候補のベルギー相手に互角の撃ち合いを演じて非難の声をねじ伏せた。
池田監督の選択もこれらの先輩監督たちと同じだったが、それにしても75分間もの間“無気力サッカー”を続けたというのはギネス級の記録だろう。
当然、他のグループの(とくに2位狙いの)チームからは非難の声も聞こえてくる。ウズベキスタンの監督が日本人の本田美登里氏だったのだから“談合”思われてもしかたがない。
もっとも、2戦目終了時点での成績を見ると、グループBの韓国と北朝鮮がスコアレスドローに終わっており、最終戦で両国がタイと中国を破れば勝点7になるから、ウズベキスタンがどれだけ頑張っても残ることはできない。
グループAではフィリピンが勝点3で2位に付けているが、得失点差は-5。最終戦でフィリピンがイランに大勝できるとも思えないので、現状ではB組2位が最終予選に残る公算が高い。そして、その場合は、日本の対戦相手はそのB組2位チームとなる。つまり、最終戦で中国が韓国を破らない限り、日本の対戦相手は韓国か北朝鮮ということになる。
各国の非難を浴びながらも“無気力サッカー”をやったものの、どうやらあまり役には立たないことになりそうだ。どうしても、ウズベキスタンを2位通過させたかったのなら、さらに踏み込んで引き分けにしてしまう方がよかった。
ウズベキスタン戦の日本はシュートは撃たず、クロスも上げずに終わらせた。だが、攻撃の形を作るところまではシミュレーションを何度も繰り返していた。
僕には、それはまるで「臨界前核実験」のように見えた。包括的核実験禁止条約を結んでいるアメリカやロシアが、核物質が臨界に達して実際に爆発を起こす直前に実験を終了させて核弾頭の性能を試験する実験方法のことだ。
ウズベキスタン戦を見ながら、僕はそんなことを考えていた。
ワールドカップはスリーバックで戦った日本代表は、現在は熊谷紗希をアンカーに置いたフォーバックのテスト中だ。そして“無気力サッカー”となったウズベキスタン戦でも“臨界前核実験”を行った。池田太という監督は、もしかしたら、かなりしたたかな監督なのかもしれない。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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