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とても懐かしい光景だった。
5月28日の日曜日に等々力陸上競技場で柏レイソルと対戦した川崎フロンターレのことである。
川崎は前半の立ち上がり早々から完全にボールを支配した。
そして、開始から約30秒。右サイドを家長昭博と脇坂泰斗のパスワークで崩して、脇坂がクロスを入れるとファーサイドで小林悠が合わせてCKを獲得した。
その後も、川崎がボールを握り続ける。正確なパスを回す。ボールを蹴る。止める。また蹴る。無理はせずに、やり直す……。その繰り返しだ。丁寧な短いパスを回しながら、ヒタヒタと柏陣内深くまでボールを持ち運ぶ。
20分を過ぎるとパス回しのテンポの変化も大きくなっていく。ゆっくりとボールを回していたかと思うと、スイッチを入れて一気にスピードアップ。そこで攻め切れなければ、再びボールを戻してやり直す。
右サイドでは家長、脇坂のパス交換にサイドバックの山根視来も絡んでくる……。
そして、21分には相手のスローインからのミスを見逃さずにボールを奪った小林がそのまま決めて先制。「これだけボールを握り続けて1点だけで終わりか」と思っていたら、前半のアディショナルタイムには右サイドバックの登里享平が脇坂とのワンツーで抜け出して2点目を決め、これでほぼ決着はついたように見えた。
後半は、選手たちに疲れが出たこともあって川崎の攻撃はスローダウンしたが、この日の川崎は守備も非常に硬かった。相手より一瞬早く動き出して、相手のパスコースを遮断して完璧に守り切った。
2年前までだったら「当たり前の光景」だったはずなのだが、試合終了のホイッスルとともに、スタジアムは歓喜に溢れた……。サポーターからも選手たちからも、本来あるべき姿を取り戻した安堵感が伝わってくる。
止める・蹴るの技術と、スペースを作る小さな動きでボールを動かし続けて相手の守備の網に隙間を作って攻撃し、前線からのプレスと連動した守備で素早くボールを回収する。右サイドでの家長と脇坂と山根のコンビネーションも見慣れた光景だったし、決めるときに決めるのはやはり小林だった。
2年前までだったら、きっと、「今日は2点しか取れなかったねぇ」といった反応だったのではないだろうか。
次々と主力選手が流出し、昨シーズンからそうした“川崎らしい”パスワークが見られない試合が増えてきた。それでも、昨年は粘り強く戦ってなんとか勝点を積み重ねて2位に入ったが、今シーズンに入るとゴールはさらに遠くなってしまっていた。
パスは回っているのにゴールは遠く、守備陣に負傷者や出場停止が相次いだことで失点も増える。それに対応すべく様々な戦い方を模索するのは当然としても、新しいやり方に混乱することもあった。そして、そうこうするうちに本来の川崎らしいパスもつながらなくなっていく。
シーズン序盤は得点はなかなか取れなかったものの川崎らしい戦いはできていたのだが、「30周年記念マッチ」として国立競技場で行われたFC東京戦や競り負けた直近の浦和レッズ戦などでは、川崎とは思えないようなパスミスも出てくるようになっていた。
パスの出し手と受け手の意思がズレて、パスが流れてしまう。そんなことは、川崎には縁がない光景だったはずなのに……。
そんな中で、柏戦では本来の川崎らしさに立ち返ったような戦いができたのである。
本来やりたいような試合ができない時にどうするのか……。進むべき方向は2つある。一つは、従来のやり方を捨てて新しい戦い方を模索するという考え方。そして、もう一つは、これまでやってきた形、積み重ねてきた形に立ち返るという考え方。
もちろん、「正解」などはない。
ただ、いろいろな模索を続けながらなかなか新しい戦い方の方向性が定まらず、本来の良さも消え始めていたことを考えれば、川崎の場合「立ち返る」時期に来ていたのだろう。
試合後の鬼木達監督は「イメージの共有」というフレーズを何度か口にした。
何年もかけて積み上げてきたやり方に立ち返ることによって、選手たちのイメージがシンクロしたのである。
現在の川崎のサッカーの基礎を築き上げた風間八宏前監督は、それを「目がそろう」と表現していた。前線の選手がプレスをかける。それに呼応して相手のパスコースを読み切ることで、高い位置でパスをカット。しっかりと前を向いてボールを奪えるから、すぐに有効な攻撃につなげられるというわけだ。
最前線に小林が戻ってきたことも「イメージの共有」を生んだ。
レアンドロ・ダミアンと小林という2人のCFが、ここ数年、川崎のトップに君臨し続けた。この2人が前線でボールを収めることを前提に攻撃が組み立てられた。
ところが、今年は2人がそろって離脱したまま新シーズンを迎えた。代役として宮代大聖が起用され、山田新がリザーブで入った。
宮代は確かに有能なFWだ。だが、トップでターゲットになるようなタイプではない。ドリブルで仕掛けるサイドアタッカーか、もしくはセカンドストライカー的な役割を果たすべき選手である。
柏戦では小林がトップに入り、宮代は左サイドのセカンドストライカーとしてプレー。その結果、よりテクニックを発揮しやすくなったようで、非常に良い働きができたのではないか。
そして、中盤では大島僚太が万全の状態でプレーできた。
復帰してはまた負傷で離脱を繰り返してきた大島だが、やはり、この選手のテクニックや緩急の着け方は誰にも真似できないものがある。後半に入ると疲労で足が止まってしまって60分を待たずに交代となったが、大島がこれからも攻撃に絡み続けてくれれば、これからも川崎らしい「イメージの共有」ができることだろう。
U-20ワールドカップで日本代表がグループリーグ敗退を喫したのは残念なことではあるが、川崎としてはDFとして急成長中の高井幸大が予定よりも早く戻ってくることになる。日本代表でサイドバックとして起用されたことが、彼のプレーにどのような影響を与えるか分からないが、川崎としては浮上のためになくてはならない存在になるだろう。
久しぶりに、川崎らしい試合は見られたが、この日の相手は今シーズン低迷が続き、監督が交代したばかりの柏レイソルだった。
はたして、強豪チーム相手にも川崎らしいイメージを持って戦えるのかが今後の見どころ。6月3日(第16節)のヴィッセル神戸、そして6月11日(第17節)のサンフレッチェ広島戦は、川崎の復活が本物かどうかを考える上で格好の試金石ということができるだろう。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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