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ソン・フンミンと競り合う冨安
今シーズンからイングランド・プレミアリーグの名門アーセナルに移籍した冨安健洋は、9月26日に行われたトッテナム・ホットスパーとのいわゆる「ノースロンドン・ダービー」でも堅実なプレーを見せ、現地での評価も上がっているようだ。伝えられるところによると、冨安はアーセナル・ファンが選ぶマン・オブ・ザ・マッチにも選出されたという。
トッテナムが人数をかけてアーセナル陣内でボールをつなぐものの、そこでアーセナルの守備陣が的確にスペースを埋めたためにトッテナムの攻撃は停滞を起こしてしまう。そのボールを奪ったアーセナルがスピード感溢れる攻撃を展開。12分にはブカヨ・サカのクロスをエミール・スミス=ロウが決めて先制。その後もピエール・エメリク・オーバメヤン、サカが決めて、前半のうちに3点を奪ってしまう。
得点の形もスピードを生かした美しいものだったし、若手のスミス=ロウ(21歳)、サカ(20歳)、そしてエースのオーバメヤンが決めたことも嬉しい結果。アーセナルのサポーターにとっては大変に気持ちの良い試合だっただろう。
後半は、ボールを大きく展開したトッテナムが盛り返し、終盤にソン・フンミン(孫興民)が得点して一矢を報いるもののアーセナルの完勝だった。
トッテナムの攻撃を封じてカウンターにつなげたアーセナル守備陣の奮闘が光ったが、そんな中で冨安も守備の一員としてチームに大きく貢献。ポジション的に相手チームのエース、ソン・フンミンと対峙することになったが、79分にクリアボールが短くなってセルヒオ・レギロンに拾われ、そこからつながってソン・フンミンに決められたのは残念だったが、それ以外の場面では韓国の英雄を完封。冨安のマークの前に、ソン・フンミンが突破を諦めてバックパスに逃げる場面が何度もあった。
ソン・フンミンはタッチライン沿いでプレーするだけでなく、内側のレーンに入ることが多く、大外からは左サイドバックのレギロンがオーバーラップを仕掛けてきた。だが、冨安はそんな場面でも安易に飛び込むことなく、しっかりと内側を走るソン・フンミンの位置を確認。パスコースを切りながらレギロンを封じることに成功。そのクレバーさを見せつけた。
さらに、冨安は攻撃参加する場面も多かった。
センターバックのベン・ホワイトから外に開いてポジションを取る冨安にボールが送られる場面が多く、冨安は1列前のブカヨ・サカやセントラルMFにボールを預けると、自らもするすると攻撃参加。相手陣内深いところで再びボールを受けて攻撃を組み立てたし、自らボールを奪った場面で前へのコースが開いていれば積極的にボールを持ち上がってチャンスにつなげた。
8月末の移籍期間最終日(8月31日)にアーセナルとの契約を交わした冨安。守備に不安を抱え、開幕から3連敗していたチームに合流すると、すぐにチーム戦術にもフィットして守備を立て直し、冨安加入後は2試合連続のクリーンシートを達成。そして、同じロンドンのライバル、トッテナムとの試合にも完勝。冨安はまさに「助っ人」、「救世主」となったのだ。
アーセナルでの最初の試合となったノリッジ戦は、加入後にトレーニングを一度行っただけのぶっつけ本番だったものの、見事にサイドバックとしての戦術的な動きにも対応できていたが、今ではチームにとってかけがえのない存在となってきている。
何よりも驚くのは、フィジカルの強さやスピードのある展開が売り物のプレミアリーグで、まったく遜色なく、落ち着いてプレーできているところだ。どんな国の選手でも、プレミアリーグのサッカーに慣れるには時間がかかるものだ。だが、この日本代表選手はもう何年もこのチームでやっているような顔をして落ち着き払ってプレーしている。
そして、空中戦でもあるいはコンタクト・プレーでもフィジカル的にもまったく対等に戦えている。
日本にフットボールをはじめとした近代スポーツが伝わったのは明治時代の始めのことだったが、激しい身体接触を含むプレーは当時の日本人には馴染みにくいものだったようだ。
ヨーロッパ大陸諸国や南米大陸では、英国人がフットボールに興じていると現地の人たちもそこに加わったり、あるいは見よう見まねで自分たちでプレーするようになる。だが、日本人は英国人たちのプレーに加わったりはしなかった。英国人教師の指導で、あるいは教科書に基づいてようやくプレーするようになったのだ。
そして、当時の日本人たちはスポーツを通じて欧米人とのフィジカルの違いを意識させられることになる。明治の近代化以前の日本人は、たとえば歩行様式なども西洋人とは違っていたのだから、それも当然のことだったかもしれない。
1912年のストックホルム・オリンピックに初めて出場したスプリント種目の三島彌彦はまさに欧米人との差を痛感。その後、100年以上もずっと日本のスポーツ界では欧米の選手と対戦するたびに、「フィジカルの差」や
「高さの差」が論じられ続けたのだ。
サッカーでもそうだった。日本代表がワールドカップに出場するようになったのは20世紀最後の大会となった1998年フランス大会だったが、その後も日本のサッカーは欧米チームのフィジカルに対抗するために、フィジカル・コンタクトをなるべく避けながら、日本が100年かかって培ってきたパス・サッカーやアジリティ、持久力などに頼ってきた。
だが、そんな日本のスポーツ界が100年の間、抱き続けてきたフィジカル面でのコンプレックスなど、冨安は微塵も感じていないかのようだ。
ロンドンから大西洋を越えた北アメリカ大陸では、シーズン終盤を迎えたメジャーリーグ・ベースボール(MLB)の世界で日本人の大谷翔平が話題を独占している。ホームラン王争いでトップを競うと同時に、投げては100マイルの速球を投じる日本人選手。ピッチャーとして登板しながら、休むことなく打者としてプレーし続け、そして、エースピッチャーが20個以上の盗塁を決めている……。つまり、彼のフィジカル能力はMLBの選手たちの標準をはるかに上回っているのだ。
日本人は、もう「フィジカル」で劣等感を抱く必要はないし、それを言い訳にすることもできない時代なのだ。フィジカル面で対等な立場に立ったうえで、アジリティーや持久力や戦術的な緻密性、チームへの忠誠心を武器にして戦えば、日本のスポーツが世界の頂点を目指すこともけっして不可能ではない。
冨安健洋(あるいは大谷翔平)はサッカーや野球に限らず、日本人の意識を根底から覆すほどインパクトのあるプレーをしているのである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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