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年末の日本のサッカー界はノックアウト式トーナメント、いわゆるカップ戦のオンパレードだ。そして、カップ戦の楽しさはジャイアントキリングに尽きる……。
サッカーというスポーツは得点が入りにくい競技だ。攻撃の回数と得点数はまったく比例しない。90分間にわたって攻めても攻めても、運が悪かったり、相手のGKが当たりまくったりすれば得点を奪えない。逆に、たった1回のチャンスでゴールが生まれたり、相手のオウンゴールやPKなど、“事故のような”失点が生じることもある。
その結果、サッカーでは格下のチームが戦術的な工夫を凝らし、ハードワークに徹し、さらにちょっとした幸運に恵まれたりすれば「番狂わせ」も起こりうるのだ。だから、僕たちライターはついつい「サッカーは番狂わせが起こりやすいスポーツだ」などと安易に書いてしまう。
しかし、この1週間ほどの試合からは「番狂わせ=ジャイアントキリングはそう簡単には起こらない」ということを痛感させられた。
今年、第100回を迎えた天皇杯JFA全日本選手権大会。今シーズンは新型コロナウイルス感染症の拡大のために変則的な形式の大会となった。
各都道府県代表に「アマチュアシード」のHonda FC(本田技研)を加えて、アマチュア(つまり、Jリーグ勢以外)が勝ち抜きトーナメントを行い、残ったチームがJリーグ勢に挑戦する形となったのだ。
J1リーグ優勝の川崎フロンターレにとっては、普通だったらかなり実現が難しいリーグとカップのダブル・チャンピオンの大きなチャンスだ(なにしろ、2勝すれば優勝できるのだ)。
逆に、アマチュア勢にとっては天皇杯優勝のチャンスでもあった。
たとえば、2019年度の天皇杯でHonda FCは北海道コンサドーレ札幌、徳島ヴォルティス、浦和レッズとJリーグ勢に3連勝して準々決勝に進出したが、そこで鹿島アントラーズに惜敗して涙をのんだ。しかし、今シーズンのレギュレーションではJリーグ勢に3勝したら天皇杯を手にすることができるのだ。
今シーズンのHonda FCはJFLで4位に終わったものの、天皇杯は無事に勝ち進み、5回戦ではそのJFLのタイトルを奪い取ったヴェルスパ大分に対してリベンジを果たして準々決勝に進出。J2優勝の徳島ヴォルティスとの対戦が決まった。
今シーズンの徳島は、リカルド・ロドリゲス監督の下で非常にモダンなサッカーを展開してJ1昇格とJ2優勝を実現したのだが、昨シーズンの天皇杯でHonda FCは徳島を破っている。
実際、試合中にもシステムを変更し、サイドバックもどんどん攻めあがってくる徳島を相手に、オリジナル・ポジションを崩すことなくスペースを埋めて守りを固め、徳島が前線にパスを入れてくるとDFが怖がらずにラインブレークしてチェックに行く。Honda FCの守備戦術は十分に機能していたし、シュート数でもHonda FCは8本対5本と徳島を上回っていた。
ところが、前半終了間際にスローインのミスからボールを奪われて先制を許してしまう。さらに、後半、Honda FCがシステムを変更して反撃に移ろうとした矢先に見事にサイドを突破されて決定的な2点目を奪われたのだ。
善戦しても、実際にそれを番狂わせに結びつけることは簡単なことではないのだ。
県リーグから勝ち上がってきて、今シーズンの天皇杯で最大の注目を集めた福山シティFCもJ3優勝のブラウブリッツ秋田に対しては完敗。その結果、準決勝はJリーグ勢に独占されてしまった。
準決勝では、徳島は今度は挑戦者としてJ1準優勝のガンバ大阪と対戦して善戦した。前半はむしろ押し気味の展開で、何度か決定機もつかんでいたが、それを決められないでいると、ゴール前の混戦でパトリックが足に当てたボールがゴールに転がり込み、徳島にとっては“不運な”失点で力尽きた。
福山シティを破った秋田は、今シーズンのJ1で圧倒的な成績で優勝した川崎フロンターレに挑戦した。
しっかりとハードに守備をして、ボールを奪ってショートカウンターで勝負する秋田のサッカー・スタイルは「ジャイアントキリング」を起こす可能性を感じさせた。
だが、J1王者の川崎も、徹底して勝負にこだわってきた。
川崎が慎重な試合運びを見せたのだ。ボールをキープして、パスを回し続けるのはいつもの川崎らしかったが、パス回しはいつも以上に慎重で、攻撃のためにスイッチはなかなか入らなかった。
「格下相手に失点すると面倒なことになる。絶対に先制ゴールを与えないように」
それが、この試合に臨む川崎のテーマだった。川崎は得点力が高い攻撃的なチームだが、同時に失点も少ないチームだ。その川崎が慎重な戦い方を選択したのだから、秋田がなかなか決定機を生むことができなかったのも当然のことで、結局、秋田のシュートは1本だけだった。
ようやく、前半の最後の10分ほどになって、川崎が攻撃のギアを上げると、すぐに三笘薫が抜け出して先制ゴールを決めた。そして、後半に入っても川崎は慎重な試合を続け、田中碧のFKで2点差として勝負を決めた。
善戦はできても、格上を倒すことはまったく次元の違うタスクとなる。「ジャイキリ」は、そう簡単には実現できないのだ。
こうして、元日に行われる天皇杯決勝は川崎対G大阪。つまり、J1の優勝チーム対準優勝チームの対戦という、まるでスーパーカップのような顔合わせとなった。
皇后杯全日本女子選手権でも番狂わせは少なく、準々決勝に進出したのはなんと、なでしこリーグの1位から8位までだったのだ。番狂わせとはまったく無縁な大会のようだ。
そして、12月29日の決勝戦に勝ち残ったのは浦和レッズレディースと日テレ・東京ヴェルディベレーザ。浦和は今シーズンのなでしこリーグで優勝。一方、ベレーザは昨年の三冠女王だ。
女子サッカーは、まだまだ一握りの強豪とその他の実力差が大きいのだ。
もっとも、天皇杯と皇后杯を通じて、最も「ジャイキリ」に近かったのが、皇后杯準決勝の浦和レッズ・レディース対アルビレックス新潟レディースの試合だった。前半の早い時間帯に猶本光のFKが決まって早々に浦和が先制したのだが、すぐに右サイドからのクロスが流れてきたところを上尾野辺めぐみが決めて同点とし、その後は新潟が最終ラインでしっかりと防いで互角に戦った。後半には、上尾野辺が左からのクロスをとらえてフリーでシュートを放ち、クロスバーに嫌われた場面もあった。
だが、新潟は何度かあったチャンスを決められず、結局PK戦で浦和が決勝進出を決めた。
善戦はあっても、「ジャイキリ」はなく、皇后杯はリーグ戦優勝の浦和対同3位のベレーザ。そして、天皇杯はJ1優勝の川崎と同2位のG大阪という対戦となった。
さて、一連のカップ戦の最高峰でもある天皇杯の決勝では下剋上は起こるのだろうか?
守備の強いG大阪が川崎の攻撃に耐え、パトリックもしくは宇佐美貴史の一発が決まった時には今シーズン最後の「ジャイキリ」が実現するだろう(G大阪が勝った試合を番狂わせと呼ぶのは躊躇われるが、今シーズンの川崎の強さを思い返せば、たとえ2位のG大阪であったとしても、川崎が敗れればそれはもう「ジャイアントキリング」と呼んでいい。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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