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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。 「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。

2023年09月06日

【輪生相談】今年のツールでも選手とお客さんの接触事故が目立ちます。お客さん側の意識が低い面が見受けられるように思いますが、昔からこういった悪質な接触事故というのはあったのでしょうか。

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今年(2023年)のツールでも選手とお客さんの接触事故が目立ちます。近年の事故では単なる不注意というだけでなく、そもそもお客さん側の意識が低い(選手を見ずに自撮りに夢中になっているなど)面が見受けられるように思います。昔からこういった悪質な接触事故というのはあったのでしょうか。もし以前と状況が変わっているのであれば新しい安全対策も必要になると思うのですが、栗村さんのお考えをお聞かせいただけますと幸いです。

(男性 会社員)

■栗村さんからの回答

栗村さん

昨今、話題になるようなお客さんとの接触事故は、昔からありました。そればかりか、一昔前は関係車両がお客さんを轢いてしまった悲惨な死亡事故なども起こっていた様です。質問者さんがおっしゃるような事故は今になって極端に増えているわけではなくて、この競技の創成期から、ずっと起こってきたことだと思います。

ただ、今はスマホやSNSなど記録・発信される手段が増えましたから、昔なら報道もされなかったようなことも、可視化されやすくなったのではないでしょうか。それから見逃せない変化として、社会の意識が変わったことが挙げられます。死亡事故はもちろん、ケガなど、人が傷つくことへの「許容量」が狭まってきた影響もあるんじゃないかと思いますね。

0906rinseisodan.jpgヴィンゲゴーほかトップ選手を沿道で応援する観客たち

この競技は、選手を含む人が傷つくことをある意味で容認して成り立ってきました。昔の集団スプリントにはお客さんと選手を隔てる柵がなかったですし、しかも選手たちは、ヘルメットなしで走っていたわけです。それでも、「この競技にはケガがつきものだから」と、黙認されていたんですね。しかし、時代は常に変化し続けていますから、こういった価値観はもう過去のものにする必要があります。

もちろん、レースも変わっています。機材は進歩してレーススピードが上がり、一方で戦術は高度化して集団の密度が上がりましたから、その意味では危険度は増しています。10年前と比べると、上記が原因の事故はかなり増えています。一方、この10年でお客さんのマナーが格段に悪くなったかといえば、いつの時代も酔っ払って興奮したクレージーなお客さんはたくさんいましたし、コース内に一般車両が侵入する様なアクシデントはむしろ昔の方が多かったと思います。

自転車ロードレースの安全対策は年々向上していて、お客さんのマナーも著しく悪化しているわけでもないのに、それ以上の速度で自転車ロードレースの機材や戦術の高度化が進み、その結果、かつては問題とならなかった要素が今は問題となってしまっている状況といえます。

昔のレースにはいろいろな部分で「余白」があり、その余白がリスクを吸収していたのに、今はその余白がほぼ無くなってしまったんですね。だから、スマホを持つお客さんの手がコース上に入ってきた、といったリスクが重大事故につながるのです。

質問者さんがおっしゃるように、スマホの自撮りなど、かつてはなかったリスクが生まれているのは事実ですが、数百万単位の大勢のお客さんが、数千キロにわたる一般道上にやって来る以上、一定数、そういう人が混じることを防ぐのは今後も難しいでしょう。

むしろ、このスポーツが競技の進化にそぐわなくなってきているとも言えます。というのも、レースの舞台はクローズドなサーキットではなく、生活道路なんです。レースのために作られたわけじゃない道路で200台近い自転車が密集して時速60km/h以上でレースをするんですから、ゼロリスクを求めるほうに無理があります。

ですから、今後もレース主催者がコースの安全性を向上させる努力を続ける一方で、機材や戦術などが生み出す選手サイドのリスクを再検証し、選手側からも変わっていく必要があると思っています。実際に、安全第一でつくられたはずのクルマのサーキットを舞台にしたステージでも落車は頻発していますから、リスク要因を科学的に分析し、かつてあった「余白」を取り戻す研究が必要なのではないでしょうか。

機材の面についてもスピードばかりを追求するのではなく、今はほぼ手付かずの様々な安全装置が装着された自転車の開発や、選手たちが無理をする原因になっている無線機のあり方を再検証し、さらに万が一、事故が起こったときに選手たちの体を守るプロテクターの義務化も今後重要になってくるでしょう。

モータースポーツとは違い、スピードばかりを追求してきてしまっているのが今のロードバイクの世界です。裏を返すと、安全のためにやれることはたくさん残っているということでもあります。そういう施策をひとつひとつ積み重ねるしかないのではないでしょうか。

文:栗村 修・佐藤 喬

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